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2019.11.08

ドレフュス事件すごろく

 ドレフュス事件(L'affaire Dreyfus)は、高校で世界史を勉強する人なら必須項目ではあるし、現代的な意味も大きい。自由を標榜する社会での民族差別による陰謀といったあたりの話題にも関係する。印象に過ぎないが、この事件についてなんらか語ることができるかというあたりが、教養人・知識人というものの境界を作っているようにも感じられる。
 同時代的に当然といえば当然だが、この事件の社会的な影響を含むプルースト『失われた時を求めて』を読むと、そうした世界史的、あるいは社会的な意味合いに加え、社交界的な、大衆社会的な意味合いに独自の感触があることに気がつく。そうしたなかで、私はドレフュス事件すごろく(Jeu de l'oie de l'affaire Dreyfus)を知った。Wikipediaにも掲載されているので私が無知であった。とはいえ、あらためてこれはいったい何なのだろうかと考えさせられた。

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 ドレフュス事件すごろくとは何か?といえば、どう考えても、一義的には、すごろくであり、ボードゲームである。つまり、娯楽である。正確には、娯楽の形式で皮肉に創作したポスターでもある。それでも(そのままゲームをするのではないとしても)、ドレフュス事件というもの自体が、当時の社交界の娯楽になっていたとは言えるだろう。
 内容は、当時のナショナルな動向や社交界的な世界への皮肉であり、批判、批評であることは明白だ。このことがよくわかるのは、四隅の象徴である。左下から逆「の」順に、①さいころ振り(運命)、②マスク(外面)の掃き掃除、③軍帽の重みを測る、④引きちぎった人権宣言書、が配置されている。
 ゲームの中央、ゴールに裸の女性として描かれているのは、la "vérité"(真実)である。また、表題のような"Règle de jeu" は、ゲームの規則、つまり遊び方である。マスは62個ある。
 ここからわかるのは、このポスターがどちらかと言えばドレフェス擁護派から作られたということだろう。当時、ドレフェス擁護派を意味する、"dreyfusarde"という用語も生まれた。
 ところで、これが時事への批判であるとして、誰もが知っていた当時のすごろくをベースにしているのは明らかで、これもすぐにわかる、というか、 先にすでに書いていた"Jeu de l'oie"である。そのまま訳せば、「ガチョウのゲーム」である。

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 「ガチョウのゲーム」とは、いうまでもなく、すごろくだが、これがいつからあるのか、なぜガチョウなのか、というあたりが気になる。すぐにわかったのだが、Wikipediaの日本語の項目があった。読むと、内容は多少混乱しているが、概ね妥当なところが書かれているようだ。

1597年6月にジョン・ウォルフェは、このゲームがロンドンを発祥とする物である事を証明した。鵞鳥のゲームが、近代における多くのヨーロッパの商業的なボードゲーム競技のプロトタイプに違いないと考えられている。このゲームは、ヨーロッパで最も遊ばれる物であり、家庭での娯楽として見られる物でもある。

 遊び方は、ようするに、すごろくである、

盤面は、連続した数字(通常は63)が付けられたマスで構成され、スタート地点が一番外側になるように普通はらせん状に描かれている。各々のプレイヤーの駒は、1つか2つのサイコロを投げた目の数によって動く。鵞鳥が描かれた一連のマスが、盤面の隅から隅まで散らされている。

 なぜ、ガチョウなのか。なぜ、「ガチョウのゲーム(Jeu de l'oie)」なのか? なぜそれが政治・社会批判に連想さるのか? なにかごく当たり前のことが自分にはわからない。と、連想を広げていくと、国際関係論に関心をもつ人なら、思い当たることがある。”Jeu de l'oie”は、フランスの国際関係の専門誌である。2009年にリールの政治学研究所の学生によって創刊された。命名にドレフュス事件の連想があるかはわからない。
 言葉の連想を広げると、現実にガチョウを使う残酷な遊びも欧州各国にあるが、欧州史におけるガチョウの象徴というのはなんだろうか?とも考えていく。
 そうして引き当たるのは、英語に関心を持つ人なら常識の部類に入る、Mother Gooseだろう。このあたりで、ああ、そうかと思い当たる。Mother Gooseは、英国文化のように見えるし、実際そうなのが、起源的には、「マ・メール・ロワ(Ma Mère l'Oye)」である。もとはフランス語だ。ジョゼフ=モーリス・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel)のMa Mère l'Oyeは私が好きな曲だ。眠れる森の美女のパヴァーヌ(Pavane de la belle au bois dormant)は、シャルル・ペロー(Charles Perrault)の童話「眠れる森の美女」(1697年)からで、そもそもこの物語が、『マ・メール・ロワ』からであった。ここでの「ガチョウのお母さん」は、日本語的には、ガチョウおばさん、で、物語を語るおばさんの愛称だろう。
 童話から連想すると、おそらくイソップ童話の「ガチョウと黄金の卵」に行き当たる。このゲームも単純にそうしたものの連想かもしれない。なにか、すごく単純なことを見落としているような気がするが。

 

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