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2019.05.14

「終身雇用」の認識ギャップ

 トヨタ自動車・豊田章男社長が、5月13日の記者会見で日本自動車工業会・会長として「終身雇用の継続は難しい」との認識を示した。その前提からわかるように、自動車業界全体としての認識を示したものなのだが、なぜか、ネットでは日本社会の「終身雇用」は終わりだといったふうな話題になって、なんというか、盛り上がっているのを見た。
 が、日本にはそもそも「終身雇用」はないと言っていい。一部にそう見える現象がまったくないわけでもないが、日本の「終身雇用」と呼ばれている雇用制度は、日本社会全体から見れば、ある種の錯覚にすぎない。
 例えば、10年も前になるが、NIRAの研究報告書『終身雇用という幻想を捨てよ』でも、「そもそも、終身雇用制と呼ばれるような長期雇用(より正確には期限の定めの無い長期雇用)と年功賃金の組み合わせを実現できた企業は、ごく一時期のごく一部の企業に過ぎない」とまとめられていた。指摘されている事実だが、そうした大企業の従事者は各種統計でも10%に満たない。同報告書では4%の指摘もある。また他先進国と比較しても日本の特徴とも言い難い。
 関連して、「団塊世代の逃げ切り」という話題も見かけたが、団塊世代は狭義には、1947年~1949年の生まれで、72歳から69歳といったところで、現在の話題とは噛み合わない。
 という話をブログに書こうかと思って、しかし、微妙に気が乗らなかった。不用意な批判を招くことになるだろうこともだが、なんだかめんどくさい感じ以前に、そんなことは単なる事実であって、特段に説明することでもないようにも思えた。
 とはいえ、自分とこの社会との認識ギャップはなんだのだろうか。
 存在しない問題、あるいは、自動車産業の一部というように限定された話を、社会全体の話題に広げて議論しても、想像上のモンスターと戦うようなもので、現実にはあまり意味がない。
 だが、この、実際には存在しない問題、あるいは、定義が不明確なのになんとなく確定しているかに見える問題というのは、なんだろう、フェイクニュースとも違うし、単なる大喜利とも違うようにも思う。分数が理解できない大学生といった話題に似て、事実が認識できない知的に劣った層の興隆と割り切れるものでもない。
 これは、一種の「空気」というべきものかもしれないが、微妙に「空気」とも思えない。
 「終身雇用」という幻想についていえば、あるべき過去の理想のようにも見えるので、理想への希求が生み出したのかもしれない。
 昨今の社会的な話題というのは、たとえどんな話題でも、それなりに問題だと一定数に共有されれば、それだけで「問題」になってしまうじゃないだろうか。

 

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