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2019.10.06

ハドレー・キャントリルの研究から思ったこと…

 ちょっとした偶然から、ハドレー・キャントリルの『火星からの侵略―パニックの心理学的研究』の、正確には、一部分であり英文だったが、読んで思うことがあった。邦訳も、2017年のようであり、ある意味、現代に読み返される書籍なのだろう。

 

 どんな本か?
 芸のないブロガーのように、いやいや、そのまま芸のないブロガーなのだが、出版社の釣り文句をコピペる。まあ、端的でわかりやすいからだが。

 一九三八年のハロウィーンの晩に、名優オーソン・ウェルズはマーキュリー劇場というラジオ番組で、H・G・ウェルズの空想小説『宇宙戦争』を基にラジオドラマを実にありありと、いかにも現実の出来事のように放送した。その結果、少なくとも百万人の米国人が恐怖に駆られ、数千人がパニックに陥った。本書で報告する研究は、この放送直後に開始されて、何が集団行動の主な心理的理由と考えられるかを探るために、人々の反応について調査した。……(本書序文より)
 地震、テロ事件など大規模災害では、流言飛語をどのようにコントロールするかがつねに大きな課題となる。パニック発生時のコミュニケーションや集団行動に興味のある人々にとって、本書は今も価値がある。
 現在は、核弾頭を積んだ大陸間ミサイルが存在し、その巨大な破壊力に対して、火星人の侵略よりも遙かに強い妄想が人々に生じる可能性がある。またヨーロッパへの難民流入への極端な報道により、人々に行き過ぎた不安とパニックを引き起こす下地は今なお存在している。
 80年前の歴史上有名なこの事件について書かれた本書は、現代にも起こりうる、パニック状況における伝染性のある恐怖の人間心理を詳細に分析したものといえよう。

 釣り文句なのでしかたがないが、「核弾頭を積んだ大陸間ミサイルが存在し」というあたりは現在のNPTを想定すると、さすがに時代遅れは感じる。が、「火星人の侵略よりも遙かに強い妄想が人々に生じる可能性がある」というあたりの問題はなお、現代的な問題ではあるだろう。
 オリジナルは、1940年の『The Invasion from Mars, a Study in the Psychology of Panic』で、このキャントリルの分析の焦点は、奇っ怪なニュースをマスメディアで聴いたとき、人々はどういう行動を取るか、だった。特に、それが事実であるか虚偽であるかを知るために、どのように他ソースに当たるか/当たらないか、ということにあった。
 2つ思ったのだった。福島原発事故以降、「火星人の侵略よりも遙かに強い妄想」、あるいは「信念」を抱いているかに見える人々は、どのようにしてそれに至ったのだろうか、というような、社会学的な研究はないのだろうか?ということだ。
 もちろん、そもそもにして、これが「妄想」「信念」というのは間違いだという批判も、特にネットではあるだろう。もう少し、議論しやすい次元で言うなら、先日の韓国与党「共に民主党」が公開した、日本の放射性物質地図だが、これについては、日本のもとソースとされた側からも否定されており、ほぼ「妄想」「信念」といったものに近くなっている。こうした現象がなぜ現代でも生じるのだろうか?
 もう一つは、オリジナルの1940年についてである。第二次世界大戦以前で、ラジオというマスメディアと真実がどういう関係にあったのだろうかという疑問だ。事件の元になったCBSのハロウィン娯楽番組だが、娯楽という意味が現代とは違っていたのではないか。連想したのは、米国のキリスト教普及とその系統のラジオ局やラジオ番組である。考えてみると、私が青年期によく聴いていたFENも米軍の一種の洗脳的な番組でもあった。ラジオの語りが、ある種の真実の言葉を作る文化があったのではないか。ぶっちゃけていうと、米国のやや非現実的なキリスト教右派の存在は、火星人の侵略言説と同じ地平にあるのではないか?
 ちょっと話が錯綜してしまったが、私が思ったのは、フェイクニュースを信じたりして妄想を抱くという点ではない。ハドレー・キャントリル自身が着目したように、人はどのようにして情報を探索して、それが正しいという信念を形成するかという社会学的な傾向である。

 

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