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2019.05.25

「アセクシャル」というものを知らなかった

 「アセクシャル」というものを知らなかった。というか、知識として知らないわけではないが、関心がないせいか、さして考えたこともなかった。というか、性的な関心がない人、というくらいに考えていた。どうやら、そーゆーものではないらしい。たまたまNHKの『ノーナレ 恋愛圏外』という番組を見たが、そこにアセクシャルの若い人が取り上げられていた。番組の概要を引用しておく。

 恋とは何なのか?どこからどこまでが愛なのか?中村健・通称なかけんは22歳。恋愛的感情の有無に関わらず、他者に性的にひかれない「アセクシュアル」だ。キスを粘膜接触と呼び、町に流れるラブソングは意味不明。大人のビデオをみれば寒そうだと思ってしまう。そんななかけんは、大切なパートナーや友だち、家族に支えられて今日も生きる。それは、愛とか恋とかを超えた不思議な感情。名前はないけど、大切な人間関係の物語。

 これだけ読んでみてもわからないのではないか。番組を見ながら、へー、こういう人が本当にいるのかと考えさせられた(失礼な感想である)。恋愛の感情がないらしい。性的な関心もあまりないようだ。が、他者への関係性がわからないというものでもない。ネタバレというほどでもないだろうから書くが、番組では、なかけんさんは友だちの女性と同棲するという話になっていった。
 『さらざんまい』ではないが、他者とのつながりは、欲望か愛情かと考えやすい。すると、アセクシャルな人は、愛情がないわけではないから、むしろ、純粋な愛情かとも言えないでもない。が、性的な欲望を除いた強い愛情の関係欲求というものがありえるのかというと、私にはとんとわからない。
 あるいは、世間でよく言われるような、結婚したが性的な関係はない夫婦というのも、実際上は、そうしたアセクシャルと言えないでもないのではないか。
 これはなんだろうか、とついググってみると、LGBTから、LGBTQ、そして、LGBTQ+として、IAがあるらしい。まず、QはQuestioning、性的な指向が不明、で、IはIntersex性的未分化、そして、AはAsexualで、「無性愛者」とも訳されるようだが、つまり、冒頭に戻るではないが、アセクシャルは性的な感覚がない人とされがちだ。が、先の番組から受けた印象は、それとは微妙に違うものだった。どちらかというと、性的な欲望の人間関係の構築ができないということに思えた。
 そういうタイプの人間がいるのだというのは、知らなかったし、想像もできなかった。自分は、性的な指向は凡庸極まりないというか、どちらかというと、西洋人型の恋愛至上みたいな人のため、無性的な人間関係が理解できないのだと理解した。
 番組でのなかけんさんについて、高校時の自殺未遂の話がとりわけ興味深かった。死にたいというより、そうしたアセクシャルな自分の社会からの疎外のようには思えた。
 また、番組では、「アセクシャル」な人々での集会の映像もあり、そうしたある種の自己アイデンティティが社会的に共有されているようすも伺えた。
 医学あるいは心理学的には、アセクシャルについては、まだあまり研究が進んでいるふうはないようだが、人口の1%から2%には及ぶらしい。性的なマイノリティとして社会的な連帯を結びやすくする対応は必要なのだろう。
 と、なんとなく心に引っかかることを書いているが、うまくまとまってこない。
 なんだろうか、と再び問い直して、「アセクシャル」というのは、程度の問題と言えるだろうかとも仮に考えてみる。世の中、強烈な恋愛感情というものを知らないという人は少なくない。むしろ、強烈な恋愛感情にとらわれるタイプの人のほうが少ないのかもしれないとも思うというか、恥ずかしながら、私は強烈の側なので、そう思う。
 恋愛感情の強度というものがある種、スペクトラム的なもので、また、婚姻後のセックスレスの関係という実態を含めると、外的には、アセクシャルと区別がつかないという人は、社会でかなりの人口に及ぶのかもしれない。そういうふうに社会を捉えるとどうなるだろうか。これもあまり考えたことがなかった。

 

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