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2019.09.29

高橋是清と不妄念

 江戸東京たてもの園に高橋是清邸があることは知っていたが、うかつにも是清翁が暗殺された部屋がそのまま移築されていると思い至らなかった。もちろん、ぐぐればわかることではあるが、知識で知ってどうというものでもないだろう。見てきた。
 邸の二階に上がる。ガイドの方がいて、ここですよと教えてもらった。ここかと思った。2.26事件の現場である。当時には珍しいほどガラスを使った、見渡しのいい門間十畳の客間である。彼はここを書斎にしていた。寝室というわけでもなかったが、その日もここで寝ていた。ゆえに兵士たちが探すのに多少手間取ったことだろう。ここで胸に6発のも銃弾を撃ちこまれて死んだ。満年齢で81歳。80歳まで生きられたら幸せの部類のようにも思うが、こういう死に方は悔しい。
 畳に座って物思いにふけっていると走り回る子どもたちや外国人の観光客などが来きて騒がしくなる。もっと閑散とした日に来ればよかった。紅葉の頃は一段と美しいだろうから、また来よう。

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 邸はもとは青山にあったのは知っている。昔その近くで仕事をしていたこともある。青山一丁目の駅からカナダ大使館に向かっていくと、その隣に高橋是清翁記念公園があるが、そこである。
 隣の八畳間には大きな掛け軸がある。是清翁の自筆である。レプリカであろう。三文字だが、くずし字で読めない。解説のプレートがあり、見るに「不妄念」らしい。道元の正法眼蔵の八大人覚によるものとのこと。意味は「正法を心に念じて、忘れないようにすること」である。翁と道元のつながりというのも知らなかった。

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 この掛け軸が彼の死ときにもそこにあったのだろうか? ガイドさんに聞く機会を逸した。なぜ翁が「不妄念」なのかというと察するものはあるが、仔細に知るわけでもない。
 書の前に座ってまたしばし時を過ごす。2.26事件の再現ドラマなどはなんどか見たこともあるが、ドラマはドラマだ。歴史を知るというのは奇妙なことだなと思う。

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