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2020.03.30

スマホによる時間感覚の変化

 スマホの普及で世界はいろいろ変わったが、時間感覚も変わったのだと思った。これは電波時計の普及もあるのだろうが、秒単位で正確な時刻がわかるようになり、人々はそれを前提に生活している。
 自分はちょっとそれになじめないでいた。いつからか正確な時刻を気にしないようにもなっていた。だいたい1分くらいの誤差は気にしない。定刻に集合というときは、ざっと10分前くらいに到着するようにしていたので不都合もない。
 なので、基本的にアナログ時計を使う。秒針のない腕時計にしたら、さらに合う。ついでに文字盤に数字もないほうがいい。シンプル。という腕時計にしていたが、先日、止まった。電池切れだろうか。電池交換する費用を考えるとその分、新しい時計購入に当てるかと考え、そういえば、チプカシがいくつもあったなと思い出す。というとき、ビンラディン・モデル(F-91W)がテーブルに置いてあり、あれ?と思ったら、息子のだった。私のはゴールドなので色違いかと思い出し、自分のを取り出してその息子に見せると、もにょっていた。
 しばらくこれもいいかとデジタル時計をしていると、妙になじむ。自分ってこういう人だったっけと考え込む。そしてこれしていると、秒針というか秒表示が気になるんだよなと思い、ああ、実際気になる。
 さて、何で時刻合わせをするかというとき、ふと、昭和なご老人である私は家電(家の電話)に目が泳いでいて、苦笑した。平成生まれでもこれ知らないんじゃないか。
 いつからかテレビで時刻合わせをすることもなくなった。デジタル放送になり、データ処理の遅延で秒単位で合わなくなった。年末の『行く年くる年』でも正確なカウントダウンができなくなった。
 では何で時刻合わせをするかと悩む間もなく、スマホを取り出す。スマホの時刻は正確である。秒単位で正確なはず、というところで、これ、NPTだったなと思い出す。インタネットの時刻合わせの仕組みである。そして、あれ?NPTって、ディレイ(遅延)は起きないなんだけっとふと思う。というのは、衛星放送やネット配信されているNHKの「リアルタイム」は、秒ズレがあるからだ。というところで、苦笑する。NTPってディレイの対応がしてあったなと思い出す。このあたり、自分の知識構造が他人の記憶を探っているような違和感がある。
 NTPプロトコルかあと思う。別段、そんなもの普通の人が知らなくてもいいのだが、普通の人がそのおかげで、それとスマホの普及で、秒単位で正確な時間を生きるようになったのだなと奇妙な感慨がある。
 そういえば、部屋の時計はもう10年以上も前の、非電波時計なので、たいてい正確な時間を示さない。この正確な時刻を示さない部屋の時計というにむしろ昭和な私は慣れているのだが、とぼんやり文字盤を見ていると概ね、正確。エコー(アマゾンのエコー)と合わせても正確。これは、先日やってきた社会人の息子が調整していったのだろうな。

  

 

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