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2019.08.08

あいちトリエンナーレ『表現の不自由展、その後』展示雑感

 あいちトリエンナーレ『表現の不自由展、その後』展示を私は見ていない。私はあまりこの展示に関心がないからだ。理由は単純で、報道を通して知るだけだが、これらは、およそ芸術と呼べるようなレベルに達してない作品だと感じたからである。
 もちろん、そういう私の感性が、芸術の価値を決めるものではない。およそ、芸術というのは、個々人が「これが芸術だといえば芸術だ」といった単純なものではない。その芸術作品が複数の人々に与えるインパクトに加え、批評家による批評、キュレーターによる考察などが加わり公の議論を誘うことで、その作品が、公的に芸術であることが問われていく、というものである。そうでなければ、街のギャラリーなどで自由に展示すればいい。
 なので、あいちトリエンナーレ『表現の不自由展、その後』展示について、私がまず関心を向けたのは、キュレーターであり、学芸員である。日本の場合、学芸員には、養成の専門講座を設置している大学か専門学校で所定科目を履修して取得するか、文部科学省が年1回実施している学芸員資格認定試験に合格することが求められる。彼らは、この展示をどのように考えていたか? 
 もう少し過程的に言うなら、津田大介・芸術監督が企画と方向性を決め、学芸員が個々の展示作品を決める、という手順である。別の言い方をすれば、個々の作品の選別には、津田氏は直接的には関わらないはずである。
 が、報道を見ていると、津田氏の談話は見かけるのだが、個々の作品を決定した学芸員の見解が出てこない。この時点で、私には、不可解な展示ということになり、展示への関心は薄れた。それが芸術であるという公的な議論の基点がどこにもないのである。
 それでも、世間の大騒ぎを傍観しながら、なぜ、これらの個々の作品が選別されたのかという現実に多少興味が湧いた。芸術監督の津田氏が恣意的に選んでいるわけでもないはずだ。彼には、そもそも個別の作品を扱う学芸員の資格もないと思われる。
 それと、もう一つ気になっていることがあった。「表現の不自由」という表現は、昭和40年の千円札裁判を連想させる。老人力もないころの前衛芸術家赤瀬川原平が200倍に拡大模写した千円札の図像を読売アンデパンダン展に出した。この逸話がまったく語られないわけではないが、同じ名前の展示なのに、比較的に議論されるようすを見かけないのは、少し奇異にも思えた。オマージュのようなものがあってもいいのではなかっただろうか。
 いろいろ疑問あるので、少し調べてみると、簡単にわかったことがある。今回の展示の大枠は、2015年に東京・練馬区のギャラリー古藤で開催された『表現の不自由展 消されたものたち』だったようだ。同展示は、永田浩三さんや岡本有佳さんなどを共同代表とする実行委員会が街のギャラリーで開催したものだ。私的な空間での展示だったわけで、批評家もキュレーターも学芸員もない。
 どうやらこれが、そのまま、学芸員の介在もなく、私的空間からあいちトリエンナーレに左から右に移すようにもってこられたようだ。いや、正確には、『表現の不自由展、その後』として、2015年のギャラリー古藤での展示の「その後」も加えられていたようだ。そうして思うに、おそらく、その基本部分の移し替えは、津田大介・芸術監督の独断だったのではないだろうか。
 詳細はわからないが、少し調べた印象では、私的空間での展示が、適切な手順も踏まれず、公的空間に移行されたもののように思われる。もしそうなら、前提として、これはダメなんじゃないだろうか。つまり、表現の自由を問うという問題以前である。表現の自由を問うだけなら、2015年のギャラリー古藤のような私的な空間がよかった。あるいは、その経緯を写真などで解説展示すれば足りた。それなら学芸員でなく、ジャーナリストでもできる。
 なお、この展示は、脅迫などの点でも話題になった。が、それは、どのような展示でも潜在的に起こりうることなので、今回の展示とは、本質的には無関係だと私は思う。

 

追記(2019/8/9)

<金曜カフェ>ジャーナリスト・津田大介さん あいち芸術祭 監督として
北海道新聞07/08 05:00

約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。「僕はそういう(人の権利を奪う)タイプの人間ではありません。でも、そうしないと『情の時代』というテーマにこだわった内容にならないと思った。仕事は5倍くらい大変になったが、その方針のおかげで(参加作家の男女比を半々とする)ジェンダー平等も達成できました」

 どうやら、作品の選定は津田大介・芸術監督の独断だったようだ。

あいちトリエンナーレ問題 脅迫FAX犯人逮捕でも安心できない理由
更新2019/8/8 10:00 週刊朝日

津田氏はツイッターで、「表現の不自由展・その後」のコーナーの予算は420万円で、民間の方から寄付の申し入れがあり、寄付で全額まかなうことにしたと説明している。

 愛知トリエンナーレ『表現の不自由展・その後』展示予算420万円が民間の方から寄付で全額まかなわれたというのが本当なら問題ではないか。展示方向に影響するからだ。寄付は運営を信頼し全体予算に組み込むべきだっただろう。そうでなければ、その寄付額でトリエンナーレから切り離し、民間展示にすべきだろう。

 

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コメント

いつも拝読させていただいております。

北海道新聞に津田氏自身が選んだと答えているようです。ご参考までに。

約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。

<金曜カフェ>ジャーナリスト・津田大介さん あいち芸術祭 監督として:北海道新聞 どうしん電子版
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/322393

投稿: となりの老猫 | 2019.08.08 20:36

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