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2017.12.17

[書評] DNAの98%は謎(小林武彦)

 ネットの世界では非科学的な人をあざ笑うことを趣味とする人が少なくない。そうしてあざ笑う側の人は自身は確固たる科学的知識の場に立っているのだという自負があるのだろう。私はというと、それはつまらないなと思うのである。現代の先進国の市民なら、市民生活に必要でかつ義務教育で補われるべき基本的な科学知識くらいは覚えておく必要があるし、水に伝言なんかできないことをも当然その過程で知っておくべきだが、現代人として科学知識に触れる醍醐味は、科学にはまだまだわからないことが多いのだ、ということから、宇宙と生命に対してある種の畏敬感を持つことではないか。というわけで、私は、私の知らない科学領域の話に関心を持つ。

 例えば遺伝子についてだ。人間は神様が作ったものではなく遺伝子情報でできたものだから、遺伝子が解明できれば人間のすべて(人間を構成するたんぱく質の形成情報)がわかる、と期待されていた。それで遺伝子の解明として、その全情報の解明としてゲノム解析が熱心に行われ、終了した。そして何がわかったのか。いろいろなことがわかった。
 人間を構成するたんぱく質を作るための遺伝子数は2万2000個ほど。他方、アニサキスのような線虫の遺伝子数は1万9000個。それほどは変わらない、ということがわかった。チンパンジーとヒトだと差は1%か2%ほどだということもわかった。そのわずかな差が重要である!としたいところだが、どうも話はそんなに単純ではない。
 そもそもゲノムのなかでたんぱく質の構成に関わる情報は2%ほどである。つまり、生命の設計図情報はゲノムの2%ほどで、残る98%はそうした情報を持たないゴミだった。科学による偉大な発見である。実際、ゲノム解析では、ここは解析不要としてゴミ扱いされてきた。
 でもそもそも、なんでゲノムにそんなに多くのゴミ(たんぱく質の構成に使用されない遺伝子情報)があるのか?
 生物の進化の過程では、重要な機能はもたないのに残る盲腸のような器官がある。だとしても、98%ものゴミが残っているというは不思議な話ではないか。
 ということで研究を進めていくと、ゴミと思われていた98%にいろいろな機能がありそうだ、というのがわかってきた。それがこの本『DNAの98%は謎(小林武彦)』(参照)のテーマである。今まで未知であったことが解明されつつある実況中継的な書籍にもなっていて、こういう側面に触れると科学は面白い。
 たんぱく質の構成に使用されない98%もの「非コードDNA領域」だが、そのうち約40%がレトロトランスポゾンだった。動く遺伝子トランスポゾンの一種である。いろんなところから入ってきた遺伝子がゴミのようにゲノムに溜まっていた。これは逆に言えば、動く遺伝子が多いならそれらを勝手にさせないようにしっかりゴミとして扱って、有益な遺伝子に影響しないように眠らせておく仕組みである。
 この他、「非コードDNA領域」は遺伝子の発現のあり方にも作用する。これは進化の速度にも関係してくるらしい。こうした仕組みの解明の最前線が本書で扱われている。面白くないわけがない。
 挿話的な話も面白い。胎盤はレトロトランスポゾンの挿入で偶然できたというのも、へえと思った。もっと進化上の必然のようになってできたのではないかと思っていたからだ。また、脳の進化にも巨大なイントロン(これもゴミ)が必要だったのではないかとの話がある。このあたりに類人猿とヒトとの差もありそうだ。さらに、寿命にもこれらの未解明の仕組みの関与がありそうだ。遺伝子はただ単純な暗号というわけでもなかったようなのだ。
 さて本書を一般書籍として見たとき特徴がある。あとがきにも触れられていたが、遺伝子学の用語についても新しいものを使っているとのことだ。最新の科学の一般向け書籍を読んでいくことで現代という時代の語感にも触れることができる。


 

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