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2020.03.04

トイレットペーパーとティッシュペーパー

 「ドラッグストアでもコンビニでもティッシュ、売ってなかった」と子供に言われ、「じゃあ、書道の半紙でも買ってきて、手頃な大きさに切るといい」と言うと、話にならないという顔をされた。そうか? 僕の子供の頃は、ティッシュペーパーもトイレットペーパーもなかったぞ、茶道でも、ティッシュペーパーは使わないぞ、と思ったが、それは言っても詮無いので黙っていた。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広まるにつれ、世間とニュースがおかしくなってきたので、できるだけ、不合理な情報は耳に入れないようにしているが(医療用マスクと簡易マスクを同次元で報道しているんじゃないかな)、それでも、トイレットペーパーが品薄という話は自然、耳に入り、驚いた。まさか。どこの馬鹿が。と一瞬思って反省した。昭和48年(1973年)のトイレットペーパー騒動をリアルに知っている自分には思い当たることがある。あの時代の渦中の空気を知らない人はこの馬鹿騒ぎを笑うだろうが、渦中で感じたのは、世の中がそうなっちゃうと誰も止められるものでもない、ということ。それと、あの頃、トイレットペーパーが普及したのだったということ。というか、水洗化したトイレで、以前のちり紙に戻れない(戻りたくない)という心理も背景にあっただろう。
 なので、現代でまたトイレットペーパー騒ぎが起きても、そう不思議でもないなとは思っていた。たまたま、喫茶店で語学の復習していたら、近くの婆さんがトイレットペーパー買い占めの武勇譚をしていたので、落胆した。
 1970年代の半ばまではまた水洗トイレがそれほど普及してなかったと思う。資料にあたっていないし、地域差はあるだろうが。それ以前は、便所は汲み取り式でちり紙を使っていた。トイレ用のちり紙と日常に使うちり紙は別だった。ちなみに、60年代にはまだお尻を拭くのに新聞紙とか置いてあるトイレもあった。
 私が小学校一年生のとき、戦争未亡人の担任は、トイレの使い方をきちんと指導した。男子は事後よく水気を切ること、女子は事後ちり紙で拭くことと言っていた。覚えている。ちり紙。僕の幼稚園時代でもすでに「洟紙」はあった。これは懐紙の由来であろう。というわけで、冒頭、書道の半紙を連想したものそこからである。
 ティッシュペーパーも品薄っぽい。そういえば、いつ頃ティッシュペーパーを持つようになっただろうか。高校生時代にはあったし、中学生時代にもあったから、トイレットペーパーと同じ時代だろうか。もう少し早かったかもしれない。英語でも以前はkleenexを普通名詞で使っていたが、クリネックスとスコッティはあったように思う。今思うのだが、あれは寝室用だっただろうか。
 さて、個人的には、ティッシュペーパーがないと困るということはない。懐紙を工夫すればいいし、ハンドタオルも使えばいい。稲垣えみ子さんも「私、もう一生ティッシュを買わないかも」と言っていた。とはいえ、もトイレットペーパーのほうはどうか。稲垣さんはどうされているのだったか。
 さすがに、トイレットペーパーはないと困るかと思ったが、ウォシュレットなら乾くまで待てばいいだろうか。そうだなあ、インドを旅行したとき、お尻洗いのビーカーのような柄杓を見かけたが、あれがあればいいかとも思った。そう言えば、禅の公案に「乾屎橛」というのがあるが、現代の禅林でも使っていないのではないか。

 

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