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2018.03.01

"expect"という英単語の分節について

 英語をきちんと勉強したということがないような気がする。自著にも書いたが、自分が高校以降、英語という言語に付き合うようになったのは、偶然。それに大して英語ができるとも思っていない。そのわりに、言語学を勉強したし、イェスペルセンの英文法なども勉強したりして、なんとなく英語を勉強したような気がしている。実際、英語って変な言語だなと思う、その関心をつないで勉強してきたとは言えるのだろうけど、それでも振り返ってみると、きちんと勉強したという実感はないのに気がつく。それは、基本的な英語についての知識が抜けていたりするときに痛感する。こんなことも知らなかったのか、という落胆感でもある。今回のそれは、"expect"という英単語の分節についてである。
 フランス語を勉強するようになってから、分節についてよく意識するようになった。フランス人の先生にフランス語を習っているときでも、発音がおかしいときは、シラブルで切って説明される。それはちょうど、日本人の子供がひらがなを覚えるころ、ひらがなで1文字ずつはっきりと発音するのに似ている。そんな感じに浸っていると、フランス語には、一種のひらがながあるんじゃないか、という気持ちすらしてくる。フランス語には、「あ、い、う、え、お」の音、全部にそれぞれ意味のある単語が相当する。「か、き、く、け、こ」はどうか。「こ」はあったかな。思いつかない。quoi はある。「さ、し、す、せ、そ」とつぶやいて、「そ」はどうっけと思う、J'ai fait un petit sautとか、あるなあ。もっともフランス語は母音が日本語より複雑なんで5母音に押し込むことはできない。それでも、ひらがな的な基本のシラブル意識は強い。
 というところで英語はどうなんだろうと思った。基本的にどの言語も、発音の音声は、意識的な音素(音韻)にまとめられる。たとえば、"label"という単語の冒頭のLと最後のLの音価や調音は異なるが、同じLの音だとネイティブには認識されている。これの場合、2つのLの音が同一認識としてLという音素になる。そのあと言語学では、音素を組み立てて、形態素というのを考え、それから語(word)にもっていき、その間に、形態音素論というのを扱う。そんな感じ。
 だが実際には、音素から形態を考える過程で、形態音素論にすぐに直結する手前に、シラブル(拍)の構成論が存在する。日本語論だとシラブルというよりモーラとして扱う。英語だと、シラブルやモーラについては、それなりに言語学的には研究はされているが、学習とのリンケージはあまりなさそう。
 その分野となんと呼ぶのか別として、例えば、英語の場合、語頭・語末、あるいはシラブルの構造の前後の音素には、一定の規則がある。例えば、/s/の場合、語頭に/sk/や/sr/や/sm/はあるが、語頭に、/ks/、/rs/、/ms/は来ない。語頭の3子音連続だと、/skr/と/skl/しかない。
 ああ、そうだ。ここで余談になるが、こうした英語の子音の音素の特徴は、アルファベットの読み方にもちょっと関係している。ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZである。だれも知っているし、それぞれの文字が英語読みできるはず。で、ABCDEまでは、基本的に音末が/i/になっているが、Fだとそうなっていない。そこで、そうなっていない文字を抜き出すと、FLMNRSWXになる。WとXは歴史的に後からついたというか、書字のための文字なので除くと、FLMNRSになる。これ、FとSが摩擦音、MとNが鼻音、LとRが流音となり、破裂音ではない。これらは、母音と結びついて呼気が漏れる子音である。こいうのが、実は、アルファベットのなかで弁別的に意識されいて、アルファベットを学ぶだけで、この子音の特性が自然に理解できるようになっている。補足すると、Mは「えむ」みたいになるけど、Bは、「えぶ」にはなれない。
 閑話休題。
 いずれにしても、母音を核として、シラブルが分析でき、その場合、前後の子音の連続に一定の原理がどの言語にも存在する。
 で、冒頭に戻る。
 というか、表題に戻るというか。"expect"という英単語の分節(syllabication)についてだ。簡単に言えば、どうシラブルで区切るか。シラブルで区切ることができれば、ひらがなようにはっきりと発音できるようになる。
 答えは簡単に思える。区切りに中点を入れると、"ex・pect"となる。辞書にもそう書いてあるはず。で、発音はというと、発音記号では[ikspékt]となっているはず。あるいは、/ikspékt/(この表記の差は、音と音素の差だがここでは触れない)。
 そこで、発音記号上で、"expect"のシラブルはどうなっているのか? どう区切られているのか?
 辞書の項目では、"ex・pect"なのだから、発音上も、/iks・pékt/になりそうなものだと思うし、それでいいんじゃねと思っていたのだが、先日、60歳を過ぎてだよ、は!?と思った。これ、/ik・spékt/なんじゃないの?
 日本で出ている辞書をいくつかあたったのだけど、この解答はない。米国圏の辞書を見ると、例えば、一番米語的なMerriam-Websterを見ると、\ik-ˈspekt\とある。この辞書の音表記はあえて特殊なんだけど、それでも区切り位置は、 /ik・spékt/である。
 ええ? そうなのか?
 そうだとしたらどんな言語学的な理論でそうなってるんだ?
 と、疑問に思ったのである。
 わからない。どうしたらいいんだと考えて、ああ、そうだ、泰斗Gimson先生の本を読めばいいじゃん。
 解説がありましたね。というか、あるもんです。
 先生曰く、phonotactic principleだと、この例だと、/iks・pékt/になりそうだが、allophonic principleだと、/ik・spékt/になる。
 どういうこと?
 簡単に言うと、シラブルの発音で考えるなら、/ik・spékt/ということ。
 実際、ネイティブは無意識にそうやっているはず。
 で、意識的に、/ik・spékt/ふうに発音すると、やはり、ネイティブ音に近くなる、というか、私も含めて日本人英語だと、/iks・pékt/のようになんとなく発音しているんじゃないだろうか。もちろん、自然な英語音の流れではこうしたシラブルは大きく意識されないにしてもだ。
 ふーむ。
 実に些細なことといえばそうなんだが、2つ思った。
 1つは、この例は些細だとして、"acquire"はどうなると思いますか? どこでシラブルが切れるか? ”gratuitous"はどう? (tuiの部分をなんとなく二重母音化してませんか? でも、そんな二重母音は英語にないんですよ。)
 もう一つは、Gimson先生の説明読んでいると、これ言語学的にそれなりにきちんと裏付けられたのは、どうやら1992年とのこらしい。俺が大学院出た後じゃん。
 とはいえ、総じて、些細な問題のようだけど、英語教育で、きちんとひらがな用にシラブルを意識させて、「はっきりと」英単語を理解させるとよいのではないかなと思った。そうすることで、アクセント位置も理解しやすくなり、同時にアクセントのない位置の母音が自然な音声の流れでシュワ化することや、スペリングと音声の関係についても理解しやくなるだろう。
 まあ、賛同してくれる人は少なそうだけど。


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