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2020.04.09

アニメ『イエスタデイをうたって』の一話目でスイッチが入る

 アニメ『イエスタデイをうたって』が今季のアニメに入っていて、なんとなく見た。オープニングの時点で、ああ、スイッチが入ってしまった、と思った。僕は、若い頃を甘酸っぱく思い出してその情感に浸るというのはしない。若い頃聞いた曲とかもそれほど聞かない。嫌なのだ。が、なぜ嫌かというと、スイッチが入って懐古モードになってしまうこともあるからだ。だが、入ったなあ。
 ウォークマンがいけない。大学は卒業したが就職できずコンビニバイトしているフリーターの魚住陸生がウォークマンをしていた。懐かしすぎる。あれが出たときの感動を思い出す。友人も興奮していた。すごいよ、これしていると、日常生活が映画のシーンみたいになるんだ、と。それは革命的なほど生活の感覚を変えるものだったのだ、当時。いつ? 1979年。40年ほど前というか、昨年復刻モデルとか出てたな。
 アニメのそれは本体は初期モデルに似ている。ヘッドホンはオレンジ色なので二代目のそれだろうか。発売は1981年。僕が大学を出た年にして入院。そのころまだ初代はけっこう使われていた。というようなことから察するに、アニメ『イエスタデイをうたって』の時代設定はせいぜい1985年くらいだろうか。
 アニメのコンビニの控室にはパソコンもあった。事務用に使うパソコンだろうというか、これはPC-98、一択なのだが、PC-98もいろいろあるし、事務用に普及したのはいつだったか?
 初代PC-9801は1982年。外部装置はなく、NEC漢字が使えるダム端としても機能していた。NEC漢字はPC-VANで使えた。PC-VANが始まったのが、1986年。ASCII-NETは前年から始まっていた。僕はnovel-sigのsigopをしていた。マシンはPC-88系を使っていた。1985年はPC-8801mkIISRである。あのころ、世間でPC-98が事務用に使われていたか? まだだったように思う。Lotus 1-2-3の日本語版は1986年に出いたが、PC-98にのっかったのは翌年。アニメの時代設定としては、1989年くらいだろうか。ウォークマン本体と時代が擦り合うかなのだが、魚住陸生は大学生のころから使っていたという含みはあるだろう。その後もフリーターで使っていたとすれば、1988年か1989年あたりの設定でもいいかもしれない。その他、安下宿と貧乏学生からフリーターの風景としては『スピリッツ』の『めぞん一刻』が連想される。あれが終了したのは、1987年。ついでに『モーニング』の『寄生獣』連載が1988年。
 さて、作品の原作の『イエスタデイをうたって』だが、1998年『ビジネスジャンプ』からの連載。以上のように考察したアニメの時代風景からすると10年が経っている。さて、この物語は、発表当時から10年前の物語だったのか?
 タイトルの『イエスタデイをうたって』は言うまでもなくRCサクセションの1970年の歌だがシングルB面で、広く知られるは1982年アルバム『HARD FOLK SUCCESSION』の収録からか。オムニバスでは1989年『極東ロック・レア・トラックス』なので、原作漫画への影響はこのあたりからではないか。Wikipediaによると、原作漫画のタイトルは編集部からの依頼らしい。編集部側の思い入れがけっこうあったのではないかというのと、その思いれのコアの時代が1988年くらいだろうか?
 というあたりで、すごく迂闊だったのだが、僕はこの漫画の愛読者ではない。というかまともに読んだことない。アニメと原作の差異も気になるので、さらっとKindleに落として読んでみた。
 ウォークマンもPC-98もないです、原作に。
 たははと思ったが、まあ、スイッチ入っちゃったんだからしかたない。
 原作を見直すと、基本的にアニメとよく整合されている。野中晴のキャラデザはイメージが原作をよく活かしている。魚住陸生のキャラはずれがあって、『月刊少女野崎くん』。森ノ目榀子のキャラデザは原作を活かしている。声がざーさんなんだなと思った。『宝石商リチャード氏の謎鑑定』でも思ったが、花澤香菜もお姉さんキャラになってきたなあ。やや解離性同一性障害的な印象を上手に出しているというか。
 原作を踏まえアニメの、時代設定な考察で言えば、ウォークマンやパソコンより、風景や風俗が重視されるだろう。ファッションや眉毛の濃さとか。魚住陸生のダッフルコートは印象的だった。ダッフルコートというと村上春樹を連想するが、彼も書いているように好む人と流行の波がある。原作時代、1998年にはさほど違和感はなかったのだろう。
 野中晴は、アニメでは隠されているが原作ではタバコを吸っている。18歳の少女がタバコを吸うというのは、1998年としてはまだ違和感はなかったのだろう。というか、タバコが作り出す人間の関係がまだ色濃い。
 原作では、陸生はガスを止められていてその挿話があるがアニメにはない。現代では通じない感覚だろうか。
 風俗や風景を想起しながら、そういえば何かを忘れているなと思っていたが、ATGだな。作品の質感が時代にもよるのかATGに近い。というか、ATGは年代幅が広い。基本、1980年代だろうか。1981年の大森一樹監督『風の歌を聴け』あたりの女の子の描き方の感覚に原作も似ているように思う。ただ、70年代のATGのようなエロス性はない。
 『イエスタデイをうたって』を全部読んだわけではない。アニメは多分1期で半分くらいではないか。アニメが終わったら原作を通してみるかとも思うが、80年代のエロス性の感覚はなさそうに思う。
 80年代というとバブルでイケイケの印象が作られているが、渦中の青春の風景としては、エロス性に乏しい時代であったと思う。そして今の若い子に通じないのだが、バブル時代も普通の若者は貧しかった。恋愛が貧しいという感じだった。ただ、その貧しさは戦後の貧しさとも現代のそれとも違うが。

 

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