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2019.07.20

[書評] 「バカ」を一撃で倒すニッポンの大正解 単行本(高橋洋一)

 書店の平積みでこのタイトルを見かけて、少し考え込んだ。《「バカ」を一撃で倒す》という部分にである。

 

 何を考えたかというと、《「バカ」を一撃で倒す》というのは無理だろ、ということだ。「バカ」というのは、強靭なものなのだ。とても一撃では倒せない。倒せるなら、こんなに世の中にはびこっていない……。いやいや、そもそも「バカ」の定義はなんだ? 何をもってバカというのか不明瞭のままの議論こそバカな議論の典型ではないか云々。これは、でも、本書について言えば、帰納的に考えてもいいのかもしれない。つまり、一撃とやらで倒される・論破されている相手が、本書にとってのバカである。というわけで、世の中のバカすべてというわけでもないのだろう、たぶん。
 読みやすい本である。というか、うーむ、これなら、バカでも読めるなあという印象。ルター95か条の論題の半分以下の44の論題が取り上げられている。例えば。

最低賃金が上がれば、
消費が活性化して
景気がよくなる!

 これがバカの論題11である。で、一撃はこう。

逆だよ。
景気がよくないときに
最低賃金を上げたら、
さらに景気が悪くなるに
決まっている!

 どう? そう思っている人は、一撃で倒されましたか?
 たぶん、倒されないんじゃないかな。
 「そういうお前はどうなの?」と言われると、まあ、私はバカを甘く見ないので、そういう一撃は出さない、かな。ただ、韓国の文在寅政権が実施した「最低賃金引き上げ」の経緯は注目してきた。で、議論じゃなくて、実際はどうだったか。
 最低賃金を引き上げたら、雇用は減少した。5月21日の時点で、韓国の雇用労働部もこれを認めるに至った。日経新聞でもこの話題は「最低賃金引き上げ、世界で論争」として扱われていた。概ね、景気悪化時に最低賃金を上げてもうまくいかないことは経済学的にほぼ確立していると見てよさそうだ。
 文在寅政権による「最低賃金引き上げ」は、雇用減少という形で失敗し、さらに、もう一つ失敗を連鎖した。引き上げが次第に不達成の見込みとなり、政権支持の労働団体から反発を招いたことだ。
 つまり、景気が好調でない時点で、政府主導で最低賃金を引き上げると、雇用減少を招き、さらに景気が悪化し、達成不能となり、これにつれ、最低賃金引き上げの政治団体の反発を招き、さらに政権が不安定になり、いっそう景気が悪化するという循環になっていく。
 というわけで、「バカ」は一撃されないから、問題はさらに悪化する。
 私の考えでは、政治・経済の技術的な課題をイデオロギー的な課題に転換できない地点には、「バカ」が集結しやすく、しかも、バカは一撃で倒されないのだから、技術的な言論は実質無意味になる、と考えている。
 本書に戻ると、44のバカの論題は、まあ、議論としては、政治・経済の技術としては、概ね正しいが、バカを一撃で倒すというわけにはいかないだろうなと思った。
 じゃあ、どうするのかというと、最低賃金問題でもそうだけど、政治・経済の技術的な論点は整理しておいたほうがいいので、本書は便利だなとも思った。高校の参考書的な感じ。無駄な議論を考えても無駄だ。ちなみに、そのあたりの感覚では、本書のギャンブルへの言及も面白い。ようするに、数学が少しわかる人間なら、日本のギャンブルなんか、しない、と。ギャンブル中毒予防にこそ、数学教育を、と。まあ、現実的には無理でしょう。
 こうしたバカ一撃の話題とは別に、はっとした点があった。韓国への制裁案である。本書の基本は、「ヒト・カネ・モノ」としている。人、つまり、民間交流の規制が一番難しい。物、については、「戦略物資(安全保障上または戦争遂行上不可欠な物資・資源)の輸出制限なら理論上は可能だ」としている。が、企業活動に影響が出るので、現実的ではないと、本書では判断している。それで効果的なのは、というと、金、であり、具体的には外為法を使うことだとしている。
 本書執筆時には、まだ、フッ化水素問題はなかったのだろう。その意味では、本書は、少し外したともいえるが、おそらく実際は、そうではなく、フッ化水素の次は、外為法なんだろうなと、それなりに納得した。実際はどうなるかわからないが、そうなったら、「なるほどね」と私は思うだろう。
 本書が扱う話題は、比較的ネットで盛り上がる話題が多いので、そうした観点からも面白いかもしれないが、これで「バカ」が一撃されるわけでもないだろうし、あまりネットで問われなくなりつつある話題なども他にもあるし、環境問題や地域コミュニティの課題なども、一撃で答えが出るものでもない。
 とはいえ、本書を拡張した形で、政治・経済の技術的な論題を辞書的にまとめた書籍でもあると便利かなとも思う。

 

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