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2018.02.17

女性専用車両について考えてみた

 ツイッターのタイムラインで今朝、千代田線で停車中の女性専用車両に男性数人が乗車してトラブルとなり電車が遅れたというニュースを知った。世の中、変な人はいるからなあと思ったのだが、どうやら、男性たちは意図的に乗車する行動によって、女性専用車両が性差別だからなくせ、という主張をしたいらしい。タイムラインを追っていると、そうした男性たちの行動に非難する意見が多いように見受けられた。
 そのニュースを知ったとき私はあまり関心がなかった。世の中どこでも小競り合いは起こるものだし、おかしな示威行動をする人はいる。しかし、公共交通に迷惑をかけるような示威行動は好ましくないだろう……とぼんやり考えながら、しかし、示威行動というのは、フランスのストライキなどがそうだが、基本的に社会に一定の迷惑をかけることでメッセージを伝えようとするものなので、迷惑をかけるから一概によくないともいえない。
 しかし、市民社会の規則を破るようなこと、特に違法行為はよくないだろう……と考えて、ああ、そうかと思い至った。今回の示威行動を規制する法も社会ルールもない。女性専用車両の根拠というものはない。であれば、これは、この男性らが主張するように、性差別なのではないのか?
 女性専用車両というのは、イスラム圏など宗教的に男女を公的空間で分離する文化圏で見かけるもので、私の知り限り、先進国にはない。これは性差別なのかというと、原則的には性差別なのだろう。先進国の同種の問題としては、女性専用のプールといった問題があり、それがとりわけ問題となるのは、英紙ガーディアンなどでも論じられていたが、トランスジェンダーで女性を自認する人がそうしたプールに入れるかという問題である。議論にはなっているが明確な答えも指針も現状はない。
 それまで考えたこともなかったのだが、女性専用車両にトランスジェンダーの女性と自認する人は乗車できるだろうか?という疑問を考えてみた。考えるまでもなく、そもそも女性専用車両というのに規制はないのだから、堂々と乗車してもかまわない。だが、そうすると、これは今朝の男性たちが堂々と乗車してもかまわない、という同じ論理になる。
 また、公的交通機関に迷惑をかけた、といっても、この男性たちの乗車をおそらく阻止しようとして結果的に交通機関への迷惑となったわけで、阻止のような行動がなければ、交通機関への迷惑にもならなかっただろう。
 意外とやっかいな問題だなと考えてみて気がついた。
 そもそもが、なぜ女性専用車両というのがあるのかというと、これは言うまでもなく、ということになるだろうが、痴漢の防止である。男性がいなければ痴漢はないだろう、あるいはかなり少ないだろうという前提である。
 だが、ここですぐに2つ疑問は起きる。ある集団が犯罪を侵す可能性が高い、あるいはある集団を心理的に忌避する多数がいる、として規制のようなことを社会に導入できるか?というと、できないだろう。このロジックは、痴漢以外にも、「移民を恐れる市民が多いから」といった移民差別にも当てはまりかねない懸念がある。では、男性は潜在的に痴漢であると想定するのは、差別ではないのか? おそらく差別だろう。
 もう一つの疑問は、そもそも女性専用車両は痴漢防止になっているのだろうか。この場合、考慮しなくてはいけないのは、女性の乗客は専用車両以外にも乗車するので、そこでの痴漢発生率なども合算しなくてならないことだ。そうした全体性を考慮して、確かに女性専用車両は痴漢防止に効果があるとするエビデンスがあるのだろうか。ざっと見たところ、科学的なエビデンスと言えるものは現状ではなさそうだ。では、現状ではその調査期間なのかというと、そうでもなさそうだ。
 考えるほどにやっかいな問題だなと思う。ただ、こうしてくだくだ書きながら、もう一つ自分の心にひかかっていることがある。自分の生活感覚に引き寄せると、そもそも私は女性専用車両に関心がない。私の実感とすれば、女性専用車両があろうがなかろうが、どうでもいいと感じている。以前は、乗車した車両に女性専用と書かれているのを見ると、ぎょっとしてあたりが女性だけかと確認したものだが、時間帯が限定されているのを知ってからそういうことはなくなった。そのくらいの関心しかない。
 自分は痴漢を多分することがない。間違われる可能性はゼロではないので、そのときはしかたないとも覚悟している。女性専用車両については、世の中、痴漢に苦しむ女性、痴漢に合ったことで苦しんでいる女性もいるので、そういう便宜はよいことなのではないかとなんとなく思っていた。
 だが、あらためて考えてみると、痴漢を防止することと、女性専用車両があることは、直接的な関係はないし、また公的な権力の行使のありかたとしても納得はできないなと思う。私自身は、ではだからといっても、今朝のその男性たちのような示威行動はしないが、意見を問われるなら、女性専用車両には反対となるだろう。
 あるいは、これはサービスの問題だろうか。指定席サービスのように、公共交通機関とはいえ、私企業なのだから、女性専用車両という上乗せ料金サービスがあってもよいかと言えば、あってもよいだろう。なぜ、そうしないのかというと、そうしたサービスに対価を払うという社会的な感覚が浸透してないからだろう。また、そのサービスによって、現在ですら満員電車の問題があるのに、自由席の車両はさらに満員になるかもしれない。それでも、飲み屋にレディースデーがあるように、本来は有償だけど特別割引の女性専用のサービスがあってもよいだろう。
 というか、そもそも女性専用車両というより、朝の通勤電車に指定席車両を設ければいいとも言える。とんでもないことを言うようだが、都心に向かう私鉄は現在、通勤用の指定席車両を増やしている。と、考えてみて言えば、女性車両という問題は、指定席サービスの対価が浸透していない中間的な状態を示しているのかもしれない。
 話を現行の女性専用車両に戻すと、率直に言えば、私としてはどうでもいいや、としてきたのだが、考えてみると、やはり女性専用車両というのは原理的には性差別の制度であると思うし、痴漢問題は別の対処法を考えるべきだと思うようになった。とはいえ、現実問題としては、飲み屋のレディースデーのサービスというような位置付けで現行維持されていてもいいのかもしれないとも思う。

 


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プルーム・テックを吸ってみた その6 離脱編

 プルーム・テックを離脱。じゃあ、何か。普通のたばこは関心ない。Vapeかというと、それもあるけど、どうやら、いわゆるVape利用でもない。基本、プルーム・テック型のアトマイザーでパフパフとなった。
 まず、プルーム・テックなんだけど、どうやら自分はニコチン要らない。それとJTのフレーバーはよくできているのだけど、なんというのか、その手の爽やかフレーバー要らない。じゃあ、なんだというと、たばこっぽいフレーバーがよいのであって、フルーツとかナッツとかケーキとか、なにかに似せたフレーバーは要らない。つまり、たばこじゃないけど、たばこ系のフレーバーが吸いたい。
 そう思う転機は、Reaper Blend。これ、すごい。よくこんなリキッド作れたものだと。で、これ、どう吸っても、すげ、とは思うのだけど、きちんと電力調整できるVapeで吸うと味わが一層深い。ということは、プルーム・テック型アトマイザーだとイマイチ感はある。
 それと、うまいのだけど、むせる。どうしたものか。さらに言うと、コイルがバチンとすることがある。たぶん、グリセリン率が高すぎるのだろう。
 というあたりで、他も吸っていたのだけど、VAPESTEEZのCigarが微妙にうまい。シガーとあるがシガーの味ではない。青臭い味がするので、野菜嫌いとかには向かないだろうけど、青臭い臭い好きの私には、つぼ。で、軽いのがいい。
 他も吸う。MKのDeep Smokingが自分にはべたにキャラメルなんで、これはお菓子系じゃんとか思っていたのだが、悪くないというか、けっこう甘いのも好きなのか自分?となる。ただ、コーヒー系とかチョコ系はダメ。
 とかしているうちに、Reaper Blendは、どうせVapeでないと本来の味は出そうにないなら、逆にプルーム・テック型アトマイザーでは薄めてみたらどうだろう。と思いつき、VG/PGが50/50で薄めてみる。どうせだからかなり薄めてみる。どうか。お、味抜け。味ないよなあとかパフっていると、ああ、これはこれでいいんじゃねとなってくる。コイルのばち焼けもなく、煙もどきも増える。吸いやすい。
 というわけで、Deep Smokingも薄めてみる。こちらはもとからきつくないので、少し薄める感じ。それでも、吸いやすい。
 あれだなあ、雑巾汁みたいなMK Smooth Smoking2も薄めたらどうか。と、これはめっちゃ薄めたら、なかなかグー。一般向けではないが。
 たばこ系をプルーム・テック型アトマイザーで吸うときは、薄めるのありだな、というか、自分にはこれが向いている。というあたりで、薄く感じたHiliq Redもいいんじゃねとなってきた。
 他も薄味調整してみると、自分には調子いい。薄味のほうが、嗅覚がダルにならない。なんなんでしょね。なんだかわからないけど、たばこ風の味でたばこじゃないよみたいのが、おいしい。あと、吸口、使わなくなった。
 くどいけど、お勧めはしません。ただ、こういうやり方の基本はぐぐってもあまり情報ないし(Vape文化が優勢すぎ)、案外、この方向は、リアルたばこを辞めるにもいいかも。

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2018.02.15

トランプ米大統領は、なぜ、"They’ve gotten away with murder"と言ったのか?

 一昨日、日本版AFPが『トランプ氏、日本が貿易で「殺人」と非難 対抗措置を警告』という見出しの報道をした。ちょっと驚きをもって関心を集めそうな見出しである。内容もそれに準じていた。

【2月13日 AFP】ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は12日、日本を含む貿易相手国が「殺人を犯しながら逃げている」と非難し、対抗措置を取る構えを示した。

 トランプ氏はホワイトハウス(White House)で開かれたインフラ関連の会合で、出席した閣僚や州・地方自治体の関係者を前に、「他国に利用されてばかりではいられない」と述べ、「わが国は対中日韓で巨額を失っている。これらの国は殺人を犯しながら逃げている」と指摘。

「わが国以外の国、米国を利用する国々に負担してもらう。いわゆる同盟国もあるが、貿易上は同盟国ではない」「相互税を課していく。これに関しては、今週中、そして向こう数か月間に耳にすることになる」と予告した。

 トランプ氏が具体的に何に言及しているのかは不明。AFPはホワイトハウスにコメントを求めたが、現時点では回答は得られていない。(c)AFP

 随分物騒な発言のようにも聞こえるが、「殺人」に関わる部分の英語の表現は、"They’ve gotten away with murder"であり(参照)、これは字引を引けばわかるように、「好き放題やっている」という熟語表現である。直接的には、「殺人」には関係ない。まあ、概ね、誤訳と言っていいだろう。
 ちなみに、Alcomの自動翻訳にかけてみると、熟語の部分はきちんと訳されていた。この表現は普通に熟語として登録されているのだろう。

It’s a little tough for them because they’ve gotten away with murder for 25 years.

彼らが25年の間何でもし放題だったので、それは彼らのために少しタフです。

 話をAFPの誤訳に戻すと、この誤訳は、日本版AFPに限らず、読売新聞記事『「日本など『殺人』」トランプ氏、貿易巡り非難』(参照)にも見られた。

 制度の詳細は明らかにしなかったが、トランプ氏は「週内、数か月のうちに耳にすることになる」と指摘。対象国は「米国につけ込んでいる国で、いくつかはいわゆる同盟国だが、貿易上は同盟国ではない」と述べたうえで、「米国は中国や日本、韓国、その他多数の国で巨額のカネを失っている。(それらの国は)25年にわたって『殺人』を犯しておきながら許されている」(They’ve gotten away with murder)」と述べ、異例の表現で非難した。
 トランプ氏は不公平な貿易により、米国の製造業が衰退し、雇用が失われる一方、相手国は不当に利益を得ているというのが持論で、その被害の大きさを「殺人」という極端な言葉に込めたとみられる。

 実際には英語の慣用句としてそれほど極端な表現ではないが、読売新聞の報道としてはそういう視点なのだろう。つまり、そうした視点からすると、誤訳とも言えないのかもしれない。訂正も出ないかもしれない。
 日本版AFPはその後、訂正記事を出した。誤訳だったとの説明はないが、訂正内容からはそう読み取ってもよさそうだ(参照)。

【訂正】トランプ氏、日本などが貿易で「好き放題だ」と非難 対抗措置を警告
2018年2月15日 発信地:その他
見出しで「日本が」としていましたが、トランプ氏の非難対象には日本のほかに中国と韓国も含まれていましたので、見出しを「日本などが」に訂正しました。また、見出しと本文でそれぞれ「殺人」「殺人を犯しながら逃げている」としましたが、原文の該当部分"getting away with murder"は、「好き放題にする」という表現であるため、「好き放題だ」(見出し)と「好き放題にやっている」(本文)と訂正しました。


 
 ところで、なぜ、トランプ米大統領は、"They’ve gotten away with murder"という表現を使ったのか? 読売記事では、「異例」な表現を使ってでも不公平な貿易と彼が思うものを非難するためだった、となるだろう。
 読売記事が誤訳をもとにしているかはさておき、この表現に非難の意図が含まれていることは確かであるが、強調的意図での表現だったかについても議論は残るだろう。普通に口語的な表現で、それほど背景的な意味はないとも解釈はできそうだ。
 が、そうでもないのである。
 "get away with murder"という表現を聞くと、現代アメリカ人の多くは、それを含んだ題名のABCのドラマを連想するだろう。日本では、『殺人を無罪にする方法』という邦題がつけられているが、"How to Get Away with Murder"である。このドラマはDlifeでもやっていたし、現在ではNetflixにも入っている。ドラマとしては殺人をしても咎められないという洒落の意味が込められている。
 で、このドラマと、トランプ米大統領の今回の発言は関係があるか? というと、あるかもしれないのである。彼の奥さんのメラニア夫人がこのドラマのファンだからだ。昨年末のニューヨーク・タイムズに記事があった(参照)。

KATIE ROGERS Melania Trump recently told me her favorite show is “How to Get Away With Murder.” I love that the first lady is a Shondaland fan. She also enjoys “Empire.” And reality TV did not come up once.


 
 おそらく、トランプ米大統領は、奥さんと一緒にこのドラマを楽しみに見ていた、あるいは、そのドラマの話題を夫婦でしたいた、と考えてもよいだろう。
 ちなみに、メラニア夫人のが好きなもう一つのドラマは『エンパイア』だが、これについては、このブログで過去に扱ったことがある(参照)。
 ジャーナリストのみなさんは忙しくて、洋ドラとか見ている時間もないのかもしれないけど、現代の米国を知る上では、些細に思えるかもしれないが、洋ドラというのは意外に重要なものかもしれない。

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2018.02.14

ああ、バレンタインデー

 バレンタインデーである。いつもこの日思うのは、昔見たチャーリー・ブラウンのアニメの挿話だ。米国では日本のように女性から男性にチョコを贈るという風習ではないけど、それでも愛をちょっとしたプレゼントで伝えるということはあって、チャーリー・ブラウンは誰かに貰えるかなと期待している、がもらえない。記憶がデフォルメされているかもしれないが、チャーリーはそうしてがっかりしていると、一人の女の子から、余ったプレゼントだからということで、それをお情けで貰う。チャーリーはそれでも嬉しい。すると彼の友人が寄ってきて、余り物のお情けなんか受け取るなよと言う。チャーリーはどうしたか。彼は、それでも嬉しいんだと受け取る。なんか惨めなやつだなあという笑いを誘うのだけど、私はちょっとある衝撃も受けて、その後半世紀近くこの挿話を胸に抱えている。それは、チャーリーは、どんな形であれ、きちんと愛を受け取ったのだということだった。愛を受け取ることに、微妙な屈辱のような情感が交じることがあるとしても、愛を受け止めるということを優先すべきなのだろう、と。もっとも自分の青春時代、それから先でもだけど、そううまくはいかず、逆に、チャーリー・ブラウンって偉いなとますます思うようになった。聖チャールズである。
 そういう、どんな形でも愛ではあるという点なら、義理チョコもその一種だろう。ゴディバは先日、義理チョコはやめようという広告を出していたが、先日もひいたが『シルビーの日本発見』(参照)にもその話がある。「不思議というより、気に入らない習慣だ。どうして親しくない人にあげなければならないのか。どうも分からない。お返しをしなければならない、というホワイトデーも日本独自のものだ」
 そうだろうなとは思うが、たしか、ホワイトデーは韓国にもあったはずで、そうだとすると、日本独自というより、日本と朝鮮のようによく似た文化を持つ国では自然なことかもしれない。
 ということろで、どうでもいいようなことだが少し考えた。義理チョコは、感謝の意味もあるとして、感謝がそして愛の一つの形だとしても、聖ヴァレンタインという原点で考えるなら、愛というより恋であり、恋という愛の点から見れば、義理チョコは偽りの恋の象徴なのだろう。あるいは偽りの愛。まあ、そんなにふうに考えることはないかとも思う。
 ただ、偽りの愛の象徴という思いは、ふと、なにかぞっとするものを感じさせる。私たちの身の回りは偽りの愛の象徴で満ち溢れているのではないかという思いが少しする。「少し」というのはよくわからないからだ。愛にはいろんな形があり、曖昧でありながら、成長していくものもあるだろう。愛は義とは違うのだから、義のようなあり方で見るべきでもないだろう。愛にそもそも偽りはないのかもしれない。
 考えてみてもよくわからない。話がそれるが、日本独自のヴァレンタインデーの風景といえば、この日の朝の電車で紙バッグやサイドバックを抱えている女性高校生の姿だろう。なにかまぶしい。友チョコというのだろうと思うが、私が高校生だったころはなかったように思う。

 


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2018.02.13

三浦瑠麗氏の「スリーパーセル」発言をめぐって

 昨日ツイッターで三浦瑠麗氏が民放のトーク番組でした発言がなにやら話題になっていた。というか、問題発言だとして三浦氏への批判と取れるツイートが多かった。さて、どんな問題発言かと少し気になったのだが、話題にしているツイートがどれも二次情報であり、二次情報で盛り上がる趣味はないので、以降まだ話題が続いて一次情報が出るころ少し考えてみるかなと思っていた。で、今日それを見かけた。ハフィントンポストにあった。「三浦瑠麗氏、ワイドナショーでの発言に批判殺到 三浦氏は「うがった見方」と反論(アップデート)」(参照)である。

三浦 もし、アメリカが北朝鮮に核を使ったら、アメリカは大丈夫でもわれわれは反撃されそうじゃないですか。実際に戦争が始まったら、テロリストが仮に金正恩さんが殺されても、スリーパーセルと言われて、もう指導者が死んだっていうのがわかったら、もう一切外部との連絡を断って都市で動き始める、スリーパーセルっていうのが活動すると言われているんですよ。

東野 普段眠っている、暗殺部隊みたいな?

三浦 テロリスト分子がいるわけですよ。それがソウルでも、東京でも、もちろん大阪でも。今ちょっと大阪やばいって言われていて。

松本 潜んでるってことですか?

三浦 潜んでます。というのは、いざと言うときに最後のバックアップなんですよ。

三浦 そうしたら、首都攻撃するよりかは、他の大都市が狙われる可能性もあるので、東京じゃないからっていうふうに安心はできない、というのがあるので、正直われわれとしては核だろうがなんだろうが、戦争してほしくないんですよ。アメリカに。

 うーむ。私は基本的に民放番組見ないので、こういう対談をどう受け止めていいのか、その枠組みもわからないのだけど(枠組みというのは、お笑いとかネタとかかなと)、最初の三浦氏の発言については、ちょっとどこをどう突っ込んでいいのか、よくわからないなと思った。
 少し分解的に考えてみる。まず米朝間で核戦争があるかというと、現状ではまだないと思う。北朝鮮にはまだ核弾頭を使いこなせる能力はない。ちなみに、北朝鮮問題というのは、北朝鮮が米国や日本の直接的な安全保障上の問題になるという以前に、現代世界における核管理が問題になっているということ。国連が機能しないということが問題だと言い換えてもいい。
 では米国が北朝鮮に核攻撃を仕掛けるかなのだが、そのオプションが最優先されることはないだろう。最大の抑止は中国だろう。あまり物騒なことは言いたくないが、それでも米朝戦争が起きるとすると、北朝鮮は陸軍を使って韓国を実質人質にするので、それを避けるために米国としては、陸軍が動けないように、かつ北朝鮮は権力が集中していると思われるので、即効的で圧倒的な空爆を行うか、斬首作戦は難しいとしても斬首作戦的な空爆をするかだろう。
 次に、戦争が始まった場合、日本の主要都市がテロリストによって攻撃を受けるか。米朝戦争だとしても、米国の同盟国である日本に大きな損傷を与えることは、米軍の活動を撹乱することで北朝鮮のメリットになりうる。さらにこういうとなんだが、平和ボケしている日本は戦争自体を極度に嫌うので、攻撃されて北朝鮮を敵視するより、米朝戦争に巻き込まれた被害者を演じることで反米機運が高まる可能性が高く、それもまた北朝鮮を利する。つまり、これはありうるだろう。また金正恩が殺害されたとしてもテロ攻撃は続くというのもありうるだろう。金正恩が殺され北朝鮮が国家として崩壊したら、攻撃理由はなくなるかのようにも思えるが、指揮は事前にプログラムされたままで更新されないだろうからだ。また、北朝鮮の国家(金王朝)滅亡後のシナリオはそもそも存在していないだろう。
 三点目にその攻撃先の都市が大阪になるかだが、主要都市の順から数えるなら攻撃対象にはなるだろう。その場合でも、三浦氏のいう、東京だと全面戦争になるが大阪ならそうならないので狙われる、というロジックは妥当ではないと思われる。日本に対して北朝鮮がそうした手加減をするだけメリットがあるとは思えない。むしろ、全面戦争を避け、日本の反戦気分を高揚させるなら、つまりそうしたメッセージ性を強めるなら、日本国家への大きなダメージより地方都市への攻撃のほうが効果的だろう。
 四点目に、「スリーパーセル」自体存在するか? これは存在しないと仮定するほうが無理だ。実際、日本人拉致事件ではそうしたネットワークが機能していた。また、『北朝鮮 核の資金源(古川勝久)』(参照)でもその存在はほぼ確認できる。ただし、二点保留しなければならない。1つは、スリーパーセルが機能するのは、まさに隠れるからであって、ベタに朝鮮籍やそうした連想の圏内の人であるわけがない。スリーパーセルについて言及したニューヨーク・タイムズ記事(参照)でも、"the North Koreans have spread these agents across the border into China and other Asian countries to help cloak their identities. "としている。また、こうしたスリーパーセルが戦争に関連した活動を行うかだが、これも同記事で、"The strategy also amounts to war-contingency planning in case the homeland is attacked."とあるように普通の想定である。ただし同記事で想定されているのは、三浦氏のようなシナリオではなく、サイバー戦争の文脈である。おそらくスリーパーセルが攻撃を仕掛けてくるとすれば、サイバー攻撃で都市情報機能の麻痺をまず狙ってくるだろう。
 もう1点の保留はスリーパーセルの活動の主眼は、テロよりも国連制裁を逃れて核ミサイル開発を推進するための資金獲得や部品調達だろう。つまり、日本に潜む北朝鮮のスリーパーセルは三浦氏が「テロリスト分子」として想定するほど直接的に危険な存在でもないだろう。北朝鮮としても、日本は金の卵を産む雌鶏なので、よほど戦時が迫るのではなければ、直接的な被害を与えることはメリットにならない。
 もう一点、突っ込むとすると、そもそも三浦氏のこのお話は、米国が北朝鮮に対して戦争を開始するのを避けてもらうために、日本がスリーパーセルから攻撃を受ける恐怖を掻き立てる、という構造になっている。このあたりの認識は、国際政治の認識としては正反対になるだろう。つまり、米国としては威嚇の最終線を明確にしなければならないし、軍事同盟国の日本もそこで協調しなけれならない。そこに亀裂があることは北朝鮮の軍事活動を誘発しかねない。もちろん憲法で国連憲章の平和主義を強調してる日本の国是として戦争を避け平和を希求するのは当然のことだが、戦争を回避するには、祈ることや恐怖を掻き立てることはあまり有効ではない。もしろ現実的な平和維持のための思索が必要だろう。
 その意味で、識者としての基本認識として、日米同盟というアコードの意義を踏まえていないかにも受け取れる、こういう発言はどうなのだろうかとも思ったが、私はそもそもこうした番組の「お約束」を知らないので、野暮なことかもしれない。


 


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2018.02.12

香水の使い方とかキスの仕方とか

 昨年、なんとなく香水に関心を持つようになった。それまでは香水というのをあまり使ったことがなかった。臭いがなんであれ好きではなかった。自分の体臭というものはわからないものだと言われるが、それでもどちらかというと自分は無臭に近いタイプだろうし、たぶん加齢臭というのもあまりなさそう。そして他人の香水が嫌い。エレベーターなどで香水のきつい人とご一緒すると息苦しくなる。近年は特に若い人が香水をよく使うようになったものだなあと世相を見ていた。どうやらあれは洗濯のときの柔軟剤らしい。
 香水に関心を持つようになったのは、フランス人を見かける機会やすれ違う機会が多くなり、「おや、すてきな香水だな」と感じることが増えてきたせいだ。男性も香水を使う人が多い。もちろん香りのきつい人もいるが、概ねそうでもない。うるさくなく、上手にふと香るという使い方である。あれはなんだろうか、なにか上手な使い方でもあるんじゃないか、と関心を持つようになったわけである。そういう関心が巻き起こると、まず自分もやってみたくなる。
 というわけで、香水を試すようになった。試してみてわかったことがある。ネットとかに溢れている、いわゆる香水の常識はちょっと違うんじゃないか。そもそも香水を使うっていうのはどういうことなのかも、自明なようで案外納得できない。そうして、なんとなく納得できないでいるとき、ふと『シルビーの日本発見』(参照)を読んで、ああ、そうかとわかった。香水は、肌に直接つけるもの。つまり、フランス人の感覚としては、「着る」に近いものなのだろう。
 もっともそのこと、ではフランス人は具体的にどう香水を使っているのか、という話は別で、そちらは簡単にググってわかるものでもないのだろうなと思っていた。が、ふと、まったく逆なのではないか、単純にググってみたらいいのではないか、と気が付いた。フランス語でググればいいのだろう。
 ということでググったら、あっさりいろんなことがわかりました。ついでに最近、フランス語の授業でも香水屋で香水を買うというレッスンがあって、直接フランス人の先生から関連の話も聞けた。この話題に限らないけど、なにか関心を維持していると、それの答えのヒントなる事象というのは自然に起きる感じがする。
 さて香水の使い方の情報で役立ったのは、べたなところでは、Wikihowである(日本語のWikihowには香水の使い方はなかった)。これ、活用している人は活用しているのだろうか。よくわからないが、説明にはなかなか面白いことが書いてある。
 へえと思ったのは、これは香水ではなく、キスの仕方についてである。これの話題は日本語の記事もあった。いくつかあるが、「情熱的なキスをする方法」というのが、面白い。最初、「いやあ、この内容はべたすぎるでしょ」とか思ったのだが、読んでいくとけっこう引き込まれる。例えばこう。「相手をゆっくりキスして、何秒か間をおきましょう。相手の唇に触れているか触れていないかの感覚で、少しずつ離れて行きましょう。この間が、感情をより高ぶらせ、相手の注意を集めます」。おお、それだ!
 首にキスするという話題もある。そういえば、首につけられたキスマークをごまかす方法というネタがYouTubeにあったが、それがお笑いネタになるような背景の風習が当然あるのだろう。首キスな、メモメモ。
 こうした、香水とかキスとか、それって日本文化にはなじまないとも言えるかもしれないが、別に日本人だからといって日本文化になじんで生きている必要はないわけで、「ああいう他国文化的なこともいいな」と思ったら、個人個人の生き方のマイカルチャーとして受け入れていけばいいんじゃないだろうか。

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2018.02.11

プルーム・テックを吸ってみた その5

 プルームテックを吸いだして、自分がどう変わるかというのも自分の関心の一つだった。ニコチンを求めるようになるだろうか。結果、ならない。
 ただ、以前より喫煙所の人たちを観察するようになった。そうしてみると意外に女性がいるのがわかる。あのくらいの喫煙なら、喫煙所に分煙というものでもないようには思うがよくわからない。

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