[ショートショート] レンタル傘
(この話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。というか私の創作です。)
ショッピングモールを出ると、雨はまだ降っていた。やはりこの雨は今晩中はやまないのだろうなと思っていると、警備員に呼び止められた。
「お客さん、お客さん、ちょっとお待ち下さい」
呼び止められたが、私は普通のおっさんである。
「はい。なんでしょ?」と普通のおっさんらしく答え、警備員の話を聞く。
「お手持ちの傘なんですが……」
「はあ、これですか。このビニール傘なら私のですよ。家から持ってきたものです。適当にショッピングモールに置いてあったのをもってきたわけでも、まして盗んだわけでもありませんよ。なんならほらここに、リラックマのシールが貼ってあるでしょ。誰かのと間違わないようにしてもあるんです」
「いえ、その傘のことではなく……」
「あ、こっちの傘ですか。ああ、なんで2つも傘持っているのかということですか。しかも、男ものの傘に見えないので不審にでも思いましたか。これはですね、妻の傘です。これから妻とちょっとしたデートなんですよ。彼女、朝、傘持っていかなかったから」
「いえ、そういう話ではないんですが……、でも、その傘なんですが……」
「だから、この傘は私の傘ですよ。正確には妻の傘ですが、何か?」
「大変に申し上げにくいんですが、それ、レンタル傘なんです?」
「は? レンタル傘? つまり、これは妻の傘ではなく、妻がどこかで借りた傘だというのですか?」
「ええ。お客様のご認識としては、ご自身の、いえ、奥様の傘だと思っていらっしゃると思うのですが……」
「変な話ですね。そもそもこれがレンタル傘だとどうしてわかるんですか? なにか証拠でもあるんですか」
「ええ。あのセンサーに反応が出ていまして? ほら、あの」と警備員はモールの出口の上の端に並んでいる4の小さいランプを指さした。最初と最後が黄色に点灯している。
「あのランプでこの傘がレンタルだとわかるというのですか?」
「ええ」
「いや、『ええ』と言われても私にはまったくわけがわからない。そもそもあのランプにそんな意味があるのか。それにですよ、仮にこれがレンタル傘だとして、そしてレンタル期限が切れていたとして、今すぐ返却しなければいけないものなのか?」
「それは……」
「なんか非常に不愉快な話をされているように思うのだけど……」
「まことに申し上げにくいのですが、その傘がレンタル傘であれば、それはそれでいいんですが……」
「警備員さん、何を言ってるんですか。これが仮にレンタル傘でも問題ないなら、じゃあ、それでいいじゃないですか」
「いえ、その、その傘がレンタル傘なら問題ないと言いますか?」
「なんなんですか、ますますわからない」
「まことに申し上げにくいのですが、警告ランプ、ああ、あのランプですが、そのお、あの標識になったときは、お客様に声をかけることになっていまして……、ただ、その見たところ、レンタル傘をお持ちのようで、その傘が問題であればよかったかと……」
「なんですか、それ。まあ、いいです。で、どうやるとこの傘がレンタル傘だとわかるんですか」
「簡単です。このセンサーで……」と警備員はタバコの箱のような小さい装置をポケットから取り出した。「これで調べると……。お調べしていいですか」
「いいですよ。なんだかこの変な状況をさっさと終わりにしたい」
「では……、スイッチ・オン。あ、レンタル傘ですね。半年遅滞です」
「え? それ本当?」
「ええ、本当です。スマホお持ちですよね」
「あるけど」
「では、このQRコードを写してリンク先の説明読んで下さい。これで終わりです。あとのことはそこに書いてありますから」
「はあ? これで終わり?」
「終わりです。QRコード写していたければ、終わりです。ほっとしました」
「『ほっとしました』って何? 私としてはなんとも不可解な状況が続いているんだけど……」
「そうおっしゃられましても……」
「うーん、私には、未だにこの傘がレンタル傘だとか信じられないし、センサーがどうのという話も疑わしい。そもそもあなたが警備員だというのですら疑わしい」
「そうですか。では……」と警備員は胸にバッチに小箱のセンサーを当た。それが警備員であることの証明であるかのよう。ところが。「あれ?」と彼はつぶやいた。
「警備員さん、『あれ?』ってなに?」
「期限切れですね」
「え? 何の期限切れなんですか?」
「レンタル期限が切れてますね。こんなこともあるのかあ」と警備員さんがは驚いている。
「すみません、よくわからないのだけど、何のレンタル期限が切れているの?」
「私です。私のレンタル期限が切れました」
「ええと、警備員さんのレンタル期限が切れたということ? 警備員さんって、レンタル?」
「はい、そうですよ。これからレンタル元に帰ります」
「ええと、このレンタル傘とやらはどうなるの?」
「それですか。私の職務外のことなんで、ご自由になさってください。では」
警備員さんは、少し慌てて、少し微笑んで、去っていった。
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