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2016.03.05

[書評] リベラルですが、何か? (香山リカ)

 勧められて読んだ本である。香山リカ著「リベラルですが、何か?」(参照)。たぶん、勧められなければこのような書籍が出版されていたことも、私は気がつかなかっただろう。一つは率直なところ、香山リカさんにもう関心がないからということと、もう一つは読んでもたぶん彼女の心情は理解できないだろう、と思っていたことだった。こういう比喩を弄するのも皮肉のように取られるかもしれないので恐れるが、私は気になっていた料理店なのにいざ行ってみると落胆するほど不味かったという場合、半年くらいの時を置いてもう一度行ってみることにしている。一度の判断では店の味はわからないものなのだ。それと再び不味かったとしても、なぜ自分がなぜそれをまずいと感じるのか、ということは見つめてみたいからだ。
 という良からぬ比喩を続けると、私は香山リカさんの本はいつか読んでいる。タイトルは思い出せないものが多いが10冊は楽に超えているだろう。彼女の論壇的なデビューのころから知っている。彼女は1960年生まれで、私は1957年生まれ。私は大学院のとき三年年下の恋人がいたので、自分の早々に見失った恋人に重なる。まあ、その世代でもある。私たちはあの1980年代の、あの文化のなかにいた。正確に言えば、私は就職を嫌って中途半端に学問の道を目指す名目の「モラトリアム」であった。この「モラトリアム」という言葉もあの時代に独自の響きがあった。
 そうした点でいうなら、彼女の「ポケットは80年代がいっぱい」(参照)は、ありがとうと言いたいほど素敵な一冊だった。他には、ものの考え方を指南した「頭がよくなる立体思考法―RIFの法則」(参照)が面白かった。香山さんは頭いい女性だなとしみじみ思ったものだ。他に彼女の専門に関わる書籍もいくつか読んだ。が、自分の琴線に触れるものはなかった。
 勧められて読む気になったのは、久しぶりに読む香山リカさんの本ということもある。が、表題のテーマ「リベラルですが、何か?」になにより心惹かれたからである。自身を「リベラル」と規定して、それに社会的に答えられる起点はなんだろうか?と思ったからである。別の言い方をすれば、私は自分ではリベラルだと思っているが、そう自己規定をして他者に向かうことはたぶんない(ウヨクと見られようが、サヨクと見られようが、バカと見られようが、しかたない)。そして、それには後で触れるが自分なりの理由もある。それと、彼女が「リベラルですが、何か?」というときの現代的な意味合いについても興味があった。
 読んだ。新書らしく読みやすく書かれた本である。印象だが、これは彼女自身が執筆した本ではなく、話をライターさんがまとめた本でないかとも思った。話の思念らしい展開でもあったからだ。あるいはそういうふうに香山さんなら軽妙に書き言葉も書けるのかもしれない。
 全体は三部に分かれている。第三部は、しばき隊の、と言ってよいものかわからないが、野間易通さんと、民主党政権に道を開いた要因の一つ日比谷越年闘争を指導した湯浅誠さんである。野間さんには先日、ツイッターで誤解されたが、彼も自分と同年代の爺さんだからなあという親近感をもって笑って過ごした。が、本書で生年を見ると1966年生まれとあり、自分とは10年の歳差があった。いやあ、実に誤解していた。失礼。
 内容は第一部と第二部に分かれ、と言いたいところだが、その前に置かれた序章「2015年夏に考えたこと」が問題提起としてはよくまとまっていた。そういえばあの夏の時期。SEALDsを含め国会前で反安保法制をしていたデモの渦中である。私はあの運動をどちらかと言えば冷ややかに見ていた。私はリアルな70年代を見てきたので、最近の国会前デモは随分小さい運動だなあというくらいの印象なのであった。ただ、この自分の冷ややかさこそ、この序章で、彼女自身に内在するものから延長された形で批判されている冷笑主義であることは理解できた。胸に刺さる。
 第一部は「私の「闘い方」が変わった理由」として、序章の問題提起である冷笑主義からの転換が語られている。アジビラ的に見るならここで読者の思念を誘導し、冷笑主義からの脱却を指導する部分であるはずだ。では読んだ私はどうだったか? よくわからなかった。
 なにがどうわからないかもよくわからなかった。が、逆にわかった部分もある。一つは、香山リカさんの積極的リベラルの活動はその仲間との友愛に根を置いていることだ。政治学者の山口二郎さんと美味しくビールを飲む親しい関係は、持病でお酒が飲めずそれにつれて交友関係が狭まる私などには羨ましくも思える。
 ここでの話題としては、アイヌ民族問題と小林よしのりさんの「戦争論」が軸になっていることもわかった。ただ、私はアイヌ民族問題にはほとんど関心ない。正確にいえば大学院で学んだ教授がこのアイヌ語方面の研究もしていたのでまったく関心がないわけでもない。他方、小林よしのりさんの「戦争論」は、あまり言い方ではないが、出た当時に読んだが、イデオロギー的には中村粲「大東亜戦争への道」の漫画版パラフレーズくらいにしか 思わなかった。なので、その延長に香山リカさんが富裕層のネットウヨとしてモデル化するのもあまりピンとこなかった。こうした点において自分で受け取った部分をまとめると、リベラルであることの重要性は彼女の肉声からは私は届かなかった。
 第二部は「リベラル派としての私の〈自戒〉」として、精神科医の香山リカさんの臨床を含めた精神医学の文脈がまず、やや唐突に語れる。そこは詳細に語られるが、そのことと「リベラル派」であることの連携の読み取りは難しい。彼女の語りを逸脱することになるかもしれないが、自分なりの理解で言えば、1980年代以降の精神医学の進展には「リベラル派」と同質の基盤があった、ということだろう。そこには彼女自身も、そのキーワードを借りるなら、精神医学というものの、まさに「凋落」を見ている。この点についてごくローカルに私の観点をコメントすれば(つまり「リベラル派」との関連はないが)、1980年に登場したDSM-IIIの意味と、1988年に市場に登場したSSRIの意義をその後の臨床から問い直すことが重要ではなかったかと思う。
 論点はそこから宇野常寛さんが「リトル・ピープルの時代」(参照)でも論じた、「大きな物語」の喪失で展開されていく。ただし、そこでは宇野さんの論調とは異なり、「リベラル派」は「大きな物語」を再構築できなかったのが問題であるという視点のようだ。ここから、彼女は、その大きなエポックとして、1991年の湾岸戦争反対署名を取り上げていく。
 残念ながらそのあたりで私は、意外なほど香山さんとの年代差を感じた。私にとっては1991年の湾岸戦争反対署名は、1982年年の文学者反核運動の焼き直しに思えるからである。もはやその論点はその10年近く前に終了していたと私は考えていた。そのことはニフティの思想フォーラムで稚拙だが議論したものだった。
 自分語りになるが、1982年のこの運動では私は大学院生として指導教官の一人から勧誘され、署名を求める活動の側にいた。が奇妙な違和感が募った。その違和感から吉本隆明の「「反核」異論」に辿り着き、そこから私は吉本隆明を以前より体系的に読み始めた。そのことで、1982年の「挫折」の意味を自分なりに了解し、それをさらに延長して、ハンガリー事件と六全協の見直しに及び、自分なりの「リベラル」というものの再構築を行った。この過程は私が自著にも書いたがアカデミズムから脱落してく過程でもあり、リベラル派的な友愛を失うことにもなった。反面、細くではあるが、吉本隆明派の人々との交流を得ることにもなった。
 私が自分なりの「リベラル」というものの再構築は、全共闘世代の青春終了の荒野(「さよなら快傑黒頭巾」のエンディング)から発し、ベトナム戦争のシンパに近い位置からエスペランティズムのようなのんきな幻想を含めた、淡いリベラル派の再構築でもあった。ただ、その幻想の中核にあるジョーン・バエズへの敬愛のようなものは未だうまく消化されない。こうした部分の再・再構築は現在、ほそぼそと続けているcakesの連載で行っている。
 香山さんの自分語りにつられてか、私も自分語りが多くなってしまったが、そういう点で思い返せば、彼女が登場した80年代のポストモダンやニューアカの、起点という地点で私はずれてしまっていた。むしろ、本書を読むことは、そうした起点にあったずれの再確認にもなった。それが私たちの世代における自分のズレでもあると知りえたことは、本書から得た一番の利益であった。
 本書は、現代において「リベラル」とはどういうことなのか、一人ひとりの市民が、一人の市民である香山リカさんを鏡として見つめなおすきっかけになる。


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