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2019.10.07

"フランスの高校生"は日本をどう見たか?

 今年の4月下旬のこと、パリ北部サン・ドニ地区『ポール・エリュアール高校』の二年生13人が山梨県富士吉田市の富士北稜高校の日本研修プログラムに参加した。同市のホームページでは、こう説明されている。

 現在、本市では、フランス共和国との人的・経済的・文化的な相互交流や日本人オリンピアンなどとの交流を図り、地域の活性化と観光振興などを推進するため、ホストタウン交流計画に基づき、地域一体で各種交流事業を積極的に展開しています。
 こうした中、フランス共和国パリ北部のサン・ドニ地区にある『ポール・エリュアール高校』の生徒が海外での体験を有益なものとするため、地元の富士北稜高校との交流を図ることで、お互いの文化を経験する機会となりました。

 日本側から見ると、そう見えるだろうし、たぶん、ちょっと意地悪な言い方になるが、富士吉田市としては「地域の活性化と観光振興などを推進する」というクリシェくらいしか考えていなかったかもしれない。いや、それはないか。
 研修は成功だった。大成功だったと言ってもいいかもしれない。山梨県の滞在の後、東京都立六郷工科高校も訪問している。今後、二校は姉妹校締結するらしい。この訪問も成功だった。
 その滞在の様子は、放送大学の特番『フランス高校生のニッポン体験~移民の街から”コンニチハ”~』で放映された。紹介はYouTubeにもある。
 で、私はその番組を見たのだった。というか、それでこの国際交流を知った。もちろん、いい話なのだが、フランス側から見ると、日本側から見る、ありがちな国際交流とは違う側面もあった。番組でも解説はされていた。
 まず、サン・ドニ地区(Saint-Denis)ということで、ああ、そうかと思った。映画『最強のふたり』の風景にもなったところである。郊外(banlieue)である。パリ同時多発テロ事件の場所でもある。
 そうした、フランスの問題が煮詰まったような地域で、自己アイデンティティの確立の難しい移民子孫の高校生が、素で日本人の普通の高校生に触れたらどうなるか? 日本人はある意味、すなおに、フランス人だと認め、そして、普通に友好の関係を築いてくれた。エリュアール校の高校生も、日本の生活の、あまりに規則的な慣例に当初は辟易としたようだが、しだいに、一緒にお掃除しましょう、和気あいあいとなっていったようだ。もちろん、映像はどのようにも作りうるが、その、ある、奇妙な感動は伝えていた。
 ああ、これが日本の、本当の底力というものじゃないだろうか。これについては、日本すげーって言っていいんじゃないだろうか。というか、それを彼らは受け止めてくれたんじゃないだろうか。
 そう思った。
 余談だが、Lycée Paul Eluardという高校の名前の由来は、ポール・エリュアール(Paul Éluard)かなと疑問に思って、彼の出身を調べたら、サン・ドニだった。 

 

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