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2019.12.06

「桜を見る会」を見るに

 「桜を見る会」問題にまるで関心がわかない。またくだらないことやって国会を浪費しているなあと思うが、国民から選ばれた代議士がやっているのだから、くだらないと思わない国民もそれなりに多いのだろう。そうした国民の政治意識も民主主義というのは汲み取っていかないといけない。私としては、そういうものだろうと思うに留めるべきだ。
 それでも、「桜を見る会」がなぜ問題なのかというのが、いま一つわからない。Huffpostに『「桜を見る会」が5分で分かる。安倍首相の関与、破棄された招待名簿など5つのポイント』(中崎太郎記)という記事があったので、目を通す。項目に自分のリアクションを添えてみる。

ポイント1:招待に安倍首相の関与は?
 →関与はあっただろう。
ポイント2:前夜祭の費用は誰が負担?
 →論点が理解できず。
ポイント3:不適切な人物が招待された?
 →論点が理解できず。
ポイント4:名簿・公文書の管理。政府「シュレッダーで廃棄」
 →Huffpostは「問題の名簿は内閣府が作成、管理する公文書」としているが疑問。
ポイント5:今後の展開は?
 →「問題の争点は多岐にわたっている」が論点は見えない。

 やはり私にはわからない。他方、iRonnaの『「桜を見る会」7つの疑惑、モリカケ化が止まらない』(田中秀臣記)の記事のほうが自分には説得的だった。
 加えて、3つのことを思う。

① この問題のどこが法に触れるのかそこだけ絞ってもらいたい。
② この問題は自民党政権が抱える問題の縮図だ・本質だ、というが、それは私たちの社会が抱えている問題と相似なのではないか。公費的な集金が私的な集団で使われるというのは、町内会でも学校行事でもやってみれば、誰も思い当たることではないか。
③ 個人的な印象では「桜を見る会」に安倍政権の非があると思う。が、その非の最大値を想定しても、国政にほぼ影響ないのではないか? つまり、こんなの些末な問題ではないのだろうか。

 特に、ひっかかるのは、こんな問題、些末なことだなと思う。
 では、些末でない問題はなんだろうか?
 国家安全保障とエネルギー問題である。これがこけると国家がこける。先のiRonnaでも《このようにいろいろ列挙したが、一つ言えるのは、無責任な「疑惑」自体こそシュレッダーにかけるべきである。経済や安全保障といった重要問題で、与野党の本格的な攻防を見てみたい、いつもそう願っている。》と結んでいたが同意見である。
 具体的な論点としては、日米軍事同盟と原発の位置づけを野党連合はどうするのか?
 で、ああ、なるほどと思った。
 この手の問題で、野党がまとまらないのが現状の政治の風景である。しかし、野党がまとまらないことには現与党政権が倒せない。なので、まとまる話題がほしいのではないか。それが「桜を見る会」のような話題なのではないか。
 と、思っていると、NHKのニュースで、「立憲民主党の枝野代表は、赤松・衆議院副議長と会談し、野党勢力の結集を目指して、国会で会派をともにする国民民主党と社民党の党首に、6日にも、党の合流に向けた協議を呼びかける考えを伝えました」というのをやっていた。『立民 枝野代表 国民・社民党首に合流に向けた協議呼びかけへ』より。

立憲民主党と国民民主党には、次の衆議院選挙に備えて1つにまとまるべきだとして、早期の合流を求める意見があるほか、立憲民主党内には「合流する場合でも、党名や政策を変えるべきではない」という声も出ています。

 つまり問題は立憲民主党の支持者にある、ということなのではないか。
 まあ、「桜を見る会」の追求も国民がやりたければやればいいのだろうし、その結果、現内閣が倒れることもないとはいえない。それはそれとして、国家安全保障とエネルギー問題について具体的なビジョンの作り込みも野党は進めておくといいと思う。前回と似たような政権交代を避けるためにも。

 

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