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2019.04.14

公立福生病院での人工透析治療中止「問題」の報道問題

 昨年8月、東京都福生市の公立福生病院で、当時44歳の腎臓病の女性が人工透析治療をやめたことで死亡した。この「事実」が判明したのは毎日新聞の取材によってであったと毎日新聞は言っている。同紙3月7日付け『医師が「死」の選択肢提示 透析中止、患者死亡 東京の公立病院』より。

 東京都福生市と羽村市、瑞穂町で構成される福生病院組合が運営する「公立福生病院」(松山健院長)で昨年8月、外科医(50)が都内の腎臓病患者の女性(当時44歳)に対して人工透析治療をやめる選択肢を示し、透析治療中止を選んだ女性が1週間後に死亡した。毎日新聞の取材で判明した。病院によると、他に30代と55歳の男性患者が治療を中止し、男性(55)の死亡が確認された。患者の状態が極めて不良の時などに限って治療中止を容認する日本透析医学会のガイドラインから逸脱し、病院を監督する都は6日、医療法に基づき立ち入り検査した。

 記事からわかるように、同記事の前日に東京都が立入検査をしている。この立入検査については、都のホームページで確認できる。が、この検査が毎日新聞の取材を契機にしたものか、逆に毎日新聞が都の検査を契機に記事として発表したのかは、私にはわからない。わかることは、この「事実」・「問題」が毎日新聞の報道を起点としていることである。この点については、同紙3月28日『「アポがないから」 公立福生病院側、毎日新聞の取材は拒否』で「公立福生病院の人工透析治療を巡る問題で28日、病院側が報道各社の取材に応じたが、一連の問題を最初に報道した毎日新聞の取材を拒否した」とあることでも確認できる。
 記事が記事として成立する筋立ては、同日同紙記事『医師から「透析中止」の選択肢 最後まで揺れた女性の胸中 “自己決定”と言えるのか』の表題からわかるように、透析中止が「自己決定」であったのかという点だったようだ。
 が、この「問題」では、実際のところ、なにが問題で何が事実だったのだろうか、私にはわかりにくかった。一つの区切りとなったのは、同病院が東京都の文書指導を受け、4月11日に公式コメントを発表したことだ。そこでは、「指導内容については真摯に受け止め、診療記録における記録の徹底を図る」と言及されているが、報道への違和も表明されている。

この度の指導は、診療記録の不備が認められたという点に関して指摘がなされたものです。「患者への説明が不十分だった」「意思確認が不十分だった」等として指導がなされたと一部報道がございましたが、そのような指摘を受けた事実はございません。実際には、当院における診療や説明、意思決定のプロセスの内容それ自体に関する指摘はございませんでした。当院の医師が積極的に透析の見合わせの選択肢を示した、患者の再開の求めにもかかわらず透析を再開しなかった等との指摘も、当然ながら、ございませんでした。(中略)

当院では、報道で取り上げられた44歳女性の患者のケースを含め、医師が積極的に透析の見合わせの選択肢を示したことはございません。(中略)

東京都の立入調査に際して、当院が、日本透析医学会の提言(維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言)に違反していた事実を認めたとの一部報道や、立入調査の結果、当院の対応が同提言から逸脱していると東京都が把握したとの一部報道もございました。しかしながら、これらの報道はいずれも事実に反するものであり、東京都が本件について同提言に沿った対応であったか否かを判断したという経過はないものと当院では認識しております。

 病院側の発表は終わった。今後の対応はない。都側の指導もすでに終わっている。
 それでは、病院側の発表に含まれている、報道の問題はどう終わるのだろうか。例えば、「これらの報道はいずれも事実に反する」という点はどういう扱いになるのか?
 少なくとも、この件についての毎日新聞の報道もまた、問われる状態となった。が、その後数日後、ジャーナリストやマスメディアの反応でめぼしいものは見られない。このまま、この問題は立ち消えていきそうなので、ブログに残しておく。

 

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