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2018.01.13

[書評] 経済は「競争」では繁栄しない(ポール・J・ザック)

 年明けのショッピングで気分転換用の香水を見ていて、そういえば10年前の映画だが『パフューム ある人殺しの物語』(参照)を見てなかったなと思い出した。当時話題作でもあったし、遅々ではあるが今からでも見ておこうかなと思い立ち、見た。

 なるほど話題になるだけあって、なかなかに面白い作品だった。人によって受け止め方はまちまちだろうが、心根のねじくれた私などにしてみると、この悪趣味はたまらない。ただ、映像的には裸体なども出てくるので、表面的にはエロい作品とも言えるのだけど、エロさの点はこってりとしたコクがないというか物足りない感は残るし、肝心の、というほどのことでもないだろうが、香水についてはもうちょっと蘊蓄を展開してくれてもよかったようには思った。
 この映画見ながら、「あれ、これって、あれだよね」という、もどかしい感じもした。あれ、というのは、この、殺人を犯してまで主人公が作りたかった香水というのは、ドニゼッティ『愛の妙薬』でもなく(おっとこいつは飲み薬)、フェロモンということなんだろうなと思いつつ、いやそうじゃなくて、これ、「オキシトシン」の暗喩なんじゃねと思ったのだった。
 そしてそういえば、と芋づる式に思い出したのが、この本『経済は「競争」では繁栄しない(ポール・J・ザック)』(参照)である。原書は2012年の書籍でこの訳書はその翌年。思い出すに、いろいろメディアで「オキシトシン」ブームが起こったころのことだ。当時、この本を読んで、還元主義にありがちな単純な発想だなあと思った。それと、邦題の方向性がちょっと違うようにも思っていた。本書はあくまでオキシトシン研究者による一般向け解説書といった軽い読み物である。
 読み返してみた。あの悪趣味な映画の影響のせいか、以前より肯定的にオキシトシンというものを考えられるようになった。本書の言う、「共感的なつながりこそが、私たちの追い求める『善』なのだ」というのは、たくまずして、あの映画のテーマにもなっている。
 読み直してみたいと思った、もう一つの理由もあった。当時は、「オキシトシン」自体に関心があったが、現在では、なんというのだろう、何かとネットで魔女狩りみたいな風潮が激しいが、こうした風潮に対して、この本の延長で解けるものがあるんじゃないかと思ったのだった。
 「オキシトシン」については、改めて解説することもないだろうが、簡単に言うと、本書にもあるように「信頼のホルモン」である。人々の関係がスムーズに親和的になるような感情を促すホルモンである。このホルモンは分泌している本人にとっても快感につながる。当時はもう一つの母性ホルモンのようにも言われていた(男の乳首をいじると分泌がよくなるといった話もあったように思うが都市伝説か)。
 そこで、循環論法のようだが、オキシトシンの分泌が多いと人は信頼関係を結びやすくなるし、さらに信頼関係に置かれるとさらにオキシトシンの分泌がよくなるということだ。本書の基調はそうした好循環をうまくやっていきましょう的なものである。
 当たり前だが、世の中、そうした好循環がそうやすやすとあるわけはない。オキシトシンがうまく分泌されなかったり、機能しなかったりするような実態がある。そのほうが多いだろう。なぜなのか。本書では、そうした親和的なオキシトシンに対置して、攻撃的なテストステロンがあるからだとしている。ごく単純に図式化すれば、オキシトシンとテストステロンで信頼と攻撃のフィードバックシステムができている。
 本書の主張は、細かい点に突っ込むといろいろ問題もありそうな、還元主義的な議論の枠組みだが、本書出版後、世の中は急速にSNS化してきていた。この動向も、オキシトシンの分泌が関係ありそうに思える。つまり、ハグしあえるような身体的な信頼の関係がなくなったから、SNS的なつながりで身体が触れ合うことのない想念上の信頼関係を作り、なんとかオキシトシン分泌も維持するというような仕組みである。
 逆に言えば、当時この本を読んで、なんかノー天気な主張だなと思っていたのだが、現在にしてみると、オキシトシンの分泌具合でネット社会の状態を考えるというのは、意外に正確な視点かもしれない。それに世の中をもう少しましにする技術にもつながるかもしれない。
 つまり、上手に社会レベルで人々のオキシトシン制御ができるような仕組みがあってもいいのかもしれないと思う。比喩とかじゃなくて具体的に人と人が出会って触れ合える仕組みというのは必要なんじゃないないだろうか。「具体的に」と言ったわりに、その具体的な案は浮かばないのだけれど。そうだなあ。地下アイドルとファンの共生なんかもそうしたオキシトシン安定化装置かな。


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