66歳になって孤独でお風呂で泣くだろうか?
先日からなんとなく心に引っかかっていて、ぼんやりと考えるのだが、思いが空回りしているだけのような気もするので、そうだな、ブログにでも書いてみるか、と思って書き出したわけだが、それは何かというと、「66歳になって孤独でお風呂で泣くだろうか?」ということだ。この疑問文の主語は、私、である。私は61歳になってしまった。それで、5年後生きたとして66歳。そのとき、私は孤独な自分の現状に泣くだろうか。
そんな疑問をもったのは、先日、この話題をネットで見かけたからだ。話題の元は、『AERA.dot』に連載されている、《連載「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋》に掲載された、「66歳男性が風呂場で涙… 友人もいない老後を憂う相談者に鴻上尚史が指摘した、人間関係で絶対に言ってはいけない言葉」である。タイトルを見てわかるように、劇作家の鴻上尚史による人生相談である。この相談者の相談内容がこういうものだった。
誰にも言えませんが、最近、風呂に入っていると涙が出てきます。弟たちのことだけでなく、振り返ればとくに心を割って話せる友人もいないことに今さら気づきました。
どうやってこの後の人生を過ごしていいか、お恥ずかしいですが、孤独で、寂しくてたまりません。
いまさら、私はこれからのありあまる時間を、どうしたらいいのでしょうか。どうしたら、弟たちと仲良くできるのでしょうか。楽しい人づきあいのコツはなんなのか全くわかりません。解決法が浮かばず、途方に暮れています。
それで、回答のポイントはこういうこと。
僕のアドバイスは、「まずは、対等な人間関係を学習しませんか?」ということです。
弟・妹さんと仲良くすることは、いったん、あきらめて、他に人間関係を作るのです。見下すことも、見下されることもない関係の先に、有閑人さんが求める「心を割って話せる友人」が生まれる可能性があるのです。
友人探しには、インターネットに感謝しましょう。趣味のサークルや地域のボランティアサークルが簡単に見つかるはずです。
思い切って、そこに飛び込むのです。
要するに、孤独な66歳男性は、これまでの人生での人間関係から旧交を温める式の目論見は諦めて、ネットで趣味のサークルやボランティアグループを探して、参加し、新しい友だちを探しましょう、ということだ。つまり、これまでの他者への態度を改めれば、孤独を癒やす新しい友だちができるはずだということだろう。
で、思った。いろいろ僕は思った。
まず、孤独ってそんな泣くほどつらいものだろうか? そんなことはないだろうと言いたいわけではない。私の場合、現状は家族と暮らしていて、それほど対話がないわけではない。友だちがいないわけでもないが、そう顔を突き合わせているわけでもない。が、それゆえに孤独でつらいということはないように思う。私にとって、孤独というのは、子供の頃からもっと根深いたちの悪い何かだ。いや私は、何か、老いと孤独というものを捉え間違えているのではないか。この話題に触れたとき、風呂場で泣くほどの孤独とはなんだろうと思ったのだ。そして、それは、わからない。
次に、この66歳の男性は、「これからのありあまる時間を、どうしたらいい」と言っているのだが、そこも自分には奇妙に思えた。私は、人生、残された時間はもう少ないと感じている。難病を抱えていることもだが、発作や身体の不具合(目が見えなくなり、手が動かなくなるだろう)、そしてさすがに知力というか集中力の衰えは実感しているので、意外と残された時間はないだろうなと思っている。むしろ、今の時間がとても大切だし、1人でイタリア語勉強していたり、ロマンス語のことなど考えているほうが楽しい。見たいコンテンツも山ほどある。まあ、時間をどう過ごすかという問題については、自分には疑問はあまりない。
さて、もう一つ。これは回答に関係するのだが、66歳の男が趣味やボランティアのサークルに飛び込んで友だちができるものだろうか? できないと言いたいわけではない。この2年間、フランス語の講座にいろいろ参加した。見知らぬ人といろいろ学んだが、特に知り合いはできない。たぶん、同じ講座を一年くらい取り続けないとだめなんだろう、というのもあるかもしれないが、もっと単純なところで、60過ぎた男はそれだけでキモいんじゃないだろうか。そう自分が思うのがいけないという意見もあるだろうが、まあ、概ね、高齢男性はそこにいるだけでキモいもんじゃないかと思う。
実は、この間、そういうフランス語講座とかじゃなくて、自分からなにかグループでも作ったらどうかともつらつら考えていた。何がやりたいかというと、歌仙である。僕は若い頃、歌仙の宗匠をしていたことがあるので、今でもたぶん、できる。あれは楽しいものだという思いがある。で、ここで、また戸惑っている。なんか、人の輪の中心に立ちたいという気が今ひとつしない。そういえば、独身時代はネットのオフ会などもよく出たものだった。
最近の自分を振り返ると、孤独でつらいという思いはない。体調が良ければ、ひとり散歩したり、ジュンク堂に行ったり、銭湯とか行ったり、バスを乗り継いだり、美術館見たりと、ひとりで過ごすのも楽しい。一人カラオケもやってみた。いいものだ。
さて以上、書いてみたものの、やはり、特に思いはまとまらないものだな。
とはいえ、ブログを書いていて、それほど読まれたいとも思わないが、それでも読む人もいるかもしれないというのは、意外に自分の孤独を癒やしているのかもしれないとは、思った。Grazie a tutti !
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