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2020.04.24

岡江久美子さんの死に哀悼

 岡江久美子さんが亡くなった。そう書いてみて、ようやく哀悼の気持ちがこみ上げてきた。
 昨日のことである。訃報はメディアからではなく人づてに聞いたのだが、そのせいか、人違いじゃないかというか、なにかピンとこず、ネットを開いて確かめた。フェイクニュースでもなさそうだ、本人だな、と思い、なんともいえない奇妙な困惑に陥った。同時に乳がんであったことも知ったせいもある。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は怖いものだなという思いもあるが、単純な怖さというより、重症から死にいたる姿を思ってのことだった。岡江さんは、4月3日に発熱して自宅療養していたが、6日の朝に容体が急変して緊急入院したという。その18日間の家族の思いが胸にこみ上げる感じはあった。
 岡江久美子さんは、私より一学年年上で、そのせいか、ずいぶん年上の感じがする。私は高校生時代新聞部にもいたのだが、その先輩の女性で先天性の障害をもっていたが知的で明るくて「すてき」な女性がいた。今思うと年の差は1つなのだが、ずいぶんとお姉さんに思えたものだった。年の差の印象から恋愛的な心情にはならなかった。岡江久美子さんもそんな年上の女性という目で見ていたと思う。
 デビュー時に活動についての記憶はない。岡江さんを知るのは、NHK『連想ゲーム』である。1978年からの番組で、私はこれをたまに見ていた。当時自分の近辺にいた日本語を学ぶ外国人学生も語学の関心で見ていたものだった。
 当初、彼女は、21歳だっただろうか。若い女性ではあるが、私からはやはりずいぶん年上に見えたものだった。
 この機に、当時の彼女は大卒後だったかなと疑問に思った。竹下景子さんのイメージとなんとなく重なっていたからだ。岡江さんの経歴をこの機に調べると、大学は不明で、どうやら、大卒ではなかった。考えてみれば、私の年代、四大に進学する人は女性は少なかったのだったなと思い出した。
 あの番組をきっかけと言っていいだろう、大和田獏さんと結婚したときの世間の空気は覚えている。私もふつうにおめでとうという感じで受け止めていた。獏さんは1950年生まれで、岡江さんとの年齢差も当時の「ふつう」に思えた。ただ、岡江さんは27歳くらいだったか、1983年の女性としてはやや晩婚と見られる時代だったように思い出す。
 実は、私の岡江久美子さんへの関心はそのころ終わる。たまに見るドラマに彼女が出ていると、認識はできる。『はなまるマーケット』を長くやっていたことは知っているが、私はこの番組を見たことがない。大和田獏さんについても同じ。そういえば彼の近況はと検索して近影を見て、昔の面影があるなあと思った。
 私はほとんど民放を見ないでいた。バラエティー番組もあまり見ない。育児期は現在のEテレをよく見ていた。ドラマやアニメをよく見るようになったのは近年である。世間から結果的に長く隔絶していた。何が言いたいかというと、岡江久美子さんの死がもたらす世間のショックのようなものをおそらく十分に理解できていない。それは、残念なことでもあるが、私はこの新型コロナウイルス感染症の社会現象の実感をうまく捉えてはいないということでもあるだろう。

 

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