英語の現在完了は、なぜ、「have + 過去分詞」なのか?
先日、英語の現在完了について、VOAの教材を紹介した。VOAでは、英語の現在完了を過去を示す表現として扱っていたが、実は、これは、フランス語やドイツ語、さらにイタリア語やスペイン語など他の言語を学んでみると特段に不思議なことでもない。よく見られる過去の表現である。ただ、厳密には、英語の現在完了には、継続の意味が残っているので、これらの言語とは異なった文法上の特性は見られる。
それはそれとして、英語の現在完了は、なぜ、「have + 過去分詞」なのか?
これも意外と学校英語などでは教えてないんじゃないだろうか。
ネットをざっと検索しだけだと、「過去分詞の状態をもっている(have)」といった説明くらいしか見つからない。
なので、これも簡単に説明しておこう。
歴史的な説明
この話題は、『英語の歴史から考える 英文法の「なぜ」』に説明がある。
なにより、まえがきがこうである。
私は中学校で英語を習ってから何度もつまづきました。いちばん大きなつまづきは現在完了です。「現在完了は、〈have + 過去分詞〉という形で、これは完了を表します」と教わりました。そのときの教科書の例文は I have finished my breakfast.(私は朝食を終えました)というものでした。動詞finishは「終える」という意味ですから完了したのはあきらかです。それなら I finished my breakfastと言えばいいではありませんか。なぜhaveを使うのでしょう。「持つ」という意味はどこに消えたのでしょう。
というわけで、ネットで見かける、「haveという動詞で過去分詞の状態をもっている」的な説明も、このまえがきの疑問には答えていない。
それで、同書はどう答えているか?
そのまえに、本文では、こういう微笑ましともいえる話がある。
(前略)そもそもどうしてここにhaveが現れるでしょう。このもやもやとした霧が晴れないまま、私は現在完了形が現れると「…したところです」と訳してしませていました。
ネットの状況を見るに、現在でもそういうふうに「すませていました」という人が多いだろう。
では、この本での答え。
現在完了形の成立 現代英語の現在完了形〈have + 過去分詞〉は古英語で他動詞を使った〈have + 目的語 + 過去分詞〉という言い方から生まれました。古英語のこの言い方では、目的語と過去分詞は緊密に繋がっており、その性・数・格の屈折は一致していました。その後、屈折が消失するとともに目的語の名詞・代名詞とそれに続く過去分詞のつながりは薄れました。また、目的語は動詞の後に来るという意識から目的語と過去分詞の位置が入れ替わり、次のような現在完了の形が生まれました。
(3) I have written a letter.
この元の形 I have a letter written.(手紙が書き終えられた状態で存在している)は過去において書き始めた手紙が今、書き終えた状態で存在しているということです。
つまり、古英語の枠構造的な文型が目的語意識で変化したということだ。枠構造というのは、動詞的な要素で目的語などを挟む形式である。ドイツ語がそうだ。
というか、古英語はドイツ語に近く、ドイツ語は現在でもこの枠構造を持っている。例えば。
Ich habe mir ein Fahrrad gekauft.
この語順で英語の置き換えると。
I have my a bicycle bought.
ドイツ語の初歩学習書、『文法から学べるドイツ語』ではこう説明している。
英語では、「いつその事柄が行われたか」を基準にして、過去形と現在完了が厳密に使い分けられますが、ドイツ語の場合は、「いつその事柄が行われた」ではなく、「話し手がどの時点から語っているか」が重要です。
現在の視点からは現在完了形を使うため、日常会話ではほとんど現在完了を使います。
「日常会話ではほとんど現在完了を使います」というのは、「過去を表現するのには」ということで、実際上、ドイツ語の現在完了は、過去表現なのである。で、この点では、英語も同じということをVOAでは簡素に説明していた。
ロマンス語共通の文法でもある
さて、現在完了が過去を表現するという問題は、さらに面白い問題を引きおこす。というのは、ロマンス語もみんなそうした文法を持っているからだ。
フランス語ではこうなる。英語の I have written a letter.とまったく同じ。
J'ai écrit une lettre.
イタリア語では、こうなる。これも英語と同じ。
Ho scritto una lettera
ちなみに、イタリア語では主語は不要。こうした文ではあるほうが不自然。よく、日本語は主語が明確ではないが英語はうんたらという話があるが、特に日本語が不思議なわけではなく、英語やフランス語が特別かもしれない。
ちなみにちなみに、これを代名詞で書くと。
Je l'ai écrite.
L'ho scritta.
となる。目的語が動詞の前に出て、SOVになる。こうしたこともあって、印欧語の基層は、SOVだと考えられている。むしろ、SVO語順を取る英語が特例かもしれない。あと、この例でわかるように、過去分詞は性・数一致を起こす。
で、この英語なら現在完了形のような表現を、フランス語では「複合過去」、イタリア語では「近過去」として、どちらも、普通に「過去」として扱っている。
さて、ここで問題なのは、一般的なラテン語文法には、この〈have + 過去分詞〉の構造がないことだ。これこそがけっこうな大問題だと思う。
2つのことがわかる。
① 古英語やドイツ語の原点の西ゲルマン語には〈have + 過去分詞〉があっただろう
② 俗ラテン語には、〈have + 過去分詞〉があっただろう。
ここから何が言えるだろうか?
考察1 俗ラテン語の〈have + 過去分詞〉という形式は、ゲルマン語の影響かもしれない
推測に推測を重ねることになるが、一つの仮説は、俗ラテン語の〈have + 過去分詞〉という形式は、ゲルマン語の影響だろうとするものだ。つまり、ゲルマン語とラテン語が衝突したときに、これれがロマンス語圏に定着したのではないか。
これを歴史事象に当てはめてみると、そうした文化機運が強いのは、カロリング朝ルネサンスっぽい。が、このたあり、調べているのだが、今ひとつわからない。そして、さらに大きな問題にぶつかる?
カロリング朝ルネサンスというなら、その中心は、「カール大帝」である。で、「シャルルマーニュ」である。え? どっち?
さすがに、Charles the Greatはなしだが、Karl der Großeなのか、Charlemagneなのか?
当然、どっちも違って、ラテン語で、Carolus Magnusとしたいところだし、公式にはそれでいいのだろうが、さて、彼自身はどう捉えていたか?
というか、カール大帝は、何語を喋っていたのか?
ここで、歴史好きなら知っているだろうが、カール大帝の母は誰かわかっていない。母語、mother tongueは?
だが、おそらく、ここは、カール大帝の母の言葉ではなく、彼の教育係の言葉だろうし、それはラテン語だろうが、日常会話はどうだったかというと、俗ラテン語ではないだろうか?
で、カール大帝自身は、〈have + 過去分詞〉的に過去を表現していると、教育係にもにょられたのではないか? というコンプレックスこそが、カロリング朝ルネサンスの真相かもしれない。
そう考えると、カロリング朝ルネサンスとは、むしろ、俗ラテン語の支配であり、これが英語を含めた欧州語を決定付けたとも言えるのではないか。
考察2 古英語やドイツ語がすでに俗ラテン語の影響下にあったかもしれない
考察1でいいんじゃないかと思いつつも、『イタリア語の起源』を読み返してみたら、ありゃりゃ、以前の読書の読み落としを発見。
動詞 habere (= avere)の活用形と完了分詞(イタリア語の過去分詞に対応するラテン語)からなる迂言的動詞表現、たとえば、cognitum habebo、deliberatum habebo は前古典時代から用例がみつかっている。しかし、今日の複合時制のような意味はなかった。動詞 habereは、補助動詞としてではなく、物理的、精神的な「所有」や「保持」の意味をもった独立した動詞として使われて、それに従う完了分詞は述部としての機能をもっていた(つまり動詞の意味を補完していた)。(中略)この迂言法が、イタリア語の複合時制と同じような意味と役割をもつようになった。その変化が見られるのは紀元1世紀のことである。(中略)中世ラテン語ではそうした意味がしだいに増えてくる。
ということで、古英語的なhaveの用法は、古典期後のラテン語や中世期のラテン語にもすでに見られるらしい。ただ、「ラテン語文法」として確立したものではなさそうだ。当然、これらは、俗ラテン語になっていただろう。
おそらく俗ラテン語では、〈have + 過去分詞〉という表現が、5世紀あたりには確立していたのだろう。
すると、むしろ古英語と呼ばれる言語(ラテン語を学ぶ書記僧がまとめた)が、すでに俗ラテン語の影響を受けていたとも考えられそうだ。この線で同じように考えるなら、ドイツ語での完了形の枠構造が過去を意味するようになったのも、そうした俗ラテン語の影響ではないか。
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コメント
gekaut → gekauft ですかね
投稿: | 2019.07.03 09:51
ご指摘ありがとうございます。訂正しました。
投稿: finalvent | 2019.07.03 12:46