[書評] 男が痴漢になる理由(斉藤章佳)
書名に惹かれて読むというタイプの本がある。この『男が痴漢になる理由(斉藤章佳)』(参照)もそれである。私は男性だが、なぜ男性の一部が痴漢になるのか、正直なところまったくわからない。こう言うとしらばっくれたように受け取る向きもあるだろうが、痴漢というものにまったく共感的な了解ができない。ついでに言うと、下着泥棒というのもまったくわからない。ただ、これら二種について言うなら、どうやら下着泥棒というのは、日本に特有と言ってよいらしく、基本的に市場価値のないものを盗むというのは国際的にはなさそうだ。そして痴漢もそれに類する日本特有の現象のようでもある。つまり、痴漢も下着泥棒も日本文化的な現象かもしれない。とはいえ、本書を読んでみて、そういう部分の説明として照合するものは明示的にはなかったように思う。
そうした部分をいくつか上げてみる。まず、痴漢は「性欲が強いけどモテない男性」ではないというのがある。性衝動が強くて痴漢になったというのではないらしい。また、それゆえにというべきか、痴漢行為中に勃起するというのも半数程度であり、いわゆる性的な興奮を求めるとも言い難いようだ。衝動的であるが、直接的な性衝動とも違うようだ。
では、痴漢とはどのようなタイプの男性かというと、本書は、「四大卒で会社勤めする、働きざかりの既婚男性」であるとしている。もちろん、くどいが、そうした対象が「精神保健福祉士」としての著者に接しやすいというのはあるだろう。それにしても、本書の説明を追ってみて、概ね、著者のその見立ては正しいように思われた。
そうした部分をつなげてみる。なぜ痴漢行為が行われたかという点だが、最初に偶然的な事態があり(たまたま女性の尻に手が触れたなど)、それを意図的に繰り返したが罰せられることがないことを学習し習慣化したということのようだ。そのため、当然だが、痴漢であることが発覚しないように彼らは注意を払っているらしい。
そもそもなぜ痴漢になったのか。このあたりの説明も興味深い。確信として指摘されているとも言えないが、著者は、痴漢は中高生時に始まると見ている。おそらく思春期の性のめざめと同期しているだろう。また、痴漢行為のきっかけは、痴漢からの証言の多くは「スイッチが入る」ということのようだ。身体的な不調の発作が痴漢行為で収まるという事例もある。性衝動とは違うにせよ、抑えがたい、中毒の禁断症状のようなものではあるようだ。
いずれにせよ、こうした事例から私などに想像されるのは、痴漢というのは、性の意識の目覚めと同時にほぼ決定されていることだ。
となれば、本書後半で言及されていく、いわゆる認知学習的な更生のアプローチは前提的な限界があるように私などは思える。が、著者はそのような枠組みではなく、痴漢の認識の歪みやそれを助長する日本社会に問題があるとし、あくまでそこに焦点を当てている。(もっとも更生の難しさは含まれてはいるが。)
率直なところ、それはどうなんだろうかという感想はもった。認識的なアプローチの有効性についてである。本書に挙げられている事例からの私の印象では、痴漢はむしろサイコパスに近いようなものである。その認識の歪みなどもサイコパスが持ちがちな人間観にも近いように思える。ここでは原因と結果は逆のように思えたのである。
必ずしも著者の意見に納得したわけではないにせよ、本書を読んで、学ぶ点はいろいろあった。なかでも、なるほどと思えたのは、痴漢のティピカルな像が「四大卒で会社勤めする、働きざかりの既婚男性」であるなら、それはつまり、普通の家庭の「お父さん」だと言ってもいいだろうということだ。そのため、痴漢という問題は、対象となる女性の被害の問題は当然だが、加えて、「夫」「父」が痴漢であることを家族がどう受け止めるかという問題にもなる。これは、「家庭」という枠組みのなかではなかなか受容しづらい課題でもあるだろう。
さらに延長して言うなら、個人の認識の歪みや、社会通念の歪みというよりも、日本の家族というある種の強制力のなかに、痴漢や下着泥棒を生み出す構造的な誘因があるのではないか。
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コメント
陥る過程がポルノ中毒とほぼ一緒に思える。
ただポルノ中毒が自分の人生を破壊するのに対し、痴漢が他人の人生を破壊する点では別。
「思春期にスイッチが入」り、それが「習慣化」するというのなら、そうなる前の思春期に、性被害が何をもたらすのかについて、義務教育にでも取り入れるべきでは?
日本は性的なモラルについて意識が薄い。実害を見るなら、ただ被害を抑える規制だけではなく、根本としての意識を変える教育が必要だ。
投稿: | 2018.01.30 16:57