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2019.12.11

読書のために小旅行を

 年を取ったせいか、あるいは現代的なメデイアや情報の影響なのか、なかなか長時間集中して本を読むということがなくなった。読書が減ったということはない。アマウント(量)としては読んでいる。だが、どうも情報として読んでいる気がする。小説なども、ラノベなのは10冊以上通して読んでいけるが、そういう読みやすい作品ではないとなると、難しい。つまり、『失われた時を求めて』をどう読むか?ということで、この2か月間、これを読むためにちょっとした小旅行をした。自宅から3時間くらいのところで、ビジネスホテルのような空調が効いて完全に一人でいられる密室にこもって読んだのである。読めるものだった。読書のために小旅行というのはけっこういいものだなと思った。
 自宅の自室やリビングで落ち着いて本が読めないというものでもないはずだが、現実的には難しい。なにが難しいかというと、気をそらすものが多いせいだろう。メデイアとか家族とか。思い返せば、独身時代は1週間くらい休みをとって一人旅をし、宿でひたすら本を読んでいたように思う。パウロが流れ着いたマルタ島で使徒行伝を読んだりもした。
 フランス人はヴァカンスのために生きているなどと揶揄もされるが、ヴァカンス先で本を読む人も多いようだ。実際のところ、読書というのもヴァカンスの重要な要素なのだろう。読書と旅というのはよい組み合わせかもしれない。
 そういえば、ドミニク・オーリー(Dominique Aury)は、『失われた時を求めて』を3セット持っていて、1セットを自宅に、1セットを母の家に、1セットを田舎の家にと置いたそうだ。現代なら、キンドルに入れておける、と言いたいところだが、全訳はまだキンドル化されていない。フランス語版で著作権の切れたのはキンドルに入れてある。200円くらいだったか。

 

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