[書評] クリスパー CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見(ジェニファー・ダウドナ、サミュエル・スターンバーグ)
10月上旬に出版された『クリスパー CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見(ジェニファー・ダウドナ、サミュエル・スターンバーグ)』(参照)は日本の社会でどのくらい読まれただろうか。この間、ブログを事実上お休みしていたものの、気になる本は読んでいた。本書読後のある種の呆然とした感じは忘れられない。困ったことになったな、人類、と思ったのだ。それをいち読者としてどう表現したらいいものか、その困惑もあった。
困惑に関連するのは、「未来を変える」の部分である。それについて帯にはこうもある。「米諜報機関は『第六の」大量破壊兵器』になる危険性も指摘」。確かに、この「技術」の潜在的な危険性はそう表現しても大げさではない。それでも言い尽くせないほどだ。
どういう技術か。邦題にもあるように「究極の遺伝子編集技術」である。かなり雑駁に言うと遺伝子が編集できるということで、生命体のデザインが変更できるということだ。新生命が作り出せると言ってもいい。兵器として見るなら、新種の生物兵器になりうる(すでにAIDSについてこのデマがあるが)。家畜も改良できる。Netflixの映画『オクジャ okja』がリアルな話になりうる。
さらにぞっともするのだが、遺伝子改良した人間が生み出せる。当面の問題はそこだ。利点でいうなら、遺伝子病を遺伝子編集によって「治療」できる。他方、もっとすぐれた遺伝子を持つ人間をも作り出せる。優生学の悪夢でもある。こうした問題を本書の第二部はかなり入念に説明している。そこだけでも、広く社会に読まれるといいだろうとも、とりあえず思う。
「とりあえず」とためらいがあるのは、遺伝子編集の潜在的な危険性ということではあるのだが、本書が説明する技術は、編集結果から見れば目新しいものではないからだ。遺伝子編集は、ダウドナ博士の発明以前からできていた。私はこの点、うかつにも本書を読んでようやく得心したのだが、この遺伝子編集が25万円ほどで可能になるというのがこの技術の衝撃のポイントである。
しかも本書、「第4章 高校生も遺伝子を編集できる」とあるように、賢い高校生なら手の届くところにこの技術はある。つまり、本書が示す「技術」の要点は、現在の世界が安価で容易に遺伝子編集が可能になってしまったという点にある。フラッシュ・ゴードンのハンス・ザーコフ博士のラボみたいなものでも遺伝子編集ができるし、生物がデザインできる。
すでに中国はこの技術に国家的に取り組んでいることも本書から伺える。そこではすでにヒトの遺伝子が扱われている。また米国を中心にこの技術を金のなる木にしようとしている新企業が現れていることも本書は伝えている。すでに現在、ある種のカオスとも言える状況に達しているとも言えるということを考慮すれば、社会的な警笛を鳴らす意味でも多くの市民がこの技術についてある程度知っておく必要はあるだろう。問題意識を明確にした本書はおそらく最適な知識の源泉だろう。
本書は、当然ではあるが、科学啓蒙書としても優れている。第一部はそうした部分が、ダウドナ博士の体験談と相まって通常の文脈で淡々と進められている。そもそも遺伝子編集ってなんだという次元からわかりやすくまとまっている。生物学的な関心からすると、この技術が発見された原点である、細菌によるウイルス撃退の免疫機構がとても興味深い。これだけでも、科学啓蒙書籍として十分テーマになる。
他方、研究の体験談として読むと、元来その分野にいなかった博士の研究転換や、東欧の英才を交えた学際的な研究の状況もちょっとしたドラマになりそうな臨場感があって、その描写は読んでいて楽しい。
さて、本書で十分に描かれているとも言えるのだが、問題指摘としては、この技術の直接的なインパクトが強調されているわりに、副作用的なインパクト、つまり、オフターゲット編集の危険性の説明が弱いようにも思えた。
実際のところ、この技術、CRISPR-Cas9システムの新企業的な展開は、オフターゲットの確率を下げ、精度を上げることにあるのだろう。その部分の解説は本書では薄い印象がある(原典出版から半年もなく邦訳書が出版されているにも関わらず)。現状、米国のこの分野での状況をざっと見るとそこに話題が集まるようなので、もう少し言及してもよかったのではないだろうか。
私はこの分野のまったくの門外漢であるが、CRISPR-Cas9システムの遺伝子編集技術は、基本的には単一遺伝子の編集で、複数遺伝子の編集の影響予測としてはまだ未知な部分が多いだろうし、それがオフターゲットにも関連しているだろう。また、原理的に現状のCRISPR-Cas9システムは現状のゲノム解析に依存しているため、非コードDNAの機能には対応できない。このこともオフターゲットに関連しているようにも思う。
本書のオリジナル・タイトルは”A Crack in Creation”で「創造のクラック」。副題は” Gene Editing and the Unthinkable Power to Control Evolution”「遺伝子編集と進化制御へのその想像を超える力」とでもなるだろうか。米国での本書の関心は、生命進化との関わりに置かれていると見てよさそうだ。なお、タイトルについて訳者は「ひび割れ」に「クラック」と訓じたものの、「ダウナド博士によれば、新しい未来への扉を開くといった、明るい希望に満ちた意味合いが込められているそうだ」としている。私はCRISPR-Cas9によって遺伝子がクラックする含みもあるかもしれないとも思った。余談だが、邦訳書はオリジナル(ハードカバー)の半額で購入できる。日本の出版界ってすごいものだ。安価であれば、この社会問題提起がより社会に届きやすくなる。
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