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2020.04.18

尺取虫で考えた

 散歩して公園のテーブルで紅茶を飲んでいたら、3センチほどだろうか、小さな尺取虫がいて、思わず見とれてしまった。尺を取るように進む動作が、なかなかに、かわいい。手持ちのスマホで動画を取った。ここにアップロードしようかと思ったが、小さな動画でも、けっこう容量がでかいのでやめた。YouTubeにアップロードする気もない。
 娘に尺取虫って知っているかと聞くと知っているとのこと。なぜ「尺取虫」というか知っているかというと、なんかうざがっているふうなので解説はやめた。まあ、現代の若い人が知っていてもしかたないだろうし、どうせそんな知識、ネットに溢れているだろうと思って、試しに、検索してみた。おかしいのである。
 「尺取虫」がなぜこう呼ばれているかについての説明はある。指で尺を取る動作に似ているというのだが、そうした説明、書いている本人がちゃんと理解しているのだろうか。どうもこれらを書いている人たち、そもそも「尺」と指の関係がわかっているのだろうか? 
 と、「尺」を調べていたら、驚いた。漢字の「尺」という字形の由来は、開いた手の親指と人差し指(あるいは他の指かも)の長さを示す、というところまではいい。つまり、そもそも「尺」という漢字自体、指を開いて、長さを図っている絵からできた象形である。が、それらの解説に、「約30センチ」と書いてあるのだ。おいおい、よほど手のでかい人でも、開いた手の親指と人差し指の間が30センチということはないだろ? 説明書いていて疑問に思わなかったのか?
 ということで、まともな解説はないのかと検索しまくったのだが、見つからなかった。自分の記憶の知識のほうが間違っているんじゃないかという気にもなった。私が当然だと思い込んでいたのは、開いた手の親指と人差し指の間が15センチである。だから、これを一回尺取虫の動作をして二度目を繰り返すと約30センチの、1尺ができる。つまり、これが「尺が取れる」ということだと思っていたのだ。繰り返すことになるが、1尺を測るには尺取虫の動作が必要になる。実際には、その動作から尺取虫という名前ができたわけだが。
 考え込んでしまった。こうした私の思い込みが正しいのか、判然としないからである。
 それと、指尺という言葉も思い出した。現代で使われているだろうか? 使われているかというのは、着物を作るときに使っているかということだ。たぶん、ないだろう。
 「三界広しといへども、五尺の身の置き所なし」というか、「五尺」「五尺五寸」なんていう言葉の含みもなくなっているのだろう。「是がまあ終の住み処か雪五尺」の情感も通じないだろう。と、ふといやーな予感がしてWikipediaの「徴兵検査」を引いてみた。案の定である。

身長、体重、病気の有無が検査される。合格し即入営となる可能性の高い者の判定区分を「甲種」というが、甲種合格の目安は身長152センチ以上・身体頑健だった。始まった当初の明治時代では合格率がかなり低く、10人に1人か2人が甲種とされる程度だった。植芝盛平は身長が1寸たりず不合格となったが、嘆願を繰り返し熱意を見せたことや日露間の緊張の高まりを受け条件がやや緩和されたことから再検査で合格した。太平洋戦争末期では兵員の不足から、甲種に満たない乙種・丙種でも徴兵されることとなった。

 これ書いた人、わかって書いていたのだろうか。センチと寸が混じっているのは、複数の人が書いて混乱しているのだろうか。ただ、これ読んでも推測がつくだろうが、明治時代の徴兵検査では「1寸たりず」とあるのだから、尺貫を使っていた。とすれば、「152センチ」が尺貫法で何かくらい想像が付きそうなものでせめて注を入れるほうがいいだろう。5尺である。調べてみると、明治3年の太政官達 82 号の「徴兵規則」によるらしい。
 ついでなんで、畳は、地域によってサイズが違うが、概ね、3尺✕6尺である。「立って半畳寝て一畳」ということで、人が寝るサイズでもある。これが、「1間」でもある。
 尺貫法は廃れたが、一升瓶や2合炊きはまだ生きている、と思いたい。

 

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