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2017.07.03

都議選の結果で見えるものは公明党の時代か

 都議会選挙が終わった。都民ファーストが革命的と言えるほど圧勝する可能性は事前に読んでいたという点での驚きはなく、それに従って自民党の大敗も読んでいたものの、ここまで崩れてしまうとは思っていなかった。この予想外の点が、共産党の好調をもたらしてもいた。
 すでに書いたように共産党は当落線で自民党と争い、改選前17議席から10議席を割る事態になるだろうと想像していたが、当落線での自民党の勢いがあまりに弱く、この波及が共産党有利に働き、前回から2議席増えて19議席となった。これは現状維持の延びであって大躍進とはいえないまでも、都民ファーストの嵐を上手に避けたかたちになったので、ひたすら国政レベルの自民党を叩くという共産党の戦略は間違っていなかったのだなと感慨を持った。
 民進党は、7議席から5議席となり2議席減った。この面だけの数の帳尻で言うなら、民進党の議席分2が共産党に移ったかのようにも思える。私の予想としては、民進党も都民ファーストにかなり食われて壊滅的になるかと思ったが、ここは微妙な形になった。いずれにせよ、民進党は5議席である。今回の都議選で国政を占うというなら、民進党は、はなから問題にはならない。
 とにかく都民ファーストの圧勝と、自民党の大敗は革命的だったなとしか言えないが、振り返ってここまで都民ファーストが勝てたという点については、単に自民党に嫌悪した浮遊層が都民ファーストに大きく流れたということもだが、公明党の連携が効いたとも言えるだろう。逆に言えば、国政与党として公明党が自民党を支えていたら、都議選でここまでの自民党の大敗はなかっただろう。仮定ではあるが、もし公明党が民進党と組んでいたら民進党もそれなりに躍進しただろう。
 これはどういうことか。つまり、なぜ公明党は都議選で自民党を切って都民ファーストの勢いに乗じたか。蓋を開けてみれば、それが今回の都議選で投げられた一番の問題として残った。
 これは単純な話、公明党という政党は自党候補者を全員当選させるということが目的の政党なので、その最適化を行ったということである。政治の理念は薄いか二次的なものになる。この特性は国政レベルでも変わらない。
 今回の都議選では、自民党の大敗からは、国政レベルにおける自民党への批判というふうに読んで概ね間違いではないが、実際のところ、この都議選の教訓というのは、国政レベルにおける公明党の、こうした特性がどのように表れるかという疑念になるだろう。
 都議選は、自民党の大敗ではあったが、自民党なるものが大敗したのかと考えると、この党を率いる小池百合子都知事の来歴を見ても疑問に思える。もともと自民党的なるものの一側面が都政においては自民党と分離して突出したと見てもよい。小泉時代の再来も連想させる。都民ファーストを小池新党として見るなら、この党自体は国政的には自民党批判もしていないし、安倍内閣批判もしていない。そう見るなら、その傾向がむしろ国政にどう影響するかと考えたほうがよいだろう。が、ここでもやはりキーを握るのは公明ということになる。
 さて、自民党大敗の戦犯は誰かというと、筆頭は稲田朋美防衛大臣だろう。自民党を支持する人ですら、彼女の失言は弁解できない。次の戦犯は、安倍晋三自民党総裁だろう。メディアのバッシングが激しいなか、わざわざ敵を利させるような構図となるのがわかっているメディアの絵、という火中に飛び込んで案の定のネタにされることはなかった。端的に、この二人のドジがなければ自民党はもう少し当落線でふんばれたのではないか。そして三番目にして最大の戦犯は下村博文・東京都連会長であるのはしかたがない。戦略だけでいうなら公明党を籠絡すべきであったし、都民ファーストとの妥協点を模索すべきだった。まあ、したがダメだったということではあるだろうが。
 自民党も焼きが回ったと見てよいかのようだが、私自身としては、地域の自民党の地盤というものが崩れていく様子というか、すでに崩れていたのだなという崩落現場を見るように感じていた。昭和のころであれば、その地域の利権と絡み青年会議所が事実上地域の自民党の基盤となっていたものだったが、すでにそうした風景が消えて久しい。むしろそうした自営業的な部分は公明党の基盤に移行し、他は、低迷しつつあるものの中産階級的なリベラル(メディア的なリベラル)と公的補助に依存するリベラルな層(弱者正義が乗じる)に分解しているように見える。
 最後に圧勝した都民ファーストだが、すでに書いたように期待はもてない。基本的にポピュリズム政党なので、人気を維持していくためには、上手に敵を生み出していくだけの光景が出てくるいやな感じがする。
 しかし、それを言うなら、猪瀬都知事や舛添都知事へのバッシングでも似たようなものだった。つまり、自民党都議が猪瀬都知事や舛添都知事を安定化できないほどのポピュリズムの風がずっと吹いていたということでもあるのだろう。
 もう1つの懸念は、都政のプライオリティがトチ狂った奇妙な問題が疑似問題として騒ぎを起こすのではないか、と思い、ああ、それは現在の国政でも同じだなとは思った。


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コメント

おもしろかった。
しかし、ボトムアップの視点からみると、みんなの意見は結構錯綜している印象があります。

舛添・内田の流れ、豊田の流れなんかも考えると、もう一回「お灸を据えてやろう」の雰囲気を感じ取れられます。

そう考えると、石破の言っていた「都民が支持されたのではなく、自民がダメなのだ」という主旨の発言がスムーズに伝わってきます

投稿: | 2017.07.03 20:06

豊洲問題は結局都民の関心をひかなかったんでしょうけど、
豊洲問題が出て割とすぐ「豊洲は危険ではない。科学的に安全である。小池都知事の手法は都政を混乱させるだけのものだ」と言っている人が大勢でましたが、私が
「豊洲が科学的に安全なのはそうなんでしょう、では、だったらなぜ豊洲移転派と行動を共にしないのですか?」と質問したら、答えてくれた人は
「向こうから話しがこないから」でした。
いやそれって科学的には正しいのだとしても、政治的敗北ではないですかと言ってるのですが、
相手政治家の欠点を指摘し、
いち問題から普遍的な問題へと昇華して、
その政治家の敵で自分たちに利する政治家の糧とする
それが出来て初めて政治的勝利を勝ち取ることができるわけですが、
小池都知事と敵対する自民党都連、都知事選挙で敵対した民進党や共産党、さらには自分たちで候補者を担ぎ上げることも一切しないという、
まさに国政で「野党がだらしがないから政治がダメなんだ」の都政版そのままじゃないかと呆れました。
でマスコミは上記三条件にフェイクやアンフェアを採り入れて自民党の敗北に繋げましたが、それが民進党や共産党の「勝ち」に繋げられず。

投稿: てんてけ | 2017.07.05 15:49

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