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2019.10.03

〈物語シリーズ〉という物語

 先日ネットで「アニメ〈物語〉シリーズ10周年」という話題を見かけた。私がこの物語をアニメで見たのは、近年のことなので、10年前のことは知らない。調べると、2009年7月に始まり、最初のクールの12話はその9月から10月に終わった。これで10年というのもうなづける。と、ブログの記事を書いてみたいと思ったのは、この物語の複雑さについてである。
 私がこのアニメを知ったのは、たまたま「ひたぎエンド」の一部分を見たことだ。アニメ表現のある種の異常さ、物語の異常さ、キャラクターの異常さ、そうした異常なるなにかが、どうしてできたのだろうかと疑問に思ったのである。
 そしてこの物語を知りたいと思った。が、まず最初に当惑したのが、物語の始まりがどこにあるのかわからないことだった。そんなことはない、アニメの最初は10年前だろうということはわかる。これが、『化物語』である。ヒロインである戦場ヶ原ひたぎが登場し、彼女を巡るかのように物語は進む、か、にも見える。が、このアニメの冒頭に短く前史が織り込まれている。物語としては、『化物語』は続編である。
 で、その前史が『傷物語』であり、ここで、主人公がなぜこの物語の阿良々木暦なのかが語れる。そして、二人のヒロイン、羽川翼と忍野忍が登場する。『傷物語』のアニメは、劇場版の三部作として2016年から公開された。作画は同じシャフトによるもので声優も同じだが、絵のタッチは山本タカトを連想させるものになっている。
 原作の出版順序も、『化物語』から『傷物語』と、物語内部の時間が逆になっている。おそらく、〈物語シリーズ〉は、『化物語』で終わるかもしれない作品だったのだろうし、そもそもが、〈物語シリーズ〉という総称も当初は想定されていなかったのだろう。ただ、その時点で、『傷物語』の設定は存在していただろう。
 〈物語シリーズ〉は、日本の古典の、『日本霊異記』に始まる奇譚の系譜に連なるとしてもいいような位置にある。だが、存外にオカルト的なあるいは民俗学的な志向が強いわけではない。村上春樹文学の特徴であるコンテンポラリーなシュールレアリスムに近い。つまり、表現手法として評価していい。
 そこには、普通の青春物語の核が存在する。暦という男子と二人の恋人である女子、翼とひたぎの関係である。暦と翼は幼馴染ではないが(その親密性は後に育との関係で問い直される)、それに近い親密性があり、暦とひたぎは性を意識した個人の恋愛の親密性である。2つの親密性の相克は、男子の普遍的な問題でもある。そしてその普遍性の意味合いは恐ろしく深い。男子の内面に潜むアニマ的な要素も関連する。これが作品では、忍野忍に投影されている。
 この相克は、これも単純な言い方だが、エディプス問題だとも言える。が、この作品で興味深いのは、いわゆるエディプスの構図ではなく、ひたぎという女子が女性になることの意味として問われていることだ。
 ここで、暦という男子は、もうひとりの、時間シフトした男性との重なりで描かれる。貝木泥舟という中年男だ。40歳には届いていないのではないか。彼は30代の前半に14歳の少女だったひたぎと関係を持っている。
 〈物語シリーズ〉の魅惑は、こうした年齢差と性の魅惑の問題を多層的に描くことだ。貝木とひたぎの関係は、暦と千石撫子の関係に重ねられる。さらに、さらに貝木は神原遠江との関係を背負っている。こうした年齢差の性の、倒錯とも違うが錯綜の幻惑感は、源氏物語によく似ている。
 〈物語シリーズ〉の核は、暦とひたぎの恋愛の関係が成立させるための、撫子と貝木の物語で一つの頂点を迎える。おそらくそこで物語の全体が、いわゆるファーストシーズンとその派生で終わってよかったのかもしれないが、そこから、忍野扇という女子が登場しセカンドシーズンが始まり、『続・終物語』にまで続く。扇は、ユングのいうアニマにとても近いものとして描かれている。男性の内部の女性性の、ある虚無的な極点でもある。
 この、いかにもさらなる物語の展開のなかで、『傷物語』以前の、神原遠江の物語が重低音のように重ねられる。セカンドシーズンで斧乃木余接というキュートな死体が現れるがこれは神原遠江のもうひとつの影(ひとつは駿河)とも言えるだろう。
 と、書いてみて、何を言っているのだ?ということは理解できる。錯綜した物語の、表層的な構造と表層的な記号的を前提にしすぎている。ただ、アニメとして安直にも見ることができる作品でありながら、奇妙に深い構造を有しているこの、倒錯的な魅惑というのもこの作品の特徴だろう。私もcakesの連載のようにもっと詳しく語るべきかもしれない。
 さて、原作の連続はあるものの、概ね、〈物語シリーズ〉というアニメは終わった。個人的には、『結物語』の劇場版があればみたいとは思う。ただ、無理だろう。終わったのだ。
 こんな記事を書いたのは、その終わりの感覚を書き残しておきたかったからだ。
 このアニメも10年になるんで、オンデマンドではファーストシーズンが消えつつある。劇場版もオンデマンドにはない。なかなか、このアニメの全貌にアクセスしにくい時代になってきた、ということの感慨もある。ただ、幸い、シャフトの作画から距離をおいた大暮維人のコミック版が開始され、読みやすい。まだ巻が進んでいないが、大暮の描く扇も見てみたい。

 

 

 

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