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2018.01.10

[書評] 踊る裸体生活(森貴史)

 あれは確かバットマンの映画のシーンだったと思う。パーティーでばか騒ぎをするところで、水槽で裸のやつがいるがヨーロッパ人だろう、というのである。米国人から見ると、ヨーロッパ人というのは、騒ぎ出すと裸になる人々という偏見があるのだろうなと思った。

 しかしそれは偏見には違いない。だけど、私もそんな偏った印象を持っているし、それに関連してか、どうも戦前のドイツというとナチス台頭の暗黒時代というわりには、同時代資料を見ていくと、映像的には大自然のなかでの裸体賛美みたいのが多い印象があった。そもそもオリンピックというのも、現代のそれは依然ナチズム的な裸体賛美と結びついているし、健康から裸体賛美というのもなんだかナチズムっぽい。あれはどういうことなんだろと思っていたので、『踊る裸体生活(森貴史)』(参照)には興味をもった。副題はまさに「ドイツ健康身体論とナチスの文化史」である。
 読んでみると、なんとも奇妙に面白い。ライターさんが巧妙な文章で読者の関心をつないでいくというタイプの書籍ではなく、きちんと学問的な整理がされているのだが、まず、テーマ提示の序章からして、なんだろうかこれは、というあふれる奇妙な裸体写真に目を奪われる。エロではない。むしろ芸術とでもいうのだろうか。本書では裸体文化の日本への影響について体系的には言及されていないが、昭和時代に入って都市的な公共空間にあふれるヨーロッパ的な裸体像の源泉もこれにあるだろう。長崎の平和記念像も風呂上がりよろしく裸体であるのも、ヨーロッパの裸体主義の影響なのだろう。
 それから序章では、健康主義とでもいうべき健康志向の歴史的動向から関連して、ルドルフ・シュタイナーの神秘主義も出てくる。一見学問というより雑多な博物学的でもあるかのようだが、序章にも書かれているが、この一見奇妙なドイツ中心的な裸体主義の文化運動は、現代の思想から文学、さらには自然科学にも関連していることがわかる。私が高校生のころ読んだフックスの『風俗の歴史』ではないが、いわゆる表面的に語られる歴史から奇妙に抜け落ちてしまうのに、そこに体系的な連携がある何か、そういうものがこの裸体文化運動にもはある。
 第一章は裸体文化の前史。ゴディバのロゴにもなっているゴダイヴァ夫人の伝説や啓蒙主義の反面にある自然主義の延長としての裸体賛美。そこから体操の重視、日光浴、温泉(クイナプも出てくる)などがナショナリズム的に変化する様子が描かれている。続く第二章では、自然と身体の関わりから登山の文化が出てくる。ここで感想を挟むのもなんだが、この文化は東欧の社会主義運動と並走して日本にも影響を与えていたと思う。また、日本では「アルプスの少女ハイジ」として知られている『ハイジ』やトーマス・マンの『魔の山』もこうした大自然による治療・健康文化の延長にあり、宮﨑駿映画『風立ちぬ』もそれの延長にある。
 第三章では運動する肉体ということで舞踏が出てくる。ここでは私が若いころ学んでいたオイリュトミーも少し出てくる。第四章では裸体文化と思想の関連。菜食主義やエコロジーなどとの接点もある。第五章では主にそのドイツ的な展開を経て、第六章でまさに「ナチスと共存する裸体文化」が論じられる。
 ナチズムというと、日本ではイデオロギー重視で理念的に捉えられがちだが、こうして裸体文化の文脈においてみるとまた違った相貌が現れるし、むしろ現代日本人はナチズムをイデオロギー的に切断することでむしろナチズムに親和的な、健康志向の裏面に無自覚になってしまっている。
 本書はナチズム、とくにヒトラーが持っていたユダヤ人像をこう描く。「すなわち、『わが闘争』で描写されたユダヤ人とは、不潔、疾病、不健康、毒性のシンボルであると同時に、身体的な美とも乖離した存在である」と。ユダヤ人差別はポグログムの歴史を見ればわかるように、ナチズムに局限されない西欧全域にわたる問題だが、ナチズムのそれは、健康賛美や古代ギリシア像的な裸体賛美の裏面のシンボルとして現れた側面が強くあった。あるいは、そうした健康美思想によって、従来からある差別が正当化されてきてしまった。
 自然や健康、人間的な美というものの志向は、自動的にその反対物を生み出す。イデオロギーはあたかも教条的に機能するかに見えて、実際には私たちの感覚のなかで運動するものだろう。
 この本は、奇妙な歴史のトリビアをつなぎ合わせたようにも見えながら、実際のところ、そうしたものの継承者であり、さらに商業主義と結託した新しい裸体文化を生み出している現代人に、間接的な批評の意識を呼び覚ますものになっているだろう。

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