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2019.11.20

[書評] やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (14) 完結

 期待していた(懸念もしていた)、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』が14巻でめでたく完結した。というか、完結がめでたかった。

 

 ネタバレはか書かない。

 が、完結作が出る前に、完結予想はしてツイートしていた。

雪乃母の策略で雪乃と隼人の婚約式(もともと許嫁)のようになり雪乃がそれを受けようとしたとき八幡がぶっ壊す(救う)。彼女は「本物」(の愛)を彼に与える。

 その通りの結末ではなかった。その意味では、予想を外したのだが、個人的には、そう外してもなかったかなとは思った。(というか、その物語を隠しているだろうなとは思っている)。
 それ以前に、私はこうツイートしていた。

『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』を、ラノベで読み返して、アニメ脚本とで、気になったとこもチェックしてるが、この作品の複雑性には圧倒される。
 隠された主人公は、葉山隼人なんだろうな。

あと、筆者がキリスト教神学の背景があるかわからないが、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』は、原点に、雪乃と葉山隼人の原罪があるんだよな。それが、結衣を巻き込む原罪となったとき、こも世界に八幡が罪を負う者として現れる。
 深読みしたいわけじゃないが、とんでもない物語だ。

 そういう視点から、雪乃と葉山隼人が最終巻に出てくると予想していたが、その隼人ルートは、最終巻で解消されていない印象はもった。
 逆に、「結衣を巻き込む原罪」の部分が、完結作の中心であったと思う。というか……
 この手のラブコメは、「※※エンド」的な定番の見方があるわけで、しかもそこが避けられない。エンド設定自体はテンプレにしかならないし、ゲームエンドなら、一色いろはエンドまである(口調をマネてみました)。
 そこが完結作では見事だった。「※※エンド」の退屈さを逆手にとっていた。
 恋っていうのは、こういう形をしていると思った。結衣をよく描いていた。そこは、八幡に通じてないだろうという部分を含めて。
 雪乃の描写には意外性はない。というか、私にはなかった。
 全体のプロットは上手に構成されていた。12巻以降の構成と伏線は見事だった。ただ、最終的な表現は微妙にずれてきただろうとは思った。

 あと、二つ思った。
 この作品は夏目漱石のような意味で、実験小説的だと思った。リアルの人間関係というか、リアルの恋愛には性の問題が複雑に絡み合う。高校生でラノベというということで、そこが上手に捨象され、むしろ恋がよく描けた。ただ、性の問題のややこしさと恋の問題は残る感がある。
 もう一つは、この作品は意外とプルーストの『失われた時を求めて』に似ていると思った。まず、実は、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』は、擬似的な「回想」の物語だからだ。いつの日かすべてが失われる、変わるという、いつの日かから想起された「今」の物語である。もう一点は、饒舌と批評性である。作品それ自体が文学批評になっている。

 あとがきがまるまる一冊で出るらしいので、それも期待している。
 アニメ3期は、脚本はきれいにまとめるだろうと思う。

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