2019年新国立劇場オペラ『トゥーランドット』
二年くらい前だっただろうか。オペラ好きの妻から、新国立劇場オペラ『トゥーランドット』を見に行きたいと誘われたような記憶があり、それで心に引っかかっていた。受験生二人から解放された心の緩みのようなものあった時期だったように思う。まあ、『トゥーランドット』なら頭空っぽでも見られるが、ちょっとめんどくさいなという感じでやり過ごしてしまい、最後の受験生にまた追われている。
これが、NHK『プレミアムシアター』でやっていた。台風の余波で閉じ込める、ある微妙な退屈もあって、見た。2時間半くらいだったか。メットのだと3時間くらいあったように思うので、どこか端折っていたのかもしれないがわからなかった。
まあ、よかった。トゥーランドットのイレーネ・テオリンはけっこうなお年だと思うがさすにワーグナー歌劇こなすだけのドラマッチクな歌いは見事だった。カラフのテオドール・イリンカイもよかったが、この人、イタリア人じゃないよな、と、発音はイタリア語のようなそうでもないようなという感じなので、調べたら、ルーマニア人だった。とすると、まあ、概ねイタリア語は方言のようなものかもしれない。個人的には、リューの中村恵理の歌が美しかった。一番きれいなイタリア語に感じられた。とはいうものの、オペラ全体でイタリア語はよくわからなかった。もうちょっとわかるんじゃないかと期待していたのだが、残念。合唱もよかった。演奏もよかった。日本もけっこうなオペラ大国になった感じがした。ただ、聞き慣れたメット・ヴァージョンと自然に比べてしまう。
今回の新国立劇場『トゥーランドット』のウリでは、アレックス・オリエの演出も大きい。舞台や衣装も斬新だ。モダン解釈というのとも違うが、抽象的な、色調が統制された静謐な空間になっている。ブレードランナー的な感じかな。そして、前評判にあったエンディングについても、それなりに知ってはいた。
ネタバレにならないようにしたい。エンディングはさすがに首を傾げた。見終えてから、妻と顔を見合わせ、「あれ、あり?」と聞いてみた。私には、よくわからなかったのだ。現代解釈のオペラは好きだし、ヴァーグナーはむしろ現代解釈が好きなくらいだが、プッチーニでヴァーグナー的な空間と、現代的な批評的な解釈ってありだろうか? それとも、むしろプッチーニの真意ってこんな感じなのか? 妻のほうは好評だったようだ。納得もしたみたいで、説明もしてもらったが、私にはよくわからない。
我ながら、プッチーニのオペラについては、お子ちゃまテイストなのである。『アイーダ』でもメットみたいに象さんが出てくるだけで、心踊るのである。サーカスかよ。『トゥーランドット』でもメットの、中国雑技団的なピン・パン・ポンが好きなので、今回の演出は、深刻で地味だなあとか思ってしまう。
まあとはいえ、それも楽しいといえば楽しい。
これは、昔のメット(1987年)ので、ドミンゴがカラフ。レオーナ・ミッチェルのリューは絶唱!
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