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2019.05.10

[ショートショート] 自動運転車プログラム・シナリオのウォークスルー

「ええと、今日で何回目だっけ? 自動運転車プログラム・シナリオのウォークスルー」
 主任の柳原はいつにもまして眠そうである。やりたくないんだろう。
「36回、ですか、ね」、研究員の佐伯は手元の資料を見て答える。マニキュアの色が前回より濃いような感じだ。
「で、佐伯さん、今日のテーマは……」
「前回のシナリオの続きです」と佐伯は息をつぎ、前回のあらすじよろしく話を進める。「T80で、あれです、交差点の巻き込まれ事故の……」
「あれか。交差点で無理に右折しようとした乗用車Aに、直進してきた軽乗用車Bが接触し、B車が信号待ちをしていた数名のいる歩道へ突っ込んだ、ってやつね」
「そうです。B車は右折するA車をよけようと、とっさにハンドルを左に切りました」
「これさ、うーん、軽自動車ねえ。ああ、そういえば、吉岡くん、前回、なんか言ってたよね」
 振られた吉岡はふと驚いたようにして、記憶をさぐろうと目をキョロキョロとして、思い出したようだ。
「この事例、そもそも今回バージョンの自動運転プログラムに必要なのか、私は疑問なんですよ。原則は明確なんじゃないですか。こういう場合、ハンドル操作で危険回避はそもそも出来ないんですよ。とにかくブレーキを踏め、ですよ。でなければ、自動でブレーキを作動させるというだけのことです」
「まあ、そうだな。それで前回のウォークスルーがぐだぐだになったんだっけ、思い出した。で、事故はどうするんだ?」
「事故ですか? 事故になりますよ。それにこの事例の前提だと乗用車Aの右折にそもそも問題があるんですよ。だから、これ、T80じゃなくてT60モジュールの課題ですよ」
「でも、あれだ、吉岡くん、人間なんてそもそも、こういうときにとっさの判断なんてできないんだから……」
「だから、自動車教習所でこうシナリオのシミュレーションで、ブレーキを踏んで事故るという疑似経験をさせるか、さっさと強制ブレーキ作動にすればいいんですよ。こんなウォークスルーもう意味ないです」
「と、いうことでいいのかな。佐伯さん、これで終わりで?」
「ええと、そもそもT80のモジュールはいわゆる自動運転車プログラムのあり方ではなくて、被害算定といいますか…」
「あ、そうだった。ということだよ、吉岡くん」
「だから、前回と同じじゃないですか。だから、車が事故ればいいんですよ。車のほうにエアバックつけて事故っても大丈夫ってして、歩行者の被害の可能性を極力減らせばいい」
「それを言うなら、歩道にガードレールをつけろっていうか、交通政策の問題かな。そもそも軽自動車っていう設定がなんなの?ってことだけど、佐伯さん、なんでこんなシナリオなの?」
「ですから、主任も吉岡さんもこのシナリオの前提がわかってないんですよ」
「っていうと…」
「ですから、自動運転の問題は別モジュールでやっていて、こっちは、あのですね、ええと、手元のパラメーターの歩行者んとこ見てくださいよ」
「あ? おお、歩行者が選べる? 吉岡くん、これ面白いね、歩行者が選べるって、なんだ? 子供、学生、勤労男性、老人……、同じで事故でも賠償のお値段は変わるってあれか」
「だから、面白くなんかないですよ。僕は、わかってましたよ、だから腹立てているんじゃないですか」
「ようやくわかった。佐伯さん、吉岡くん、すまなかった」
「主任わかりましたか?」
「わかった。これって事故回避のプログラムのアルゴリズムの問題じゃなくて、特定の事故回避プログラムを選択した場合に想定される被害額の問題だな」
「ですよ、主任。こんなのひどいじゃないですか。運転者や歩行者の勤労状態で損害額が変わることで、自動運転車プログラムが変わるっていうことですよ、そもそも」
「だな、これはひどいな」
「で、どうするんですか、主任」
「つまり、軽自動車っていうのも、お値段の問題っていう意味だったか。どうすっかな、これ、吉岡くんどうする?」
「適当に数字作って、どのような場合でも強制自動ブレーキで賠償金差はないという報告書書いときますか」
「そうだな。あ、これ、僕に任せてくれ」
「どうするんですか、主任」
「いや、このモジュールごと削っておこうかと。そもそもこんなウォークスルーやってたなんてバレたらやばいよ」
「ですね、主任に任せるまでもありません」と佐伯は議事録をびりびりと破りだした。

 

 

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