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2019.05.15

イタリア語を学び始める

 特に理由もないのだが、先月から、イタリア語の勉強を始めた。以前、少しこの言語をかじったとき、あまりにフランス語に似ていて、混乱しそうになってやめたことがある。
 とはいえ、そのおり、なんとなく、ピンズラーの教材とポール・ノーブルの教材を買っておいた。思い出したように引っ張り出した。ピンズラーのほうは最初の30日レッスンは終えた。ポール・ノーブルのほうも、ネクスト・ステップも終えた。これだけで25時間くらいはあるのだろうが、CEFRのA1にも満たないだろう。語学というのは難しいものだと思う。が、反面、なかなか楽しく学べる面もあった。
 実は、今回のイタリア語学習は、そうした自習教材は後追いで、最初からイタリア人のネイティブに習うことにした。外国語というのを、またゼロから学ぶというのはどういうものだろうかという関心もあった。
 そんなふうに、もうしばらくは、イタリア語を学んでみようかと思う。いろいろ楽しい。
 イタリア語を少し踏み込んで学ぶと発見が多い。
 入門としては、なにより発音が楽だ。日本語と違う音もあるがそれでも、英語やフランス語の比ではない。それに加えて、正書法も素直だ。フランス語のように、発音しない語末を正確に書くといった必要はないし、英語のようにスペリング体系がめちゃくちゃにもなっていない。
 文法の骨格はフランス語によく似ている。フランス語より簡単とも思えないが、ロマンス語の代表とも言えるので、英語のようにフランス語の影響を受けて疑似ロマンス語化した言語よりはわかりやすい。
 ということで、学校教育、とくに、中学生くらいの外国語というのは、最初にイタリア語とかやったらどうなんだろうか。少なくとも、ごく初級の部分を3ヶ月ぐらいやるだけで、日本語のローマ字とイタリア語の表記の関連は簡単に理解できるだろうし、その後、英語を学ぶにしても、英語が異常なスペリング体系を持っていることがわかるだろう。日本人が英語で戸惑うけっこうな要因が、ローマ字と英語スペリングの相違だろうから。
 そうしたごく初級的な部分、あるいは教養という部分のイタリア語学習ということで言えば、講談社現代新書の『はじめてのイタリア語』がとても役に立った。もうけっこう古い本なるが、イタリア語の基本・教養がよくまとまっている。

 


 なかでも、ラテン語から俗ラテン語、イタリア語、フランス語、英語という歴史の影響の過程や、ルネサンスや近代以降の、イタリア、フランス、イギリス、アメリカという各国の文化的な影響がそれぞれの言語にどう反映していくかも、なんとなくつかめる。当たり前といえば当たり前だが、シェークスピアの作品というのは、イタリアが舞台というのが多い。
 個人的に、同書で驚いたのが、現在のイタリア語の形成過程だ。ボッカッチョやダンテの文芸作品が普及することで、言語のスタンダード感が出て、そこからイタリア語なるものが形成されてきたという指摘は興味深かった。このあたりはもう少し詳しく知りたいところだ。というわけで、少し専門的な本も読んでみようと思う。
 イタリア語学習のついでに、ちょこっとスペイン語も覗いてみた。イタリア語とはけっこう異なる言語でこれも驚いた。発音体系はイタリア語と似ているが、言語としては、イタリア語とフランス語のほうがはるかに近いのだと実感した。
 イタリア語を学んでみて、けっこう日本人の日常にイタリア語からの外来語があるものだなとも思った。イタリア料理は当然。音楽用語も当たり前だが、イタリア語が多い。ルネサンス芸術の関連もそうだ。そう言えば、フェルマータ(fermata)というのは、日常的には「停留所」なのだな。
 町中を歩いていて、いつものVELOCEの看板を見て、あ、これ、イタリア語だったんかと、あらためてその意味に気づくのも楽しかった。 

 

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