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2018.01.04

[書評] 隷属なき道(ルトガー・ブレグマン)

 ブログが長く休止状態だった昨年だが、その休止を挟む10月22日に実施された衆院選挙に関連して、私はポリタスに『たぶんあなたは採用しない「3つの投票方法」』(参照)という寄稿をした。この寄稿には自分ではいくつかのモチーフがあった。一つには、日本風のリベラルと保守の対立は党派的すぎて、もし本来のリベラリズムがあるのなら、ごく簡単な原則を基本的な要素として重視するはずだという指摘がしたかった。これに実質的にはアイロニカルな含みが生じるのはわかっていた。いわゆるリベラル派が党派性のために本来のリベラリズムを二次的なものにしていることへの批評である。

 しかしこうした私の主張は、批評的アイロニーの想定内であるように、あまり顧みられることはなかった。私としては、リベラリズムの倒錯的な状況よりも、もっと本来のリベラリズムが何を主張すべきなのかという指標を描くことが重要だと思っていた。そのとき、おそらく指標となりうるのは本書『隷属なき道(ルトガー・ブレグマン)』(参照)ではないだろうか、という思いは去来していた。
 リベラリズムの簡素な指標は、格差の是正である。そしてその格差は、絶対的な貧困が克服された先進国では相対的な格差を積極的に是正していくことにある。本書はこの問題意識が明確に示されている点でも興味深い。
 格差の是正というテーゼで、微妙だが2つの留保が生じる。一つは、絶対的な貧困の言説はそれがどれほどセンセーショナルに大衆に好まれても実際には修辞的にしか機能しないことだ(大衆的な怨嗟の熱狂の有無は政策策定には至らない)。これは旧来のリベラリズムの悪弊に近いものがある。私たちはガルブレイスが言う「豊かな社会」にいることは基本的な前提になる。
 もう一つは、「平和主義」の幻想である。冷戦時の左派を継いだ旧来の日本のリベラリズムからすれば、日本はまたナショナリズムから他国への侵略を開始する懸念があり、その懸念は過去の侵略の事実の否認が示すものだ、というふうに主張されがちだ。この問題は、それが特に日本の現行のリベラリズムによって、その課題の重要性を持てと強いる点においてすでに呪縛に近いものになっている。このため、本来のと言うべき、相対的格差の是正の主張とうまく整合してこない。そのためこれは、正義の二本立て、とでも言うような妥協項目の形になる。
 だが、現代的なリベラリズムを想定するなら、むしろこれについては、相対的な格差解消の実現は日本の市民社会の成熟を促すものであり、その過程で平和主義の志向は自然に厚いものになるだろうという期待になる。だが日本のいわゆるリベラル派はそれを持つことができない。党派的すぎて日本の市民を分断し、市民の相対的なリベラリズム意識の成熟を信頼できていない。このため、旧来日本のリベラル派は、戦争の志向と民族差別意識を相対的な貧困に連結させ、その状態を体現する敵対者をあぶり出して叩くという劇場的な構図を取る。皮肉にも幸いにしてそうした敵対者であるネット右翼には事欠かない。
 こうした日本の擬制的なイデオロギー対立を避けて、本来のリベラルの課題である、相対的な格差是正に取り組むのであれば、どのような指標がもっとも明快か。
 おそらく本書が主張するベーシックインカムの導入であろう。本書の帯にもあるように「福祉はいらない。お金を直接与えればよい。」ということだ。
 もちろんというべきだが、ネットにはこの論者は多い。そして、当然ながら本書も彼らには肯定的に受け止められる。
 そうした明快な基調に思える本書でありながら、実はここで微妙な問題が起きている。これは単純な問いの構図になりがちなことによる副作用である。ベーシック・インカムは是か非かという問いの構図に陥りがちになることである。だがおそらく、この問いの構図はあまり意味がないだろうと私は考える。もちろん、本書の議論はあたかも、この是非について、経済学的な視点というより、通常の歴史学的な視点で説かれているものだ。が、この議論の是非の轍にはまるなら、本書は、いわば正しいユートピアの提示ということにとどまるだろう。もちろん、それでよいのだとも言える。そこが微妙な部分である。
 例えば一読者の私としては、ベーシック・インカムの是非はおよそ議論にならない。政策として実施されれば好ましいことは明白だからだ。そして、この好ましさは、必ずしもベーシック・インカムのみで実現できるものではない含みを現実的に思考させる。例えば、近似のマクロ経済学的な政策オプションはありうるだろうし、むしろユートピアとベーシック・インカムを結合して、ある種の革命を問うような単純な構図より、実現可能なマクロ経済学的な政策オプションのほうが現実には機能するだろう。
 さてここから先の議論は、批判的に聞こえるかもしれない。私の意図としては、批判ということではまったくないのだから。そこをどのように言うべきなのかためらうところでもある。しかし、2018年という新しい年で思うのは、少し踏み込んで見るべきかなということでもあり、少し書いてみたい。
 本書は簡素に明快に書かれ、しかも章末にはすっきりとしたアジェンダのようなまとめもあり読みやすい。だが、論点はかなり雑多なものになっている。まず、雑多な様子を個別に捉えるなら、本書の邦題の副題がそれを示している。「AIとの競争に勝つベーシック・インカムと一日三時間労働」。ここでは、AIと労働の関係、ベーシック・インカム、労働時間の革命的短縮というテーマがあり、これらは、表向きベーシック・インカムで統合されている。そうすると一見、書籍としてのテーマがまとまりやすく、主張も明確になるからだ。しかし本来なら、つまり、相対的な格差の是正を主とするなら、ベーシック・インカムの主張だけでよく、AIと労働の関係や労働時間の短縮は別の次元の課題となる。ことさらに補足するまでもないが、AIに勝つというのはベーシック・インカムで解ける単純な問題ではなくさらに人間倫理に迫る個別の大きな分野を形成しているし、労働時間の短縮は例えばワークシェアリングの枠組みでも考えられる。これらを単一にベーシック・インカムでまとめるには無理があるし無謀とも言える。なにより、本書を実際に読めば、そこまで単純化された議論にはなっていない。
 つまり、そこなのだ。本書は主張の書、ユートピアの書として書かれているが、実態は、現在の先進国の問題がどのような様相を示しているかということに、読みやすい修辞とわかりやすいベーシック・インカムの構図でまとめているに過ぎない。こうしたある種の無茶振りは、「国境の開放」の議論でも顕著で、「国境の開放」についての修辞的な議論では実質的なベーシック・インカム論とは結びついていない。ここは普通に考えるなら、開放された国境を超えた移民に即座にベーシック・インカムを与えるということになるはずで、そうした像がどのようになるかは想像しやすいにも関わらず実質的な言及はない。
 おそらく本書には隠された通奏低音がある。あるいは隠された前提だろうか。ベーシック・インカムが国家経済に閉じていることだ。本書のベーシック・インカムが本書が暗黙に示すようなグローバルな視座を持つなら、グローバルに実施が可能だが、ユートピア性としては国家に閉じているのである。これは、よく日本の出羽守が小国を理想郷としてしまうのと同じ修辞である。日本ですら、もし地域分割してそこで経済をブロック化し、その優位なブロックでベーシック・インカムを実施すれば、本書の理想に近いものが隔離された小域では達成できてしてしまう。
 こうした点からわかりやすくなるのだが、本書の主張は実際にはリベラル派の主張というより、実際にはフィンランドでは中道右派が推進しているように、新しいナショナリズムのユートピアという本性を隠している。
 逆に考えるなら、先進国の相対的な貧困は、グローバル経済の派生であり、国家間の擬似的であるが同時に生産力の競争の国内的な派生でもあるためだろう。問題は、国家が生産性の競争にさらされているのに国家経済を小域に閉じることができないため、グローバル世界の格差が国内的な相対的な格差に反映されてしまうことだ。労働力が国家を実質超えているために、国内の労働者は海外の労働者と争うことになっている。さらに先進国では高齢化が進展しているため、高齢層の富がその家系に再配分され国民社会には再配分されにくくなっている。それを打開するのは、家系より国家社会を優先するナショナリズムが誘導されやすくなる。
 それでも本書には、若者らしい著者の強い基調の力があることは確かだ。ユートピアを提示することにくじけないことである。つまり理想がなんであるかを語ろうと意志することだ。本書がオランダの比較的小さなコミュニティで自費出版のように生まれたのに世界の読者層にまで届いたのは、その巧妙な修辞よりも、理想を語ろうとする意志の強さでもあるだろう。
 そしてその強さは、おそらく経済学や歴史学でもっともらしく語られるベーシック・インカムのテーマよりも、人間の労働はどうあるべきなのか、人生の時間を私たち人間がどのように取り戻すことができるのかという、本質的な問かけに拠っている。

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