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2020.02.27

マイナスの生産性に取り込まれているかもしれないこと

 録画したままだった『東京ブラックホールⅡ』を見た。NHKのドラマのような、ドキュメンタリーのような1時間ものの映像作品である。話は……タケシこと山田孝之が演じる30代の現代人が、東京オリンピックを控える1964年の東京にタイムスリップする。興味深いのは、現存する1964年の実映像に最新のデジタル映像技術で入り込むところだ。映画館のカットでは、山田がもぎりの従業員にチケットを渡し半券を受け取るシーンもあるが、合成であるという。
 背景は、リアルに1964年の東京なのである。ただし、白黒ベースからカラーにしたシーンもある、風俗シーンとか。
 1964年の東京の春。私は6歳。小学校に入学し、授業でオリンピックを見た。あの時代の記憶はある、この話は、自著にも書いたが。
 録画を放置していたのは、少し怖かったからだ。見たら、まじで意識がタイムスリップするだろう。あれは、暗い、つらい時代だった。春ごろは、人はまだそれほど東京オリンピックに関心もなく、ライシャワー事件が印象的だった。売血の時代だった。空気は汚く、電車は満員、町にはバキュームカー。雨上がりの水たまりは漏れたオイルで虹色に輝いた。あまりリアルには思い出したくないという思いもあったが、思うところあって、見た。予想通り、意識はタイムスリップした。
 懐かしさは当然あるが、所々、あれ?そうだったかと戸惑うこともあった。1964年の時点で日本の若者がビートルズを熱心に聞いていただろうか? 彼らの来日は翌年で、そこの少し前から加熱した人気もあったが、前年時点はどうだっただろう。小雪という若い女性からの手紙には、きちんと句読点が打ってあったが、あの時代の手紙に句読点は普及していただろうか。
 作品を見る気になったきっかけは、稲垣えみ子『寂しい生活』である。彼女は、原発事故以降、朝日新聞の記者を辞め、極力電気を使わない生活を始めた。電気を使わないというのは、家電品を使わないということだ。冷蔵庫を廃し、洗濯機を廃し、電子レンジを廃した。1964年のオリンピック知っているだろう彼女の親世代はといえば、最新の高機能家電が使いこなせない。

 つまり、もはや家電は「家事を楽にする道具」ではなくなっているのです。
 買ってもらうためには世の人の欲を喚起しなければならない。新しい機能がこれでもかと搭載された製品は、もはや、最も切実に家事を楽にしてほしいはずの老人には複雑すぎて手に負えないのです。これが「豊かさ」を追求してきた我々の成れの果なのだろうか? そう思うと、持って行き場のない怒りと悲しみを嚙み締めざるをえません。

 モノは結局のところ人を救うことはできないではないでしょうか。(中略)
 これが戦後、懸命に働いて経済成長を成し遂げた日本の姿だったのか。いったいどうなってこんなことになってしまったのか?

 日本の戦後の家電は人々の暮らしを豊かにしただろうか。人々を幸せにしただろうか。
 逆に問うなら、家電のない時代、人々の暮らしは豊かだっただろうか。あの頃人々は幸せだっただろうか?
 と、そうだ、と思い出して、録画したままだった『東京ブラックホールⅡ』を見たのである。
 で、どうか?
 私がリアルに知っている1964年の日本は、ひどい時代だった。汚く、臭かった。
 家電は人々を豊かにし幸せにしてきたかといえば、概ね、そうだろう。だが、矛盾もあった。
 稲垣さんの現代の家電なし生活は、まあ、趣味というだけで、文明的な意味はないだろう。
 それでも、「いったいどうなってこんなことになってしまったのか?」という問いは残る。
 「生産性」を上げようとするプロセスは、そこからは見えにくいマイナスの生産性も上げている。
 マイナスの生産性、と、ここで言うのは、生産性を下げる要因というだけではなく、そもそも生産性に逆行する産物を作り出すことだ。ただ、その逆行は微妙な迂回路を取る。
 例で言おう。スマホを支える技術は人々を豊かに、幸せにしているが、スマホ自体は個人の生活でマイナスの生産性にも寄与している。睡眠時間を奪い、人々はスマホを手にしたゾンビになって町をさまよっている。
 電子書籍は軽量で文字サイズも変えられて便利だ。著作権が切れた数百冊は200グラム満たない板に収められる。それで読書が便利になったかといえば、なったが、かつて本という物に抱いていた愛着は失った。
 手紙が消えた、電話が消えた、電子メールが消えた、それで、SNSツールは便利だろうか。便利だろう。ただ、何にとって便利なのかという迂回路の先に、マイナスの生産性がいる。

 

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