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2020.04.08

ドラマ『腐女子、うっかりゲイに告る。』

 NHKのドラマ『腐女子、うっかりゲイに告る。』を見た。最近見たドラマのなかではサイコーだった。Netflixに売って全世界で放映してほしいと思った。
 放送時に話題だったのは知っていたが、なんとなく見逃してしまった(録画のタイミングを間違えた)。以降気になっていたが、先日、NHK Plusを入れ、ついでにNHKオンデマンドを入れたらこっちにあったので見た。全8話。30分物なので軽く見られる。
 話のきっかけは、こう。腐女子であることを隠している高校三年生女子・三浦紗枝がたまた書店でBL本を買っているところを、同性愛者であることを隠している同級生男子・安藤純に見られ、これがきかっけで紗枝が告ってしまう。が、「普通」の恋愛にはならない。様々な葛藤と友情のドラマ、と言ったところ。これに、ロックバンドThe Queen(特にフレディ・マーキュリー)の挿話と音楽が上手に絡み合う。
 NHKでのタイトルは「腐女子」が強調されているが、そこはそれほど深く掘り下げられているふうではない。原作『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』と「ホモ」が出てくるのだが、この用語がNHK的にアウトだったので変更したようだ。
 ドラマでまず素晴らしいのは、安藤純を演じている金子大地。この演技だけで、腐女子とゲイはご飯三杯は行けてしまうのではないか。それに年上の恋人・佐々木誠を演じる谷原章介も、ごちそうさまですな感じだ。二人は、ゲイの感覚を上手に表現していたように思う。
 他方、三浦紗枝を演じる藤野涼子だが、このドラマの配役として申し分ない以上に上手にこなしていて、これ以上の演技ができそうな女優が思いつかないのだが、腐女子の腐り感が滲んでこない。うーっ、これはやばいものだだ漏れ感がないのである。
 他、友人役の小越勇輝や内藤秀一郎もよかったし、母役の安藤玉恵も安定していた。つまり、役者もとても良かった。
 物語の展開は、こういうとなんだが、想定外はなく、なんというか安定の既視感がある。ただ、そうした既視感のなかに、原作に由来するんだろうか、作者の同性愛の洞察がもたらしたであろう独自のリアリティがあり、そこがきらめくたびに、胸がぐっと痛くなるようだった。
 若干ネタバレになるが、純が佐々木に、命の選択で妻を取るか自分を取るかと迫るところで、妻を取るとした佐々木に美しい別れを感じる純のシーンには、号泣しましたよ。佐々木という人間もよく描けていた。
 純の内在にある、この世のなかで肯定されていない存在の不安感(これがわからない人生というのはなんと楽だろうと思う)と、エロスの快楽と家族的な愛情への希求に引き裂かれる感覚、ここは本当に難しい問題だと思う。一見すると、エロスの快楽に割り切って、そこをベースに新しく家族関係を構築すればよさそうにも思えるし、欧米的にはそうなるのだろうが。ただ、ここは、ドラマ『13の理由』でもコートニーが微妙に表現していたと思い出す。
 ネタバレになるが、そうした点で、紗枝と純が理解しあえる愛情的な家族的な関係を維持し、エロス的な問題はその内部の合意で解決すればよさそうにも思えるが、そもそもが、純としては、ゲイとしての自分というのを見つめ直すうえで、そうした関係性は再獲得されるべきものなので、このエンディングもとてもよかったと思う。
 余談だが、私は同性愛者ではない。趣味がほとんどそれだし、まあ、それなりにいろいろな場面も経験してしまったが、同性愛の内側にいる感覚はない。ドラマも十分にその内側を描いてはいないのかもしれないが、そのマージナルなありかたが自分にはとても説得的だった。少なくとも、正義の文脈で安易に語られる物語で終わらなかったのが、とてもよかった。

   

 

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