« 映画 『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』 | トップページ | 小泉進次郎・衆院議員と滝川クリステル・キャスターの結婚、雑感、じゃない雑談 »

2019.08.06

記憶の風景の哀しみ

 夏の日差し、木陰、草いきれ、そうした夏の風景がふっと、自分の思いを過去にタイムスリップさせる。目を閉じると、不確かなのに、昔の光景が脳裏に蘇る。今ここにいるのに、今ここにいない、という奇妙な感覚。記憶がもたらした幻影なのに、そのリアリティが時を超えて脳髄にぎゅーんとしぼるように迫ってくる。そのすべてが、ある哀しみをともなっている。僕は本当に老いたのだのだと思う。半世紀も以前の、子供だった日の光景がそれほど遠くない。
 懐かしいかといえば、懐かしいのだが、懐かしいという感覚とも少し違う。懐かしさなら、私はここにいて、昔を想うということだ。それとは違う。思いが異世界のような昔の光景に連れ去られてしまう。そして、そのリアリティがリアリティのままで、空虚なのだ。
 まるで、僕が死んでしまったのに、僕の記憶のなかのその光景だけが、誰かが撮った写真のように残る、というような。
 それは光景だけではない。匂いもそうだし、匂いを伴った書籍であったり、ある空間の静けさであったり、病院の廊下に響く物音であったりもする。
 私が生きている、あるいは、私が生きていた、という、その生の私の感覚は、それほど確かなものではない。私というのは、つまるところ、代名詞であって、この僕ではない。
 これが老いていくということなんだろうか。
 でも、と思う。
 今、老いて眺める世界もまた、子供の頃ころに思った老いた自分の想像とそれほど違いはない。今の僕というものは、あの私という子供が思い描いた、そんな老いた人の想像とも変わりないのだ。

 

|

« 映画 『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』 | トップページ | 小泉進次郎・衆院議員と滝川クリステル・キャスターの結婚、雑感、じゃない雑談 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 映画 『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』 | トップページ | 小泉進次郎・衆院議員と滝川クリステル・キャスターの結婚、雑感、じゃない雑談 »