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2019.05.27

加藤典洋の死

 文芸評論家の加藤典洋が5月20日に亡くなった。71歳。死因は肺炎。日本人の死因の4番目である。一昨年くらいは3位に上がっていたが、社会的な啓蒙のせいだろうか、3位から落ちた。老人になると肺炎を起こしやすい。多くは誤嚥による誤嚥性肺炎だ。口腔内の細菌が気管から肺へと吸引されることが多い。その面では、感染症なので、ワクチン対応ができ、60歳から対応になる。つまり、61歳の私は考慮したほうがいい。で、その先のワクチンについては、ちょっとめんどくさい話があるが、一般的にはあまり知られていない。
 加藤が誤嚥性肺炎だったかはわからないが、自分ももうあと9年も生きて、肺炎で死ぬことはあるだろうなとは思ったのだった。竹田青嗣を含め、ポスト吉本隆明ともいうべきか、彼らの世代を、自分も老い、そのことで身近に感じられるようになってしまった。
 加藤典洋の死は、そうした親しい感覚とともに、ある種の脱力感も伴った。彼の重要な作品は、村上春樹についての多くの著作もおもしろいが、言うまでもなく、平成7年の『敗戦後論』である。そしてそこで提示された問題は、戦後日本の言論世界の根幹を表していたと思う。テーゼとしては簡単である。日本の戦争について、アジア諸国の犠牲者に謝罪するためには、それを明確に侵略戦争と位置づけた上で、まず自国の戦死者を弔い鎮魂べきだとした。このテーゼは、左派やいわゆるリベラルから批判を受けた。簡単に言えば、日本のリベラル派としては自国の戦死者を弔ってはいけないというものだ。当然、これは靖國問題に連結した。
 私は加藤の問題提起が重要だと思ったし、リベラルはこれに対して、靖国を廃するという意味で、国家の公的な追悼施設を作るべきだと思った。現存の千鳥ヶ淵を拡張してもよいだろう。だが、それに十分に答えたリベラル派はなかったか、あるいは、自民党のリベラル派が受けた。昨今のネットの空気は近い歴史を忘却しているが、自民党にはリベラル派の伝統がある。最後は自民党を離れたが宇都宮徳馬などももう多くは忘れられているだろう。
 加藤は論争に応えはしたが、その結実はなかったように思うし、加藤自身がこの問題に深くコミットしていくふうには見えなかった。リベラル派はかくして加藤を排除したのかというと、『人類が永遠に続くのではないとしたら』が典型だが、反原発ということで、かつてのリベラル派と融和していった。極論にはなるが、日本のリベラル派は一種、思想の踏み絵をもっていて、①9条の絶対視、②反原発、の2つである。加藤は②を宣言し①を曖昧にしたことで薄くリベラル派に戻った。他方、吉本隆明はその逆になり、リベラル派の嫌悪の対象となるか、あるいは、そうした吉本像は曖昧にされた。
 振り返ってみれば、加藤の問題提起自体が消えてしまった。そしてどうなったか。極言すれば、日本の戦後思想は終わったと私は思う。そして、その先になにがあるかと問うなら、『進撃の巨人』を読むといい。鎮魂が奪われた特攻隊の死はエルヴィン・スミスに乗り移った。アルミン・アルレルトにも。唯一の逆説はジークに生じた。そして、ジークとエレンの問いはまだ開かれている。この難問をおそらく、日本のリベラル派、あるいは、論壇は、戦後思想の枠組みで捉えることはないだろう。そのくらいに私は不安に絶望している。そして、ジャン=リュック・ナンシーの『無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考』を読み返す。

  

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