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2017.05.30

[書評] そろそろ、人工知能の真実を話そう(ジャン=ガブリエル・ガナシア)

 昨日、フランス大使館を筆頭に内閣府や森美術館が主催した日仏フォーラム「人工知能は社会をどのように変えるのか?」に参加した。終日にわたる時間を費やした内容の濃いフォーラムであった。得るものは大きかった。フォーラムの紹介文書はいまだPDF形式でダウンロードできる(参照PDF)。
 また、この手のフォーラムにありがちな英語=国際語ということもなく、進行案内はすべてフランス語でなされた(ただしフォーラム司会は日本語)。つまり、日本語とフランス語のみのフォーラムだったのである。その点でも興味深いものだった。熱く語れるフランス語の議論を聞いていると、フランス国内ではこうした熱意で日々弁論が交わされているのだろと確信された。

 このフォーラムのパネリストの一人が本書の著者ジャン=ガブリエル・ガナシア教授である。発言が興味深かったので、もう少しその思索について知りたいと思っているところ、会場で同書が販売されていたので購入して読んだ(サインもしてもらうかと思ったがやめた)。正確にいうと、ガナシア教授は、人工知能は怖がらずにもっと有用に使えるものだという、ある種、人間主義への確信を持っているようだったので、その理由はなぜだろうかとも思っていた。
 すでにフォーラムでのガナシア教授の発言を聞き、本書の基調はわかっていたので、その点ではわかりやすい書籍に思えた。むしろ率直のところ、技術的な側面については、さほど得るものはない。おそらく、すでに人工知能関連の技術面の書籍を数冊読んでいる人にとっては、あまり関心のわかない書籍ではないかとすら懸念する。他方、現在騒がれている人工知能問題の見取り図、特に機械学習については妥当な入門書にもなるかもしれない。
 書名の原題が、"Le mythe de la Singularité - Faut-il craindre l'intelligence artificielle ?"(シンギュラリテの神話 人工知能を恐れるべきか?)となっていることからわかるだろう。現在話題にされている側面の人工知能は神話であり、人間の知性にとって変わるような恐怖を持つべき対象ではないということだ。邦題については、書店側の思い入れもあるだろう。
 簡単に本書の表面的な基調に触れるなら、人工知能と現在言われているのは、一般の人がSF的に想像するような汎用人工知能でもなく、本書にも説明があるが、哲学的な意味で「強い人工知能」でもないということだ。また、コンピューター技術革新はしばしば「ムーアの法則」によって語られるが、この「法則」は哲学的にはさほど意味を持たないといった点も力説される。この点は、おそらく技術関連に知見のある人なら鼻白む思いはあるかもしれない。こんなことを大真面目に哲学的に議論しないといけないのだろうか、と。
 おそらくそこは日本人が本書をある意味、誤読しやすいポイントなのではないか。
 本書の全体、特に後半は、シンギュラリテという概念の批判に当てられていくがこれが主題である。シンギュラリテとは何か。例えば、現在世界で各種の危機(例えば、核戦争、地球温暖化など)が黙示録的な標識を伴ってしばしば語られているが、人工知能がもたらす危機は日々進展して、ある時点でもはや引き返せなくなり、そこからは人間の知性が人工知能に従属したり、職業を奪われたりするようになるものだ、と見なされている。そうした時点=特異点=シンギュラリテ、ということである。そして、そういうシンギュラリテは本当に到来するのか。
 ガナシア教授がこの論考で主題としているのは、こうした意味でのシンギュラリテというのは、人類が抱いてきた普遍的な歴史時間概念の現代的な変奏であり、西洋文明においてはかつてグノーシス思想として席巻したものだという点である。もう少し踏み込んだ言い方をすれば、人工知能と呼ばれる技術の発達によって、人はかつてグノーシス主義を希求したような歴史時間概念に捕らわれるだろうということへの、哲学的な批判なのである。
 この問題意識は残念ながらおそらく多くの日本人には通じないだろう。通常理系とされる日本人にはナンセンスな議論にすら見えるだろう。というのもガナシア教授がここで、グノーシス歴史時間に比較して挙げている、ニーチェ的循環歴史時間や終末思想的キリスト教的歴史時間論といったものにも、そもそも日本人はあまり関心がない。
 そして、なぜこうした歴史時間論に日本人が関心を持たないかというと、日本教とも言うべき日本人の歴史時間が実は特異だからである。そこでは、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」というように、各生命存在や人間意思は、目前では移りかわる仮象だが、本質では平滑化され、そのままその生死は自然に結合する。これを、現代でなんと言ったいいのだろうか。「この世に生きとし生けるもののすべての生命に限りがあるのなら、海は死にますか?死にません。生きとし生けるものはそこに回帰していきます」といった情感だろうか。日本人が自明とするのは、こうした情感を伴う歴史時間である。
 日本人の多くは、こうした歴史時間意識自体が思想なのだとは理解してすらいないのである。それが日本人にとって自明な歴史時間感覚であれば、そもそもグノーシスやシンギュラリテは日本人には意味をなさない。逆に言えば、そのことが日本特有の危機の可能性であり、本書の危機意識と向き合うものである。
 つまるところ、ガナシア教授がシンギュラリテに見る危機というのは、人工知能が人間知性に取って代わるか、人間知性が人工知能に移行するかということではなく、シンギュラリテという歴史時間に拘束されることで、人間の近代性が失われる点にある。

 シンギュラリティに賛同する人々は、人間が死や苦痛を逃れ、永遠に生きていくためには、世界と完全に調和し、外の世界の現実に人間を適応させるべきだと主張する。しかし、言葉を変えるならばそれは出口のない要塞のなかに監禁されることを意味する。そして、完全に閉じ込められたと悟った時には、完璧な世界が完成していて、自由なふるまいはすべて違反行為とみなされてしまうのだ。

 この指摘は、ゆえに、日本的グノーシスではこう置き換えることができる。

 日本文化や日本の伝統に賛同する人々は、人間が死や苦痛を逃れ、永遠に生きていくためには、内面の本心と完全に調和し、自然に人間を適応させるべきだと主張する。しかし、言葉を変えるならばそれは出口のない要塞のなかに監禁されることを意味する。そして、完全に閉じ込められたと悟った時には、完璧な世界が完成していて、内面の違和感や不自然とされるふるまいはすべて違反行為とみなされてしまうのだ。

 このアイロニーこそが、日本が人工知能に親和的であることの謎を解くだろう。本書の日本人読者としての価値はそこにある。
 繰り返すが、日本社会に侵入してくる人工知能技術は、シンギュラリテなく、「私心のない」「無私」の判定者でとして価値や法や生命(医療・介護)に自然に組み込まれるだろう。そしてそのことを、あたかも自然の仮象として受け入れてしまうだろう。
 それがもし問題なら解決はあるのだろうか?
 ガナシア教授は明瞭には述べていない。主旨としては、近代人の復権を述べているように思われる。
 ここに関連してフォーラムでの話題に戻ると、フランス側の識者は、哲学・倫理・法学・労働政策といった分野であったせいもあるが、人工知能をバラ色に見せる国際企業(特に米国企業)が、フランスやヨーロッパという地域コミュニティや人間存在に介入してくることに、哲学と法で戦うという姿勢を感じさせた。法と人間の根源的な関係を軸に、人工知能の未来を考えるという基点が強く感じられた。
 皮肉なことを言えば、おそらく国民国家(フランスや日本など)という主体は、人工知能を推進してくる国際企業(米国がベースであることが多い)に抗することは難しい。だからこそ、抗する主体が回復されなければならないという意識がフランス人にはあるのだと、強く感じさせるものであり、本書もそうした流れのなかにあるように思えた。


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2017.05.24

[書評] 安達峰一郎 日本の外交官から世界の裁判官へ(柳原正治、篠原初枝ほか)

 現在、国際法について放送大学の講義を楽しく聴講している。講師の柳原正治教授の説明が明快で示唆深い。もう少し国際法を学びたいなと思わせる講義だし、テキストには参考書やまた講義中にも推薦書の話が出てくる。とはいえ、それはそれとして、柳原正治先生の近著はなんだろうかと調べたら、この書籍、『安達峰一郎 日本の外交官から世界の裁判官へ』があった。

 恥ずかしいことに、安達峰一郎って誰?とその時思った。もちろん、そういうとき現代人ならググればいいと思いがちだし、たしかにググってみるといろいろ情報もあることがわかる。そしてそれらの情報もよく整備されている。
 また私は無知だったが、近年テレビ番組や雑誌などでも、知られざる国際著名人のような話題にもなっていたらしい(そのわりに新書などの一般書はなさそう)。ただ、私としての、その「誰?」感を元に本書を紐解くと巻頭というか「はしがき」に、柳原氏の説明がこうあり、そこでなにか、情報というのではなく、一冊の書籍というものに出会えたような安堵感があった。

 安逹峰一郎は、その国際社会での活躍に比して、これまであまり知られてこなかった。しかし、安逹の生涯やその業績を振り返ることで、我々は多くのことを学ぶことができる。それは安逹が、日本の外交官として当時優れた功績を残したからである。安逹が外務省に入省した一八九二年からオランダ、アムステルダムで客死する一九三四年までの期間は、日本にとっても世界にとっても変化の著しい重要な時代であった。日本は日露戦争や第一次世界大戦を経て、世界の「一等国」となった一方で、国際社会は人類最初の総力戦である第一次世界大戦を経験し、ヨーロッパは未曽有の戦禍に見舞われた。安逹はそのような起伏の激しい時代を駆け抜けたのである。
 また、「あとがき」にはこうある。
 わたくし個人が安逹峰一郎博士に学問的な関心を持ったのはそれほど古いことではない。記録を確認したかぎでは、二〇一〇年七月三日に韓国・ソウルで開催された韓中日国際法学会合同シンポジウムで「一九四五年以降の国際裁判と日本――裁判嫌いの神話」という報告を行ったが、そのなかで安逹博士のことを取り上げたのが、対外的に研究成果を発表した最初である。
 その後、柳原先生は安逹の故郷である山形の山形大学との関連ができた。そこでちょっと興味深い話もある。
国際司法裁判所所長を務められた小和田恒氏が二〇一二年四月に山形大学の入学式において「これからの世界を担う若い人たちへ」という特別講演をされ、そのおりに山形大学安逹峰一郎研究プロジェクトの成功を目指す県民の集いも同時に開催された。小和田氏のご助言も得て、結城章夫学長(当時)が本プロジェクトの立ち上げを決断されたと伺っている。
 本書はこのプロジェクトの結実の面が強い。以上は安逹に対する山形県民の思いだが、もう一面がある。
資料収集にあたっては、安逹博士の奥様の鏡子さんが全財産を擲って一九六〇年に設立された(公財)安逹峰一郎記念財団(東京新宿区)の大岩直子さんと戸谷好子さんにもずいぶんとお世話になった。

 私事だが、昨日、ドイツ連銀理事を招いて東大で開催されたコンファレンス『ヨーロッパにおける選挙期:経済回復への試み』の前に時間があったのと、館開いている火曜日であったので財団の記念館に寄ってみた。が実際には閉じていたようだった。また機会があったら試したい。
 安達峰一郎についてだが、彼は1869(明治2)年6月、山形市山辺町に生れ、15歳で上京。1892(明治25)年7月に東京帝国大学法学部仏法科を卒業し、外務省に入省。初任地はイタリア。その後フランスに移り、欧州で10年を過ごす。新渡戸稲造が「安逹の舌は国宝だ」と評したそのフランス語能力を買われ、日露講和のポーツマス会議では小村寿太郎全権の随員となった。その後、駐メキシコ公使を経て駐ベルギー公使となり、第一次世界大戦後のヴェルサイユ講和条約や国際連盟で活躍。こうした国際的な活躍から、駐フランス大使時代の1931(昭和6)年、常設国際司法裁判所裁判官に最高点で当選した。が同年、満州事変が勃発。彼は国際司法裁判所の機構で事変を解決するよう日本に訴えたが、果たされず、1933(昭和7)年には日本は国際連盟脱退もあり、安逹の苦労は募り不眠症となる。翌、1934(昭和9)年には心臓発作を起こし、休養したもののその年末に亡くなった。日本の軍国化が進むなか、それでも世界の人々は安逹の死を悼み、オランダ国葬の礼と司法裁判所の合葬となった。
 こうした経歴を見ても、安逹の業績やその思いには関心が自然に向く。
 本書だが、論集の形になっているものの、安逹峰一郎の全体像がつかみやすい構成になっていて、いわゆる学術書とは異なり、一般読者にも読みやすい。なかでも第一部は安逹峰一郎の生涯が簡素にまとまっている。また、本書は、実務家として見られやすい安逹の具体的な国際法での業績への言及が多い。簡単に言えば、安逹は、日本の偉人というより、当時の国際社会秩序に尽くした国際人であった。日本人がどのように国際人になるのかというロール・モデルでもある。

第I部 安達峰一郎とその時代
 第1章 安達峰一郎の生涯(柳原正治)
 第2章 安達峰一郎と国際協調外交の確立(井上寿一)
 第3章 安達峰一郎と日本の国際法学(明石欽司)
第II部 安達峰一郎と欧米の国際秩序
 第4章 安達峰一郎と戦間期ヨーロッパの協調(牧野雅彦)
 第5章 安達峰一郎とフランス――駐仏大使時代(1927-1930)に焦点をあてて(黒田俊郎)
 第6章 安達峰一郎とアメリカ――日米協調のもう一つのシナリオ(三牧聖子)
第III部 安達峰一郎と国際連盟
 第7章 戦間期日本と普遍的国際組織(植木俊哉)
 第8章 国際連盟理事会における安達峰一郎――「報告者」の役割(篠原初枝)
 第9章 安達峰一郎と国際連盟の判事選挙――国際社会における地位(後藤春美)
第IV部 安達峰一郎と国際裁判
 第10章 安達峰一郎と国際裁判制度(李禎之)
 第11章 安達峰一郎と国家間紛争の解決方式(柳原正治)
あとがき
関連略年表
安達峰一郎関連の一次史料(柳原正治)

 本書で興味深かったのは、安逹峰一郎自身やその業績もだが、国際紛争におけ国際司法や国際司法裁判所のありかたの原則が史的・生成的に示される点もある(なかでも裁判所機能が安全保障の分離から制約されること)。
 また、個人的な関心に属するが、安逹の妻鏡子(かねこ)の生涯に小説的な関心をもった。彼女は、夫の死後、彼らの生活を記す歌集を編んだがその時代、安逹の苦悩についての歌は当時の出版界では受け入れられず、削除となった。彼女は、第二次世界大戦中も日本に帰国せず、ベルギーにとどまり、ようやく帰国したのは、1958(昭和32)年、87歳だった。亡くなったのは、1962年。1960年に鏡子の歌集は出版されているようだが、削除された歌はいまだ発見されていない。


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2017.05.17

[書評] ミクロの窓から宇宙をさぐる (藤田貢崇)

 米国のハイスクールドラマやSFドラマが好きなのでよく見るが、どうも米国の高校ではアインシュタインの特殊相対性理論のE=mc2について、それがなんであるのかというレベルでは教えているように感じられる。もちろん、米国の初等教育というのは多様だし、理数系の初等教育全体としては日本のそれよりは低いだろうから、教えてないところもあるだろうし、ましてなぜE=mc2になるのかについてまでは教えてはいないだろう。まあそれでも、アインシュタインの特殊相対性理論と関連で、E=mc2かあ、くらいの知識は米人の高校生は少なくはないのではないか。
 対して、日本の初等教育ではどうなんだろう。義務教育で特殊相対性理論について、せめてそれがなんであるか、また、E=mc2というのは、雑駁に言えばどういう意味があるのか、ということについて、教えているのだろうか? どうも教えていないように思える。
 どう教えるかという問題はあるにせよ、それでも10代の内にきちんとE=mc2という公式に出会って、その基本的な意味を知っておくことはとても大切なことだし、これこそが20世紀以降に生きた人間にとって基本的な自然観というか宇宙観の基礎になるはずだ。ずっとそう思ってきた。
 空を見上げる。太陽が輝いている。古代人は太陽が燃えていると考えたし、現代でも比喩的に燃えていると言う。でも、燃焼しているわけではない。核融合反応をしている。そしてその核融合反応でなぜエネルギーが出るのかというと、E=mc2が基礎になっていて、つまり、質量がエネルギーに変換されているからである。まあ、それでいうなら、原発のエネルギーでも同じではあるし、そもそもエネルギー全体にも言えるだろう。それでも、太陽を見上げるとき、僕はよくE=mc2かあと思う。そして、そういう20世紀の人間の感覚をわかりやすく、初等教育レベルで語りかける教育というのはないものなのだろうかと思ってきた。たぶん、そういう本や講義はいろいろあると思うが、そうした書籍にありがちな上から目線というか、そういう臭みはできるだけないほうがいいなとも思っていた。
 例えば、「水から伝言」なんて非科学だという批判もあるが、こんなのは、オカルトとか、千の風になって大気を彷徨っていますとかの歌と似たようなもので、そもそも科学的に考える対象ですらないものに、上から目線的な批判に科学性を感じるすれば少し奇妙に思える。むしろ、科学的な感性で言うなら、現在の地球上に存在するすべての水が、どうやら地球ができた後になって宇宙からもたらされた可能性がある、といった現代科学の知見の驚きのほうが、現代人の自然観にとってとても重要だろう。そういうことをやさしく語る本はないんだろうか。

 あった。たまたまた偶然、NHKカルチャーラジオ「科学と人間 ミクロの窓から宇宙をさぐる」の「第4回 宇宙の「見えない物質」をさぐる」を聞いていたのだが、これがめっぽう面白い。この回はダークマターの説明なのだが、なぜそれが想定されるのかについて、30分という短い枠でとてもわかりやすく解説されていた。これはすごいなと思って、その次回の「第5回 正体不明のダークエネルギー」も聞いた。これも面白い。こりゃ面白いや。ということで、NHKのサイトを探ったら、ストリーミングでこれまでの放送分が全部聞けることになっているので、最初の三回分聞いてみた。ついでに、ガイドブックもあるというので、この分野の知識の手頃なまとめとして買った。まだ放送されていない分がどういうふうになっているのかという興味もあった。
 それにしても面白い。先の太陽の話で言えばこうある。

 水素の原子核4個の質量とヘリウムの原子核1個の質量を比べると、反応後のヘリウム原子核のほうが0.7パーセントだけ軽くなる。この軽くなった分がエネルギーとして解放され、星の中心部から放たれる光や熱のエネルギーとなる。アインシュタインの述べた「質量とエネルギーは等価である」という実例が、恒星で起こっていたわけだ。アインシュタインがこのことを述べたのは20世紀初めのことだったが、実はそれまでの間、恒星がなぜエネルギーを放出できるのかは謎だった。ギリシア時代には、太陽は石炭で燃えるのだと考えられていた。その後、重力の理論が明らかになってくると、太陽が重力によって縮小するときに重力エネルギーから熱・光エネルギーへ変換されると考えるようになった。しかし、この説明では大要が輝き続ける年数は1600万年となり、すでに化石として発見されていた恐竜の年代や、そのほかの地質学的な考察から太陽よりも地球のほうが古くなってしまう。

 当たり前と言えば当たり前だが、太陽を見上げて、ああ、あれは核融合反応だ、E=mc2なのだと感じるのは、20世紀以降の人間の自然な自然観・宇宙観であるし、そうした感覚は、もしかすると、ただ自然や宇宙に対して感じるだけではなく、そもそも人間総体の感覚も変え、さらに市民社会や対人関係などにも影響はあるかもしれない。
 もちろん、初等教育を超えて、ある程度現代科学の知識のある人には本書はあまり発見というのはないかもしれない。それでもよくこんなに手短によくまとまっているなあと感心した。
 例えば、私たち日本の科学教育では、メンデレーエフの周期表とかよく教えられる。また、日本の名前を冠した新元素がさもお茶の間の話題とされる。しかし、こうした元素はあると言えば当然あるのだが、それがなぜ地球にあるのかというのは、そんなに簡単なことではない。
 太陽のような恒星が水素からヘリウムの核融合を続け、最後の時を迎える。これは恒星のサイズによって異なる結果になる。太陽のようなサイズでは、炭素や酸素までの核融合が進むが、それ以上の重たい元素までは進まない。太陽の8倍だと、最終で鉄までができる。問題は鉄より重い元素がどのようにしてできたが、これまでの恒星の終焉とは異なり、「超新星爆発」でできる。超新星元素合成である。ガイドブックではここまでは書かれているが、地球の組成となるこうした重たい元素の由来については、明確には書かれていない。ラジオでは「超新星爆発」として説明し、私たちの身体に含まれるこうした金属から、人間もまた「星の子」とやや詩的に語られていた。たしかに、セレニウムはセレノシステインとして生命に重要な働きをしているが、これらは超新星元素合成に由来する。ただし、鉄より重たい元素の由来については、理研などは中性子星合体が起源という説を出しているなど、定説まではなさそうだ。
 地球上の元素に関連した話だが、本書には「クラーク数」への言及もある。大辞泉などでは「地球表面下約16キロまでの元素の存在比を重量パーセントで示したもの。アメリカの地球化学者クラークにより算出された」とある。また、ちょっとネットを見たら、これを元にした話題などもあった。本書では、こう説明されている。

クラークが研究を行っていた時代には周期表の元素のほとんどが発見され、自然界にそれらの元素がそれぞれどの程度存在するのかということに関心が寄せられていた。研究が進んでくると、この当時は地球の内部構造がまだよくわかっていなかったことや、クラーク数を算出する際には考慮されていなかった海洋地域の岩石が鉄やマグネシウムに富んでいることなどが明らかとなり、科学的な意義が認められなくなったため、現在では科学史の中で過去の研究として扱われている。当時は最先端の研究であっても、研究の進展とともにより新しい事実が明らかになり、それが触れられなくなっていくという一例を示している。

 クラーク数のリストについては、僕が小学生のころ暗記したものだった。鉄と酸素の次がケイ素とアルミニウムかと思ったものだった。昭和の時代は、あれは「電気の缶詰」と呼ばれていた。父の吸うタバコの銀紙を大切に丸めてボールを作ったりもした。
 本書を読みながら、いろいろ思う。なにより、いまだ、自然界・宇宙にはいろいろわからないことがあるのだなと思う。20世紀に生まれた人間として太陽エネルギーの由来はわかっても、宇宙に満ちているダークエナジーなどはわからない。私が生きている内にわかるものでもないかもしれないなあと、今度は漆黒の夜空を見上げる。
 

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2017.05.12

韓国大統領選挙雑感

 韓国大統領選挙については、事前の世論調査から文在寅氏が圧勝することは想定されていたので、その点から言えば、ほとんど関心を持たなかった。また文氏は、昨年8月にその前段階として竹島訪問をしていたので、対日的な考えもそこから類推できる。その点でもあまり考察するべきことはなさそうである。では、なんの関心もないのかというと、そうでもなかった。
 圧勝ではあるが、その内実については意外に興味深かった。当選した共に民主党の文在寅氏が1342万3800票(得票率41.08%)、自由韓国党(旧セヌリ党)の洪準杓氏が785万2849票(24.03%)、国民の党の安哲秀氏が699万8342票(21.41%)となり、洪氏と安氏を合わせて仮にこれを反文氏として見ると、45.44%対41.08%として、文氏が劣る。単純に、文氏への国民的な支持はそれほど高くなさそうだ。さらに全体として見れば、六割ほどの韓国民は文氏を支持していないともいえる。また背景として投票率もあるが、1.4%増で多かったとは言えるものの、社会変動がうかがえるというほどでもない。
 加えて、これも当然の帰結なのだが、文氏の共に民主党は現状第1党だが、現総議席数299中119と過半数に満たず、首相就任にも野党協力が必要になる。だが反保守の建前から自由韓国党との妥協は難しく、40議席を持つ国民の党と妥協になるだろうと早々に想定されるなか、国民の党の李洛淵氏が首相候補となった。李氏は東亜日報の東京特派員として駐日経験もあり、政治家として韓日議員連盟の幹事長を務めたことから、日本では知日派として期待する向きがある。が、この「知日派」というのは実質的には経済面に限定されると見てよいだろう。
 組閣後の政府としてはどうなるかだが、おそらく自由韓国党が議会に一定の力を持ちづけるので不安定な状態になるのではないかと思う。これは同時に、文氏に投票した層からの離反の懸念もあるだろう。ただし、国際世界が懸念している軍事面では、すでにTHAAD問題が片付いているので大きな変化はないのではないか。あとは、北朝鮮が無用な挑発をしなければ温和に推移する可能性はある。
 他面今回の選挙では、韓国の世代間の分裂が見られるだろうと予想していたが、蓋を開けてみると、これはかなりすごいなと思えた。見やすいまとめとして中央日報報道を借りた中国報道のグラフで示す。

 洪氏の追い上げの最終数値の差はあるようだが、それでも世代間傾向として大きな差はないだろうし、KBSなどで見た他ソースとも概ね合っていたのでこれを元にすると、30代、40代が圧倒的に文氏を支持していることがわかり、60代以降でその傾向が逆転する。これをどう見るかだが、まず、若い世代と老いた世代の対立という構図で見やすい。しかし、KBSでも指摘されていたが、若い世代に着目する前に50代で文氏と安氏の支持が拮抗している点のほうが興味深いだろう。その意味合いだが、韓国経済の実質的なビジネスの中心層はそれほど文氏に期待してないのではないだろうか。このことは、文氏の経済面での公約にも関連する。
 文氏は、深刻な若者の雇用問題について、「公共部門で81万人分の雇用を創出する」という公約を打ち出している。また民間では50万人の雇用創出としている。これは、どうやら現状の130万人と言われる失業から逆算した数値らしく、またその数値からさらに公約実現に年平均35兆6000億ウォン(約3兆6000億円)、5年で178兆ウォン(約18兆円)を算出したようだ(参照)。額で見ると、昨年の韓国の予算が386兆7000億ウォン(約38兆円)なのでその十分の一をつぎ込むことになる。それが可能かどうか、有効なのかどうかは私には判断できない。だが、こうした雇用面の公約がいわゆる三放世代からの支持を受けて今回の世代間断絶にもつながっているのだろう。そして50代以降のビジネス経験の層からは懐疑的に見られているのだろう。
 60代以降で文氏の支持の反転で興味深いのは自由韓国党(旧セヌリ党)の洪準杓氏の支持が目立つことでこれは、この図にはないが70代ではさらに広がっていた。60代以降というと、ネットの世代からすると老人層だと思うのも当然だし、私などもそう思うのだが、気がつくとこの私はこの夏60歳になり、この層に近い。
 私は、朴正煕が1961年の軍事クーデターで国家再建最高会議議長に就任したときの記憶はさすがにないが、1973年の金大中事件や1979年の朴大統領暗殺はよく覚えている。翌年の光州事件も覚えている。この事件は民主化運動だったが、北朝鮮関与がささやかれた(歪曲である)。直接的な影響ではないものの、朝鮮戦争後の緊張した体制が韓国国家のあり方をずっと引きずってきた、あの空気を生きた世代である。こうした歴史経験を保持しているのが、どうやはら60代になってきたのである。あるいは、民主化が開花した達成のようでありながら、その渦中にいた年代から見えにくい韓国国家がしだいに生まれつつあるのかもしれない。

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2017.05.10

[書評] 数学の歴史(三浦伸夫)

 この3月のことだが、テレビ番組の改編期にあたりテレビ・レコーダーの機能を見渡し、ジャンル別に自動選択するモードを使ってみると、「数学の歴史」という番組がひっかかり、それはなんだろうかと概要を見ると、放送大学の講義だった。どうやら3月に数学の歴史と限らずいくつか集中講義というか、まとめ講義をするらしかった。

 現代では数学の歴史をどう教えているのだろうかと興味があったので、とりあえず全部録画して、そして学生さんのように学んでみた。この講義が意外なほど面白く、その後、講義のテキストと関連書籍なども読んだ。
 数学史への関心には懐かしさもあった。10代の終わりになる。自著にも書いたが、たまたま文系・理系といった分類のない大学に入り、入学して最初に学ぶことができたのが数学史であった。その講義は、当然といえば当然なのだが、当時隆盛を極めたブルバギの数学史を基礎にしたもので、それからヒルベルト・プログラムからゲーデルの不完全性定理などの話に進んだ。1970年代の終わり、ゲーデルについてはまだ日本のポストモダン哲学が騒ぎ出す前のことだった。
 あのブルバギの数学史はたしか現在では、古典として、10年くらい前にちくま学芸文庫に入っているはずだと、アマゾンを覗くとすでに絶版だったので少し驚いた(参照上参照下)。こういうとき、もとの東京図書のほうが残っていたりするものだと、見ると、1993年の訳書すらもう絶版だった(参照)。どちらも中古本はある。それでも現代では、数学史をブルバギで学ぶ人はいないのかもしれないと感慨深い。大学でも教えていないのではないだろうか。
 放送大学の数学史の講師は三浦伸夫・神戸大学名誉教授で、講義は淡々と進められた。が、知的な関心ポイントでは微妙にキラーンと目の輝くような印象もあり、意外に飽きない。古代における原論の扱いはややブルバギ史風の印象もあり、そこも面白いと言えば面白いと思いつつ、そうして淡々と講義を聴いていたのだが、「第3回 エウクレイデス『原論』と論証数学」に続く、「第4回 アラビア数学の成立と展開」あたりから、おや?という新しい知的な関心が湧きだした。
 一般に数学史というと、「いかにして西洋の数学は成立したのか」、特に「17世紀の微積分学の成立」あるいは、「多文化主義から見た数学」といった視点で啓蒙的になりがちである。恐らく現在でも米国の大学などでは使われているだろう古典的なカッツの数学史(参照)やボイヤーの数学史(参照)などもこうした基調である。これらは邦訳もある(カッツ参照ボイヤー参照)。実際のところこの講義でもそうした傾向は見られるのだが、なんというのだろうか、そうした多元性を支える数学の根源性に今回の講義の注意が払われている。
 ブルバギ史観では公理主義に視点が置かれるのだが、この講義ではそれもあるにせよ、基本的にギリシア数学というものの幾何学的な特性・制約、そしてそれを受け継いだアラビア数学から中世西欧数学という流れで見てゆく。そして原論ですら、実質、ルネサンスでその流れで受け止められていく経緯も詳しい。うかつにも知らなかったのだが、そうした系統で原論を支えていたのはイエズス会であった。
 そのついででびっくりしたのが、オマル・ハイヤーム(ウマル・アル=ハイヤーミー)である。テキスト注に「『ルバイヤート』で有名な詩人オマル・ハイヤームは、今日この数理科学者とは別人であると考えられている」とあり、講義ではもう少し強く注意を促していた。慌ててカッツの数学史で彼についての言及を見ると、カッツはけっこう暢気に詩人と同一としていた。他、ウィキペディアの各国語版をざっと見たが、カッツと同程度であった。
 講義はそれから数学史の常としてニュートンやライプニッツについても扱っていくのだが、両者についても面白い説明だった。特に、ニュートンの『プリンキビア』と微積分学の乖離性なども納得がいった。そもそもニュートンの主眼の関心は数学ではなかった。
 そして何より今回の講義で圧倒的に面白かったのは「第14回 18世紀英国における数学の大衆化」であった。ほとんど度肝を抜れた。

《目標・ポイント》18世紀数学は、オイラー、マクローリン、ラグランジェ、ラプラスなど巨星に事欠かないが、それでも数学史において谷間の時代とされることがある。それはその前後の時代の、天才達による革命時代の17世紀と、広範な数理化学応用の時代が始まる19世紀と比較すればの話である。英国に限れば、ニュートンとライプニッツによる微積分学優先権論争の影響で大陸と学術上の断絶が生じ、他方で数学とは異質な博物学の大流行で、数学は低迷したと言われている。しかし視点を変えて見ていくと、この時期、英国では大衆数学が花咲いていた時代でもある。本章では、18世紀英国の大衆数学とそれが支持された背景を見ることで、数学とは何かを考えてみる。

 この18世紀英国における大衆数学の実態が、とてつもなく面白い。まず、博物学との関連で数学器具が流行していくのも面白いのだが、それを超えるのが『レディーズ・ダイアリー』である。名前からわかるように女性向きの雑誌である。『貴婦人の日記』。1704年に発刊された。
 これが1707年に算術問題が掲載される。今で言う数独とかパズルとか、ようするに知的な暇つぶしクイズである。当初は詩文的なぞなぞ形式だった。読者投稿問題も増える。
 これが人気を博す。そしてついに、18世紀半ばで誌面の半分が数学問題を占めるようになる。大陸でも人気になった。同世紀後半には『レディーズ・ダイアリー』という名前のまま数学雑誌になってしまった。『貴婦人の日記』の中身は数学だらけなのである。ただし計算問題で証明問題はないが。
 当初この傾向を支えていたのは、当然、淑女たちであり、当時の英国の貴族や知的階級の女性の数学能力が非常に高かったことを示している。ただし、後に専門的な数学誌となってからは男性数学者が増えていった。
 テキストでは頁制限もあり簡素に要点が書かれているが、講義では三浦先生が当時の原典を持って見せてくれるので、その迫力もあった。「女性は数学にあまり関心を抱かない、あるいは向かないと言われることもあるが、それは正しいのであろうか」と問いかけられる。

 そして最後に、『レディーズ・ダイアリー』は「気晴らし」としての数学の有様を見事に示してくれたことが挙げられる。掲載されている問題の順に系統性はほとんどなく、読者は数学を学習するというのではなく、問題を解くということに喜びを見い出したのである。こうして『レディーズ・ダイアリー』は、「数学の楽しみ」の本来の姿を我々に示してくれるのである。

 大門カイトではなく井藤ノノハが活躍する第4シリーズが期待されるところだ。と、冗談はさておき(何の冗談かは触れず)、『レディーズ・ダイアリー』についてはもう少し読みたいと思った。
 テキストには「18世紀英国の大衆数学を扱った参考書はない」と素っ気なく書かれているが、三浦先生が監修された「Oxford 数学史」には少し関連はあるんじゃないかとそちらも読んでみた。紹介文にも心惹かれた。

 こんな数学史の本は初めてだ!
 数学とは何であろうか。それは人間生活とどのような関わりを持つのだろうか。こういった疑問のもとに従来多くの数学史が著されてきた。そこではニュートンやフェルマなどの天才的数学者,そして彼らの著作や書き残されたノートなどが主役であった。また人間面から数学者を紹介する伝記であったり,数式や図形のオンパレードであったりした。しかし数学と呼ばれるものは著名な数学者のみならず,無名のあらゆる分野の人々と関係してきたことも事実である。しかもそれは世界中の至るところに,そして数学テクストに限らず建築物や製造物などおよそ人間に関わるさまざまな事物に現れている。
 本書は従来の数学史のテーマや方法論とはまったく趣を異にする新視点から描かれた数学史であり,数学文化史と言ってもよいものである。特徴としては,対象を全世界に広げて従来の数学史が視野に入れてこなかった事例を取りあげたこと,人類学や言語学などの関連領域の視点を広く取り入れた構成になっていること,数学そのもののみならず時代の思想潮や教育制度といった社会的文化的背景が常に配慮されていること,などがあげられる。
 しかし何といっても本書の素晴らしい点は,必ずしも数学史家にとどまらず学者世界の外に身を置くような者を含めた各分野の最先端の研究者が,独自の事例を用いて生き生きと話題を記述していることである。その多様な実例を通じて,人間は数学とどのように関わりながらさまざまな文化を築きあげてきたのかを知ることができる。
 網羅的ではないので数学の通史を期待することはできないが,どこでも関心のあるところから読み始めていただき,知的好奇心を刺激する面白さと新たな問題提起に満ちた本書をじっくりと味わってほしい。

 手にとってみると、まさに「網羅的ではないので数学の通史を期待することはできない」というのはその通り。
 かなり分厚いが論集なので一編で見るとそれほど読みづらくはない。それぞれの訳者はまばらである。和算についての話題はないが、「伝統的ベトナムにおける数学と数学教育」とか「第三帝国における数学についての史料編集と歴史」とか、へえと思える論文もある。というか、そういうものが数学史研究なのだと思い知らせるきっかけとなった。
 そして、ブルバギについても、「究極の数学教科書を書く:ニコラ・ブルバキの『数学原論』」としてすでに数学史の対象となっていることを知った。
 日本の教育課程では、大学入試の視点からだろうが、初等教育を理系と文系とに分ける。しかし、数学史研究というものの本質的な豊かさはその分断のなかにはない。あるいは、知というものの本源的な喜びを暗示する数学史というものを理解するには、理系・文系を超えた教育が必要とされる。さらに遡及していえば、「問題を解くということに喜びを見いだす」という数学の「本来の姿」はそこで再発見できるだろう。
 なお、放送大学の同講義は今期も続けられている。来年も続くらしい。本書については、放送大学のテキストとしても優れているが、図版も美しく、一般書としても出版されたらよいのではないかと思えた。
 

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2017.05.06

[書評]帝国日本と朝鮮野球 憧憬とナショナリズムの隘路(小野容照)

 私はこの夏60歳になる。老人への道を辿りつつある。そう思うことのひとつには、自著にも書いたが、父が大正15年生まれであることについて、そう遠い歴史と感じられないことがある。
 正確な期日は聞きそびれた。私の父は10歳から20歳まで朝鮮で暮らした。祖父の従兄弟の誘いから植民地で大家族を営んでいた。だが、彼はそうした家族を好まず、早々に満州鉄道学校の寄宿舎に入った。朝鮮人と一緒に少年期と青春期を過ごした。野球もした。私は父からそうした感覚を受け継いでいる。だが私も老い、今の日本人にはそうした歴史感覚は伝わらなくなった。そして歴史感覚が失われたとき、歴史の考察が始まるのだろうと、本書を読みながら思った。

 本書は、その時代、植民地時代の朝鮮での野球を中心に、朝鮮における野球を歴史的に俯瞰的に扱った本である。と、いうと、いわば歴史の本筋ではなく、ディテールな、些末な歴史のようだが、実際に読まれてみればわかるように、この時代のもっと微妙な部分に、従来の類書にはない独自の光を当てている。副題の「憧憬とナショナリズムの隘路」がよくそれを表しているだろう。この書籍でまとめられている歴史事実は、韓国(北朝鮮を含め)ですら研究されていない。研究されることもないかもしれない。もちろん、私の父の世代では言わずもがなの歴史感覚であったのに。
 本書は、ほぼ学術書と言っていい形式を取っている。その点では、問題意識が提示された上で書かれている。3つの論点である。①日本の影響に着目して朝鮮における歴史の受容と定着を分析すること、②野球と民族との関係、③野球と植民地政策との関係である。
 読後の印象ではあるが、これらは明確に分離された問題意識とは感じ取れない。②と③は実質同じものであろう。ひどい言い方に聞こえることを恐れるが、また本書にも指摘のあることだが、朝鮮ナショナリズムというのは、植民地化政策が安定した時期においては日本ナショナリズムと分化が難しかった。さらにこの点について言えば、本書ではこの時期における日本の私学大学の意味付けについても興味深い指摘がある。これを延長していうなら、早慶大のアジア近代史に置ける俯瞰図に関連するだろう。
 書籍としての構成は序章を含めた6章からなり、序章では読みやすい導入がある。第1章では、野球というのだから、ということで米国から朝鮮への伝搬の歴史が語られる。率直に言えば、本書は正確さを期したいのだろうが、ここはそれほど面白くはない。まさに情報整理というディテール史の罠に陥っているかに見える。ただ実質、現在韓国で流布されている朝鮮野球の起源については温和な形ではあるが否定されていると読める点は重要だろう。第2章では韓国併合直後の時代と野球を扱っている。朝鮮民族の視点から注目されるのは理解できるが、これもまたディテール史に近い。しかし、この章で特筆すべきなのは、現在の朝日新聞のもとになった大阪朝日新聞による甲子園野球の起源についての考察である。詳細を述べた後、こう総括される。

 以上のように、大阪朝日新聞社は一九一六年の第二回大会の段階から、日本人学校のみならず、朝鮮人学校にも参加を呼びかけていた。単純に朝鮮での『大阪朝日新聞』の販売拡張だけが目的であるならば、まずは日本人学校にだけ声をかければよい。にもかかわらず、朝鮮人学校にも参加を呼びかけていたという事実は、大阪朝日新聞社が全国中等学校野球大会を創設した当初から、それを日本人のイベントとしてではなく、植民地の民族を含めた帝国日本のイベントとして構想していたことを示唆するものである。

 そして当時の大阪朝日新聞による「新領土たる朝鮮中学校の参加なきを遺憾とし、朝鮮を以って海外植民地視せず内地と同一の気分を味わしめたし」という引用を添えている。
 端的に言って、甲子園野球というのは帝国日本のイベントとしての背景を持つものである。が、なにゆえか、現代日本では、同質の日の丸、君が代、教育勅語のようには嫌悪されるふうもない。表層の下で今なお日本では、炎天下旭日旗に映える帝国日本のイベントが支持されているからかもしれない。
 第3章、第4章は実際に朝鮮で民族スポーツとして野球が興隆した1930年代中盤を扱っている。この部分は私の歴史感覚にもしっくりとする、本書でもっとも面白い部分であった。植民地化の朝鮮の庶民生活が野球を通して生き生きと語られているからである。
 本書は「野球」という「スポーツ」の側面で描かれているため、その伝搬の歴史やそこでの通史が描かれている。しかし、朝鮮野球において、おそらくもっとも重要なのは、やはり甲子園の起源となる全国中等学校野球大会だろう。野球をスポーツとして見るなら朝鮮において1920年代から30年代にかけて、その興隆はサッカーに移っていく。しかし、全国中等学校野球大会はそうではなかった。

 朝鮮半島全体で見れば、文化政治の開始から一九三七年に日中戦争が勃発するまで、右肩あがりで野球人口は増加していく。そして彼ら球児たちの目標となったのが、一九二一年から朝鮮でも地区予選が始まった全国中等学校野球大会である。

 朝日新聞が主導する帝国日本のイベントに朝鮮の少年たちが巻き込まれていったのである。そしてこれが一九三二年文部省による「野球統制令」につながっていく。「野球ノ統制並施行ニ関スル件(昭和7年3月28日文部省訓令第4号)である。この詳細も本書に詳しいが、結果として見れば、読売新聞の巨人軍に関連してくる、野球のショービジネス化である。
 さらにこの点で興味深い本書の指摘は、すでにこの時代、「総督府が朝鮮でも統制令を実施したのは、朝鮮人を狙い撃ちするためではなく、朝鮮の野球界と日本のそれを明確に区別できなくなっていたからだろう」という点である。すでに帝国日本のイベントのイデオロギーは完成しつつあった。つまり、それは同様に、日本本土(内地)における野球の戦時体制と類似の過程を辿ることになる。これは第5章で語られ、本書は終章と後書きで終わる。本書の総括は終章によくまとまっているので、本書を読むべきか悩む人がいるなら、書店でこの部分をまず読むとよいだろう。
 読後、さて、私は奇妙な、取り残されたような歴史感覚も覚えた。おそらく序章に見られる著者の問題意識の一端は、帝国日本のイベントとしての野球の戦後史にも向かっているだろうということに関連する。それは在日という朝鮮民族の歴史が継いでいったはずだ。また、こうした帝国日本のイベントのモメンタムは米国統治下の沖縄にも及んでいた。そのことも次第に忘れられつつある。そこが取り残された歴史の問題意識に思えた。
 もう一点、ある。本書の序章において2005年以降の、韓国における野球の興隆についての言及があるが、その理由は当然、日本でも見られたことだが、米国野球のグローバル化だろう。しかし私としては、別のことも思った。米国で活躍する朝鮮系野球選手は多いが、彼らにはヴェトナム戦争の背景もあるだろう。現代に至る朝鮮の庶民史の俯瞰するには、日本統治の視点だけでなく、ヴェトナム戦争まで拡張した全体構図が必要なのではないだろうか。

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2017.05.05

[アニメ]けものフレンズ

 「いくらアニメが好きだからって、あれは知能の低下を招くから見ないほうがいいかもよ」と言われた。そしてさらに、「3話までくらいがつらいんだよ。でもそれを超えたら、た、たのしぃ~」と言われた。じゃあ、見てみよう、と思った。この夏、60歳になる私。

 1話目を見た。うーむ。キングダムのシーズン1や鬼平みたいに、やはり、うにょうにょしているなあ。どうしても、このうにょうにょ感はしかたないのかなとまず思った。内容は、さしてピンとこなかった。まあ、テイストはやっぱりケロロっぽいよねとは思った。というわけで、知能の低下ポイントやつらみポイントに辿り着かない地点で脱落して、『政宗くんのリベンジ』とか見ていたのだが、世の中の話題に押されて、けものフレンズの続きを見た。
 僕らの世代には懐かしいツチノコが出てくる4話あたりで、おやっと思った。というか、いろいろこの物語には伏線が仕組まれていてしかも脚本が緻密に出来ている。というわけで、つらみちほうを過ぎて、知能の低下も気づかずにいたのかもしれないが、私の脳内では、イザヤ書の聖句が鳴り響いていた。

エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。彼は主を恐れることを楽しみとし、その目の見るところによって、さばきをなさず、その耳の聞くところによって、定めをなさず、正義をもって貧しい者をさばき、公平をもって国のうちの柔和な者のために定めをなし、その口のむちをもって国を撃ち、そのくちびるの息をもって悪しき者を殺す。正義はその腰の帯となり、忠信はその身の帯となる。おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。

 いやこれこそが知能の低下というか、青春への退行というべきなのか。続く。

彼らはわが聖なる山のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちるからである。その日、エッサイの根が立って、もろもろの民の旗となり、もろもろの国びとはこれに尋ね求め、その置かれる所に栄光がある。その日、主は再び手を伸べて、その民の残れる者をアッスリヤ、エジプト、パテロス、エチオピヤ、エラム、シナル、ハマテおよび海沿いの国々からあがなわれる。

 これって、けものフレンズの世界そのものじゃね? いやもってまわった冗談を言っているのではなく、この低能っぽく見えるアニメの作者に旧約聖書に詳しい人がいるんじゃねーのと思った。まあ、な、わけないよなとも思ったが。
 アニメとしては、普通にかばんちゃんとサーバルちゃんのキャラがよかったように思う。これに緻密な脚本と、細かい映像的伏線など、意外なほど明示的な情報量の多い作品だった。BD化で謎解き解析するように見る人もいるんだろう。
 この作品の自分にとっての魅力というのはなんだろうと真面目に考えてみると、アニメとしての面白さに加えて、きちんと、吉本隆明が『共同幻想論』などで言う異界という感覚を上手に取り出し、それにやはりイザヤ書的な終末の予感を交えている点にあるだろう。そしてこの点は、かばんちゃんの実質的な中性性にも関連しているように思う。まあしかし、もちろん、こうしたことがこの作品の評価に関わるということではまるでないが。
 作品トリックとして気になったのは、かばんちゃんの由来よりも、サーバル(野中藍)とミライとの関係だった。ゲーム版との関連から生まれたものだろうが、ミライとサーバルには過去の経緯があるのにサーバル(尾崎由香)はなぜそれを忘れていたのだろうか? これもネットのどこかに推理があるのかもしれないが、シーズン2の伏線だろうか。
 まあ、あまりごちゃごちゃいわず普通に面白いアニメでもあった。

 

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2017.05.04

[映画] ラ・ラ・ランド

 『ラ・ラ・ランド』については昨年秋の米国での話題を知っていたわりに見そびれて今さら感があり、こうなるとDVDが出てから見ようかなと思っていた。が、まだ上映館があるので見に行った。さすがにもう観客は枯れていたがその枯れ具合がこの映画にとって、とてもいい感じだった。楽しく、そして少し泣けた。
 評価については、もうとやかく言う必要もないだろう。アカデミー賞での椿事も楽しめる逸話になっている。とにかく、つかみの映像が圧倒的だ。あの意気込みで一気に観客を飲ませた。その音楽とダンスとシーンの美しさも圧倒的である。スクリーンセーバーがあれば是非欲しいところ。
 ストリーについては、ミュージカルということもあって基本単純である。特段に紹介するまでもないだろうが、売れない若い女優と、ジャズに憧れつつ理解されない若い男性の、偶然がやたらと重なる出会いと恋愛の四季、そして別れの予感……といったところ。ただ、最終シーンについては後で触れる。
 つまり、恋愛ものだ。Netflixとかにありがちなこってりしたセックスシーンとか("Sense8"とか)、完璧にない。ないよ。どっかで出てくるかなとちょっと期待しちまった私は自分を恥じました。とかぼんやり思いつつ、物語の設定はむしろ現代でなくてもいいだろうし、そのほうが、『シェルブールの雨傘』におけるアルジェリア戦争的な背景の重みもあってよいかもしれない……いやいや、そういう重さがないのがこの作品の現代的なところなのだろう。
 そもそも"La La Land"というのが、"out of touch with reality(現実感ないよ)"である。VOAにもある(参照)。


And many actors dream of having their name added to Hollywood’s Walk of Fame.

This brings us to a nickname for Los Angeles, one that is also commonly-used as an expression: la-la land.

La-la land can be any place that is fun, far from serious, and out of touch with reality. You can use the expression when talking about the mental state of someone who does not understand what is really happening. You might say that person is “in la-la land.”


 というわけで、二人は“in la-la land.”なので、いつかそこを去ることにはなる。
 そこで映画もほろ苦いエンディングになる、とも言えるのだが、そもそもこの映画は、基調の音楽に支配されるしかない仕掛けになっている。ということで、特に"Mia & Sebastian's Theme"と"La La Land"の曲調に沿う形のストリー展開になる。簡単に言うと、この追憶的な曲調から映像とストーリーが作り出された映画と言ってもいいだろう。
 そうした点からすると、この映画作品は極めて無意識的な訴求力のある作品であり、やや偽悪的に言えば無意識を操作する映画でもある。希望に見せかけながら、実際には追憶的な感動のなかに人を安らげさせるだろう。
 文学的な観点から作品を見直すと、キーになるのは、"La La Land"という青春の夢の非リアリティ感というより、むしろ、この映画のなかの奇妙な、リアリティショーのようなほつれにも見える、ずれた感覚にある。たとえば、昼間の公園や微妙な気まずさなどである。これらは、彼らの恋愛がそれぞれの独自の夢を追いながらも、実際は誰もが持ちうる凡庸な夢であることを暗示する。これが"Hollywood Walk of Fame"(参照)のStarsを再定義(redefine)になる。

City of stars
Just one thing everybody wants
There in the bars
And through the smokescreen of the crowded restaurants
It's love
Yes, all we're looking for is love from someone else

 「City of stars」は字幕では「スターの街」と訳されていた。"Hollywood Walk of Fame"からすれば当然だろうが、もっと凡庸な普通の無数の人々(all we)になる。そしてそのCityは、誰もが望みうるもので、ピアノ演奏のあるバーの中にも、レストランの混雑に見える。誰もが他者のなかにそれを求めるとして無数の星が再定義される。
 とはいえ、私たちの現実の理想や愛は実際にはかなうことはなく、その中で時は過ぎ、人生はムーヴオンしていき、回想に変わる。変えるしかない。それを美しくもの悲しく受けとめるのは、生きて老いる感覚と同じであり、それ以外に人ができることはあまりない。

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2017.05.03

『オペラ座の怪人』ミュージカルと映画

 劇団四季の『オペラ座の怪人』の元になっている、アンドリュー・ロイド・ウェバー版の、ロンドンでの25周年記念公演を、メディアでだが、見たいものだと思ったまま日を過ごしていたので、この機会に見た。すでに各方面から絶賛されているが、なるほど、驚くほどよかった。いやあ、こんなすごいミュージカルって見たことないなというくらい、すごいものだった。どうすごいかというと、まあとにかくすごかったよ。

 『オペラ座の怪人』については、アンドリュー・ロイド・ウェバー版をベースにした映画版のほうを先に見ていて、実はあまりピンと来ていなかった。今思うと『ラ・ラ・ランド』(これも先日見ました)のような映画のミュージカルという先入観から見ていたせいか、どうも歌と物語シーンのバランスが悪く、歌も映像も美しいわりに主題のわからない映画だなと思っていた。
 が、ようするに、映画のほうは、すでにミュージカルを見た人のお楽しみという趣向と考えてよさそうだ。自分も、先の25周年記念公演のミュージカルを見てから、再度映画を見たら、なるほどリアル映像っぽくするとこうなるのか、という面白さがあった。以前見たときの映画とは別の映画のようにも感じられた。映画の雪のシーンなどもよかった。そこではミュージカルと異なり、ラウルと怪人の決闘もあったが、演出の差とも言える範囲ではあるだろう。
 映画のほうではあまり気にならなかったが、舞台芸術としてみると、ミュージカルではあるがオペラに近いオペレッタの趣向があり、その意味では現代的なオペラとも考えられる。そしてその時点で、はっと気がつくのが、オペラの中に3つほどオペラがパスティーシュとして組み入れられていることや、またプッチーニ的な旋律や『メリー・ウィドウ』的な20世紀初頭のウィーン的な様相のパスティーシュも感じられることだ。こうした内的に屈折するメタフィクションは、世界とメタ世界の転倒性の関係を表す。その構造的な仕掛けがこの作品にあることの一端は後で触れる。
 さらに歌詞も聞き込んでいると、ミュージカルの流れのなかで、関連して異化的に思われる部分があるのに気がつく。特に、オペラ内オペラの『ドンファンの勝利』の『The Point Of No Return』が興味深い。クリスティーヌがピアンギだと思い込んだ怪人に歌い上げる。

When will the blood begin to race
The sleeping bud bursts into bloom?
When will the flames at last consume us?

いつ、血が流れ込み、
眠っていた蕾が花開くの?
いつ、炎がついには私たちを焼き尽くすの?

Past the point of no return, the final threshold
The bridge is crossed, so stand and watch it burn
We've passed the point of no return

引き返さない地点、最後の一線は過ぎた。
橋を渡り、それが燃え落ちるのを見ている。
もう引き返せない地点を過ぎた。


 解釈は難しいが、オペラ中のオペラとしてメタ的に、怪人とクリスティーヌの性交渉が暗喩されていると見ていいだろう。そしてその性交のスクリプトは怪人によるフィクションとして、そのフィクションの転倒性として、怪人の性欲の情熱がクリスティーヌに転写されている。
 この歌の後、クリスティーヌはそれがピアンギではなく怪人であることをオペラ内オペラから抜け出て知るが、それはだまされというより、劇的な情熱の転倒性の自覚として、自身の性欲望の所在を知るかたちで怪人という他者に向き合う形になる(実は墓に向かうシーンも同時に彼女の性欲であっただろう)。ここはこの作品のずばぬけて美しいところだ。彼女の性欲がたしかに怪人に向かっていたことの自覚である。
 このシーンに続いて、ややマヌケな印象でラウルが登場する。構図的にはラウルは白馬の騎士であり、クリスティーヌと怪人の近親相姦を破る愛の正義として現れるが、物語の暗喩は、そうした肯定的なラウルをも、やはり転倒させる。ラウルの愛の正義を保証するのはただオペラという枠組みでしかない。世界のお決まりということである。そこにはキリスト教的な意味での「肉」の欲情を超えるほどの愛はない。
 そもそもなぜ怪人はクリスティーヌを愛せないのか? 擬似的な父母の近親相姦性と醜さのふたつが重なるが、この醜さは、怪人が生まれついたものであり、それがこの世のお決まりと他者の関係で「肉」の欲情を阻む。かつゆえに、至上の音楽性で愛が彼の中に仮構される。
 これは相当にやっかいな、実存的な問題を持っている。私たちの大半は、こうした怪人を内的に潜めながら生きているからである。

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