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2019.05.28

登戸の殺人事件

 今日の朝、登戸駅近くの路上で男性一名とスクールバスを待っていた女児小学生が、51歳の男に包丁で殺害された。他、バス待ちの小学生を含め17人がけがをした。殺害に及んだ者はその場で自殺した。痛ましい事件だった。
 この事件を何と呼ぶのかわからない。「川崎通り魔殺人事件」という呼称も見かけたが、私は登戸に土地勘があるせいか、あの地域を「川崎」と呼ぶのは、行政区としては正しいが違和感がある。そして、この事件を「通り魔」と言ってよいのかも、よくわからない。特定の誰かを狙った殺人ではないという意味では無差別の殺人事件ではあるが、現状の情報からは、たまたま通りがかって無差別に殺傷に及んだというより、主にこのスクールバスの小学生を狙ったようにも見える。少なくとも、小学生はあきらかに弱者であるから、弱者を狙った卑劣な殺人事件であることは疑えない。
 3つのことを思った。
 まず、容疑者はどんな人間なのか。当初報道から知らされたのは、51歳の男性ということだった。そのことから、ネットを覗くと、いわゆる「無敵の人」として、その像がすでに語られていた。その上で容疑者を憎む声や、そうした容疑者を産まない社会が望ましいといった意見もあった。私は、その状態にも、ある困惑を覚えた。現状から、容疑者について言えることは、弱者を狙う卑怯者という以上はないように思えたからだ。加えて言えば、年齢がわかっていて名前が出てこないことは訝しく思えた。午後になって一部報道から容疑者の名前が出たが、一部に留まっている。報道を抑制しているなんらかの事情があるのだろうが、それもわからない。
 次に、どうしたらこんな悲惨な事件が防げるのだろうかと思った。もちろん、防御の方法が考えられないわけでもない。スクールバスの子供を保護する専門の人員を配置すべきということがある。その対応は、登戸では取られることになるだろうが、全国で普及するため、行政的な制度にまでのぼるかというと、否定的な予想になる。また、防御としてNHKの7時のニュースでも言及していたが、街中の防犯カメラのシステムの強化がある。さらにニュースでの識者コメントではAI的な判定も盛り込むような示唆もあった。アニメ『サイコパス』の犯罪係数を連想した。
 以上の2つの点は、簡単に言えば、①私たちはこの事件についてほぼ何も知らないのに、何かを言わずにはいられない不安に耐え難い、②防御は多様に語られるだろうが、制度的な対応はたぶんないだろう。
 そして、3つめのことは、ごく個人的なことだが、私がこの事件を知ったのは、昼過ぎ1時半を過ぎてのことだった。自分が意外とネットやマスメディアの情報から自然に隔絶していたのだなという感覚は奇妙なものだった。振り返ってみれば、昭和の時代などでは、そう頻繁に社会の動向について情報に触れているというものでもなかった。
 事件については、今後、もう少しは情報が開示されるだろう。それにそって、しばらくは世間の話題となるだろう。
 現状、私が思ったことをまとめるなら、事件の正確な相貌に向き合うまでの不安に耐えることは難しいものだということになる。私たちは不安から何かを語りたい。しかも自分を正義のポジションに置きたいがために語りたいのではないか。

 

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