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2018.01.17

[書評] オリバー・ストーン オン プーチン (オリバー・ストーン)

 現代の世界を考える上でもっとも重要なことは何か、という問いかけには複数の答えが存在するのだろう。地政学、エネルギーシフト、新しい孤立主義、あるいは技術においては、人工知能技術、ビットコインを転機とするブロックチェーン技術など。しかし、こう問いかけると答えは単純になる。現代の世界を考える上でもっとも重要な人物は誰か?

 端的に、プーチンである。他に誰がいるというのだろう。トランプ? ご冗談でしょう。金正恩? 重要人物じゃなくて危険物でしょ、あれは。習近平? それは幻影。彼の意思が世界にどういう影響を持っているか明確に言える人がいるのかすらわからない。その点、僕らのウラジミール・プーチンは、すでに10年以上にもわたって、確実に現代世界のキーマンであり続けたし、まだまだ今後もあり続ける。となれば、私たちは彼を知らなくてはいけないし、彼を知るという点でもっとも簡単な手法は、どっしりと手間をかけた彼への、組織的なインタビューであり、つまりそれが本書『オリバー・ストーン オン プーチン (オリバー・ストーン)』(参照)なのだ。と言えば、まあ納得するしかない。しかも、インタビュアーはあのオリバー・ストーンである。書名に最初にストーンが出て来るのもしかがたないくらいなので、そこの説明も不要だろう。
 実際に読んでみるとどうか。それなりに国際政治に関心を持つ人がプーチンに問いかけたいことは全部書いてある。そして、国際政治についてある程度突っ込んで関心を持つ人にしてみると、プーチンならこう答えるだろうなということも、全部書いてある。びっくりする話題は、特にはないと言ってもいいかもしれない。本書帯に「ウラジミール・プーチンかく語りき!」としていくつか本書の目玉項目が箇条書きされているが、率直に言って、そうだよねと頷きはするが驚きはないだろう。トルコの一部がイスラム国を支援していたことに驚くこともないだろう。ゆえに本書が米国で出版されたおり、識者は本書を酷評したようだが、それもむべなるかな。と、いうことは、もしかしてこれって、退屈なインタビューなのではないだろうかと思うかもしれない。その逆なのである。
 本書で何が重要なのか。一貫性だと私は思う。プーチンという卓越した現役の政治家であり非西欧的な、それでいて抜群の知識人が、世界をこう見てきた、こう見ている、そして実力ある政治家として未来をこう考えるということが、首尾一貫して語られているのである。意外と知識人というのは、そうはいかない。特に日本のリベラル派が典型的だが、反米といった公理を一貫して使うかに見えて、党派・政局に依存しているため、意見や態度がダブルスタンダードになってしまう。プーチンにはそうした矛盾がない。逆に悪玉にも仕立てやすい。
 そのためプーチンの視点からは、特に米国の政治についてだが、大統領や議員が表面的に民主主義的な言動を装っていても官僚機構に結びついた排外主義であることが際立つ。
 そして、本書でプーチンが語ることは、そのままにして現代史でもあるし、読んでいて、私たち日本人にじわじわくるだろうことは、まさに私たち現代日本人が米国に抱いているアンビバレンツな情感と思想の交点について彼がきちんと述べていることに他ならない。特に、軍事面でである。あえて悪い言い方をすれば、このプーチンの語りのなかの「ロシア」を「日本」に置き換えるだけで、それっぽい反米トーンのリベラル派の主張のようなものができてしまう(もちろん、具体的にロシアが関連した地政学などは単純置換はできないが)。
 つまり、どういうことなのか。非米国的で非EU的な、もっともまともな世界観を民族国家の視点で構築するなら、プーチンになっちゃうのである。そして、私たち日本人がそういう明確なプーチンに向き合うと、逆に、私たちが米国的な部分とプーチン的な部分のアンビバレンツな状態であることが暴露され、結果まともな日露外交も難しくなる。
 本書には、メディアを考える上でも非常に興味深いことがある。そもそもオリバー・ストーンのこのインタビューは、"Putin Interviews"としてナショナル・ジオグラフィックで1時間4回シリーズとなる番組の素材として作られたものだ。その完成品である同番組は、現在日本のナショナル・ジオグラフィックで放映されている他、Huluの同チャネルでも放映されている。同じ番組は、NHK BSでも3月に放送されるらしい。
 番組と本書との違いはどうか? ボリュームから普通に考えると、本書のインタビューが基本にあって、それをわかりやすく削って番組ができたように想像されるだろうし、私もそう思っていた。これが、なんというのだろう、印象としてはまるで違うのである。
 もちろん、話題の対応はあるし、プーチンの言葉そのものの対応もあるのだが、なにより語られるシーンのシークエンスからしてさほど同一性が感じられない。番組のほうで掘り下げられている部分すらある。同じ素材からどうしてこういう異なる2つのものが出来てきたのか、考え込まされる。書籍のほうが、一見、インタビュー状況のシーンを織り込んでいるため、映像が想像されるが、実際の映像とは違和感がある。また映像のほうは解説画面として他の映像を多数コラージュのように差し込むので、CMかプロパガンダのような印象も出て来る。それでいて、映像作品ではメイキング映像もメタ的に織り込まれてもいる。
 はっきりと言えることは、プーチンの考えが知りたいなら本書を読むしかないということだ。予想通りのお答えとはいえ、これだけまとまった書籍はない。読みやすい。他方、プーチンという人はどういう人なのか、合わせてオリバー・ストーンとはどういう人か、というのを知るには映像がわかりやすい。そのわかりやすさは、それ自体に奇妙な違和感を伴う。余談だが、あれれ、ストーンさんの奥さんは日本人かなと思って調べたら、韓国人らしい。

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