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2016.02.05

最近の文房具屋さんのこと

おやこんなところに文房具屋さんがある、と疑問に思った。しばらく通っていない道を通り過ぎたときのことである。けっこう大きな店構えである。文房具屋なのだから文房具を売っているだろう。が、これだけの規模の店舗でいったいどんな文房具を売っているのか気になって覗いてみた。そもそも、客がいるのか? いたのである。いっぱい。

主に小学生・中学生であった。考えてみると当たり前のことだ。彼らは日々、使うのだ。そうして熱心に文具を選ぶ子どもたちを見ていると、なんだか懐かしいような胸にじんとくるものがある。大人たちも多い。意外と老人が少ない。最近はどこに言っても老人比率が高くて、うへぇ感があるのだが、そうした点でもちょっと違和感を感じた。店舗を覗いた時間帯の影響もあるのかもしれないが。

文房具屋さんにはいろいろ懐かしい思い出がある。あれを買ったなあ、あれが欲しくても買えなかったなど。ドイツ製の文具とかなあ。それは苦い思い出でもある。街にはかならず文房具屋があった。考えてみればあたりまえで、お医者さんと薬屋さんの深い関係のようなもので、あるいはパチンコ屋と換金屋の関係のように、あれは学校とつるんだビジネスであった。当時の文房具屋を見ていると、いくつか固定の事務所への納品などもあった。それがどのくらいの比率かわからないが、およそ昭和時代の社会主義社会のような一面だった。

大きな店舗の文具店に最近はニーズがあるのかと思った瞬間、間抜けだな自分と気がつく。かくいう私も文具を買うときは、百均か、無印か、デパートとかショッピングセンターとかのフロアの広い文具屋にでかけていた。むしろ、定期的に出かけていて、なんか面白い文具ないかなあと探すのである。

今回も探した。とりわけ変わったものはないだろうと思っていたが、ロジカルノートが多いのに気がついた。この手のノートが売られていることは知っていたが、こんなに普及しているのかというのは驚いたし、実際に手にしたのは始めてだった。

よいな、これ。欲しいぞ。となると、私の脳にスイッチが入る。文具は気に入ったもの選びが難しいのである。どのタイプのロジカルノートがよいのか。その日は悩んで結局買わなかったが、しばしその文房具屋さんで時を過ごした。店員の若い女性がとても親切だったのも驚いた。どうでもいいが、最近、親切な店員さんと、不親切な店員さんと、アンドロイド型店員さんの3種類のうち、最初のに遭遇する確率が低い。

ロジカルノートはアマゾンでもいいかと見ていると、かなりいろいろあり、悩んだ。

これは衝動買い。

他に、英語の語順を教えるノートみたいのがあった。子供の頃やるデタラメ文章作成ゲームをやるようなものである。「警察官が駅前で熱心に豆腐を食べていた」みたいな文章ができるあれである。英語でやるようにできている。意味あるのか? ああ、これだ。

理論背景でもあるのかと今みたらあった。ふうん。

語順がこうなっているのはピジン言語っぽい英語の特性かもしれないなあ。意外と面白いのかもしれない。

そういえば、フリクションはあるかなと店員さんに聞くと、山ほどあった。すげー。そうなるとまたスイッチがはいる。最近フランス語の勉強関連で知ったのだが、フリクションはフランスでけっこう売れているらしいというか、フランス人がよく使うらしい。理由は、たぶん、彼らは手書きをするからだろう。

残念ながら、笑いのポイントがわからん。が、フリクションの使い勝手はわかった。

あと、これを買った。ミドリという会社のノート。

紙質については実際手に触ってみないとわからんでしょうけど、まあ、いいんじゃないの。

 

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2016.02.03

米国民主党員5人に1人は、保守派

サンプリシティの法則からしても物事は単純に考えたほうがいいが、単純にしか考えられない人には案外単純に考えることは難しい。

そうした日本人にありがちな単純思考の一つに、米国民主党はリベラルとする考えがある。概ね間違ってはいないというか、四割くらいは当てはまるし、後で述べるがそうした傾向は高まっているようにも見える。実態はというと、きちんと単純に考えると、米国民主党は必ずしもリベラル派の政党ではない。5人に1人くらい保守派がいる。

そのことが現下の阿呆なトランプ騒ぎで問題になるのは、ブルームバーグ元ニューヨーク市長が大統領選に色目を出していることだ。まず、単純にしか考えられないふうに考えると、保守派の共和党でもなくリベラル派の保守党でもないから、彼は中道、よって三極の争いとか。

昨日のアイオワ州の動向を見ると、民主党は概ねクリントン候補に決まったようにも見えないではない。が、そうでないようも見えるし、現下の動向ではサンダース候補の勢いのほうが強い。この動向は極端を面白がるトランプ旋風と同質なのだが、今後の動向は現時点ではまだよくわからない。いずれにせよ、サンダースが強くなると、クリントンとしては対応のためによりリベラル派色を強くせざるを得ない。これは必ずしもリベラル派の政党ではない民主党の票を割りかねない。

共和党が結局トランプ候補を下ろせない場合、リベラル派色を濃くしてうへー感の高まるクリントン対お馬鹿なトランプという構図になり、この構図を見てうんざり感のある層を狙ってブルームバーグが出る可能性がある。

するとどうなるか。すでにロイターに話題がある。「米大統領選、ブルームバーグ氏出馬ならトランプ氏に追い風=調査」(参照)より。

調査によると、トランプ氏と民主党の有力候補ヒラリー・クリントン前国務長官(民主党)については、2人だけの比較では、「クリントン氏に投票する」との回答が「トランプ氏に投票する」との回答を10ポイント上回った。しかしブルームバーグ氏を候補に加えて3人で比較すると、クリントン氏支持が37%、トランプ氏支持が31%、ブルームバーグ氏支持が9%となり、クリントン氏とトランプ氏の差が6ポイントに縮小された。

一方、トランプ氏と、民主党候補指名を目指すバーニー・サンダース上院議員の比較では、ブルームバーグ氏を候補に入れると、サンダース氏のトランプ氏に対する優位が12ポイントから7ポイントに縮まった。3人の比較での支持率は、サンダース氏が37%、トランプ氏が30%、ブルームバーグ氏が8%。

現下の動向を見ていると、ブルームバーグに勝ち目はないが、確実に民主党候補の票を削る。これがトランプ旋風の後のトランプ大統領という悪夢を産みかねない。

民主党員を含め、いわゆる民主党シンパは必ずしもリベラル派ではない。大体4割である。ピューの比較的最新の調査による。「5 facts about Democrats」(参照)より。

In surveys conducted this year, 41% of Democrats describe themselves as liberal, 35% say they are moderates and 21% say they’re conservative.

米国民主党のリベラル派は41%、中道派が35%、保守派が21%。日本の「リベラル派」は概ねデタラメなのでうまく対応しないが、米国のリベラル派も比較的過激なリベラル志向があると見てよい。そしてそれは民主党全体からは多数を示しているわけではない。もっともピューの記事を読むとわかるように、民主党内のリベラル派は増加している。他方、民主党内の保守派はこの12年間大きな変化はなく、中道派がオバマ政権を契機にリベラル派に移行したと見てよいだろう。

ちなみに、二分法しか通用しない日本人からすると、じゃあ、ブルームバーグは保守派とか単純化されそうだが、彼のニューヨーク市長としての政策はかなりリベラル色の強いものであり、そのあたりがクリントン票を食う可能性の背景にある。

ここで仮に、クリントンより極端ともいえるリベラル派のサンダースが民主党から出るとどうかだが、当然、よくわからない。というのは、米国民も日本国民同様、富豪というものに愛憎を持っていて、トランプやブルームバーグという富豪は嫌いだという流れで、どっとサンダースに票が動きかねない。日本のかつてのルーピーを笑えない事態になるかもしれない。

まあしかし、結局どうなのかだが、以前オバマ大統領が候補の際は、私は早々に彼が大統領になると予想して結果的に当ててが、今回はまだわからない。クリントン候補が大統領になるという実感がまるでしないせいもある。サンダースもそうだがクリントンも基本的に老人で、ブルームバーグも老人である。まだ比較的若さのある国家である米国が、第二次世界大戦後のベビブーム老人層の影響が強いにしても、こうした老人を選ぶものだろうか。ケリーが敗れたのも老人に見えたからではないか。まして米国は日本のような70歳を過ぎた老人が政治で活躍する国家でもあるまいし。


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2016.02.02

甘利前大臣辞任のうんざり感

甘利・前経済再生担当大臣の事務所問題について、詳細に関心があるわけでない。が、これを文春が出して概要を知った範囲で、ああ、これで甘利さん終了、とは思った。甘利さんが金銭面で清廉潔白な政治家であるわけもないだろうし、こうしたスキャンダルが大好きな日本人が彼に詰め腹を強いるまで問題が落ち着くとも思えない。それにしても、TPP交渉で尽力した甘利前大臣をこうしたスキャンダルで失うのかと思うと嘆息した。お高くつくなあ感である。それとても、そもそも反TPP派にはムカつく要因でもあるだろう。かくして、「問題」の全構造を見ると、それもまたああまたか、といううんざり感があった。

安倍政権側としては強行に甘利さんを守る方向に動くだろうかという関心も少しあった。噂を聞くに、10パーセントくらい支持を失っても構わないと政権が決意しているという話もあり、そらなら大したものだなとも思ったが、そこはむしろ逆に政権が動いた。さっさと甘利さんを切ったことで安倍政権支持率は守られた。つまり、田中角栄を追い落とした昭和な空気は多少流れは変わったのかもしれないし、案外私のように、またこれかといううんざり感と政策を分けて考える冷たい人が増えているのかもしれない。

海外での受け止め方を見ると、フィナンシャル・タイムズ(FT)などでも事実とありきたりな背景の説明はしていた。深読み的な解説はなく、FT記者は日本の風習にむしろ手馴れている印象を受けた。ディプロマットでもこの問題について扱っていて、現状の分析を上手にこなしていたが、際立って面白い視点はなかった。ただ、そこでの論調のポイントはTPPについての農政をどうするかという指摘がある。確かに基本的にそこが重要だろうとは思えた。つまり、後任と農政の問題である。

驚いたのだが、後任に石原伸晃さんが出てきた。いや驚く自分がどうかということかもしれない。そもそも古賀誠さんの思惑では、第二次安倍内閣自体存在せず、伸晃内閣になるはずだったのを、事実上麻生さんが自民党内クーデターのようにして、現政権をぶっ立てたので、その無理が戻ったくらいのことかもしれない、自民党力学として。

というあたりで、日本経済暗雲が増えるなあとは思う。この点では、TPP反対派の伸晃大臣(参照)がどうこれからどうTPPを推進するのかというのが気になるところだ。が、こうなってしまった以上、どうとなるものでもないだろう。予想外のことだってあるかもしれない。もっとありえない湿原(誤字)が広がっているかもしれない。

その後の海外の反応だが、日銀のマイナス金利政策のほうに関心が向き、それをもって安倍政権の運営を量っているようであり、甘利前大臣辞任問題はとっくに霞んだかに見える。実際のところ、TPP問題は関連国および影響国にとっても一枚岩の問題でもないので、簡素な構図に落とし込みにくい。日本でも内紛はあるんだなあ、ふーん感もあるだろう。

ちなみにマイナス金利問題だが、まだ規模が小さいので安倍政権との協調が取れている心理的な評価が大きいだろう。実際ところ、この政策は、すでに書いたがIMFの発表会でも言及されていたので、それ自体のサプライズ感はない。つまり、日銀は手詰まりではなくまだまだ緩和策に手はあるのだが、市場とのコミュニケーションが重要だという話だった。ここでいう市場は基本的には海外市場だろうが。

まあ、書いてみてこの問題にはとりわけ論点はない。ブログに書くまででもなかったか。という流れで連想するのは、東日本大震災復興道路舗装工事をめぐる談合疑惑である。談合が良くないことは明白で、淡々と処理するしかないだろうが、談合の結果を見るともっとも合理的に仕事が配分されたように見えないでもない。この工事の必要性がどのくらいあったかわからないが、ある程度の水準では合理的な日本の産業システムの結果であっただろうし、甘利前大臣辞任にからむ口利きスキャンダルも、全体像としては日本政治の「合理的」システムの一貫だろう。

そう考えれば、より合法的に合理的なシステムが形成できれば、口利きスキャンダルの余地も談合もなくなるのだろうが、この意味での新合理システムは、動労者移民なども含むような全体像を持っているのではないかと思う。
 
 

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2016.02.01

『アフェア 情事の行方』はすごいドラマだった

当初、あまり期待なく見始めたテレビドラマ『アフェア 情事の行方』はすごかった。表面的な題材から簡単に言えば、不倫物である。四人の子供もある冴えない作家志望の高校教師の男・ノアと、田舎の観光地で観光ビジネスで食いつないでいるその地方の家の若い嫁・アリソンが、ヴァカンスシーズンに偶然恋に落ちるという代物で、そんなふうに説明されたらまともな人間なら見るわけないだろ、というような代物である。本質は、全然そうではない。

不倫もとりあえず不倫ではあるのだけど、ただ恋に落ちるというものではなく、ひりつくような孤独と苦悩を抱えた中年の男と女が、どうしようもなくそこに落ちていく。その落ち方は、普通にある程度知性というものを抱えた男女なら理解できるだろうというくらい丁寧に描かれている。

その先にはいちおう謎の殺人事件があり、形式上は推理小説のようにもなっている。通常の推理小説ならそのお作法の謎解きくらいの面白さで終始するのだが、この作品ではどちらかというと殺人事件も二人の罪の深さを暗示するような仕立てになっている。表題の”The Affair"は不倫と事件の二重の意味があるだろう。

初回面食らったのは、最初にノアがアリソンに出会うまでの話が30分ほどノアの視点から、ノア・パートとして描かれ、そのあと30分ほど基本的には同じ話がアリソンの視点からアリソン・パートとして描かれていて、同じ風景や話展開のはずだが、ディテールが微妙に違う。いや、ディテールの差ではないけっこう大きな部分で違っている。不倫にいたるプロセスが男の目からと女の目からはこんなにも違って見えているというのがわかる。そういう違いは恋の本質でもありながら、スレ違いでもある。見ながら私などは、すっかりノアが見る世界に共感し、アリソンの見る世界で、「女ってこういうふうに世界を見ているのか」と考えさせられる。当然ながら、二人の感受する世界の差異は、殺人事件の鍵にもなっている。

ドラマなのでどこが好きかというのは、好みが違っていて当然だろう。ノア役のドミニク・ウェストは美男子とは言いがたいし日本人の女性があまり好むタイプではないだろうが、あれはけっこうセクシーな中年男だと思う。アリソンは一見するとかなり癖のある美人だが、その癖のなかに孤独や知性や狂気がうまく溶け込んで魅惑される。吹き替えの声で聞くと高めの声だが、女優のルース・ウィルソンの声は低く、それだけで独自のセクシーさがある。

ノアの妻ヘレンもアリソンの旦那コールもなかなかうまい設定になっている。不倫で裏切られる側の姿もよく描いている。シーズン2ではそのあたりもまた表に出てくるらしい。ノアの家庭の子どもたちの演技もうまい。

特に金をかけたはでな映像には見えないが、ヴァカンス地モントークの光景やノアの住居ブルックリンの街も丁寧に美しく描かれている。現代のアメリカの俗悪的な風景やそれゆえにそこから孤立してしまうようすも美しく、その結果的なアイロニーはかなり笑えるものになっている。私たち現代先進国の人間の俗悪さを鏡で見るような苦しい笑いがある。このあたりもシーズン2に繋がるだろう。

日本のメディアでこういう特殊な恋の、深みのある物語ができるだろうか。できないわけでもないが、あまり思いつかない。しかし要するに作品が良ければどの国の作品でも同じだ。すでに米国ではシーズン2が終わり、3が予定されているらしい。話を引っ張るにはそれに見合う地獄が必要になるだろう。なんでこんな暗い物語に魅了されてしまうのかと思うが、その暗さが人間というものだろう。結果的には宗教的な作品なのかもしれない。

あと、出てくる人物の肌の色合いや名前などに、いろいろ深い意味がありそうにも思える。ノア・ソロウェイはユダヤ人の暗示はあるのだろうか。ヘレン・ソロウェイの褐色の肌の意味は、などと思うが私などにはわからない。英語は現代米語ってこうなのかという勉強にもなる。不倫は”fling"だし、"score"なんて普通に言うのかあと驚いた。

音楽もなかなかに美しかった。

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2016.01.31

スピルバーグ作品「エクスタント」は、私にはユダヤ教というものの本質に思えた

スピルバーグ制作総指揮のテレビドラマ(全13回)「エクスタント」を見た。最初の数話はテーマが散漫ではないかなと馴染めない印象があった。また、テレビドラマにありがちなご都合主義展開も少なくはなかったし、映像は意外にチープな作りかもしれないなとか、雑なことも思っていた。が、全体としては脚本の破綻もなく、主要出演者の演技は見事なものだった。主人公のハル・ベリーは女性の内面をとても上手に描き出していた。子役もたいしたものだった。

素材は、いかにもスピルバーグらしい。悪くいうなら、『ET』『レイダーズ』『A.I.』をごっちゃまぜにしたような作品である。驚異の状況でエイリアン対アンドロイドが、暴力的な人間を巻き込み、どたばたと対決するといったような代物なので、いっそマーベル風に純粋にそうしたドラバタにしたほうがよかったのかもしれない。が、作品ははるかに哲学性・神学性が優っていた。私にはユダヤ教というものの本質にすら思えた。エイリアンの子供とそれが幻視的に確約する希望がキリスト教で、知の達成と人間愛と犠牲精神であるのがアンドロイドに比喩されたユダヤ教である。全体としては、非キリスト教的な、ユダヤ教的な、世界の意味を今日的な感覚で表現していたように思えた。

ネタバレを含めた紹介すると、表面的なテーマは家族愛である。女性の宇宙研究者で飛行士のモリー・ウッズはかつて妊娠したまま交通事故で夫と言える恋人と胎児を失っていた。その後、アンドロイド研究者ジョン・ウッズと結婚するが不妊症で子供ができない。そこで、人間社会にあって人間を学習する子供型ロボットイーサンを子供として育てようとする矢先、モリーは宇宙任務にあたり、13ヶ月の別居となる。宇宙でモリーはエイリアンの子供を妊娠し、地球に帰還するのだが、そもそもそうなることが、富豪・安本英樹の思惑だった。彼はエイリアンを通して不死を得ようとしていた。

胎児のエイリアンは安本の庇護で成長する。彼も子供の姿を得る。彼には、人間に幻視を見させるという能力があり、これを使って、人間に死者との幸福な邂逅や憎悪の幻視を植え付け、それによって人間の精神を制御する。つまり、人間はその希望や愛の幻想・期待・恐怖ゆえにエイリアン対抗できない。そこで幻想のない知性と愛のイーサンが対決することになる。

ということで、エイリアンものとアンドロイド(AI)ものが融合するし、そこは「人間とは何か?」という問いに統合されている。ただ、初めの数回は、そうした統合が見えないので、謎だらけになる。SF好き以外では、謎が上手に関心に繋がる人、神学的・哲学的な関心を持つ人にとっては面白いだろう。つまり、私には面白かった。


メディアのカバーになっているハル・ベリーの寝顔の横顔はこの作品にとても象徴的で、一つには宇宙任務、他方では妊婦を暗示している。

13回分のシーズンワンはすでにDVDなどメディア化されている。このシーズンだけの完結性は高い。おそらく、一つの構想としては、エイリアンとアンドロイドが相打ちの形で死ぬことになっていのではないかとも思うが、最後に二人生き延びて、シーズン2に続く。ただし、シーズン2ですでに打ち切りが決まっている。

と、書いたものの、完結性から二者が相打ちであったと見るのは難しいかもしれない。アンドロイドは自己犠牲と愛を理解するが、これを自爆テロのように「大義」に結びつけるかというと、それはありえないかもしれないし、最後エイリアンが生き残るものも、結果として、母なるモリーの愛情であった。

神学性を優先した荒唐無稽な作品ともいえるが、エイリアンの造形は含まれていない。その面でのアート的な面白さはない。一つには、この作品におけるエイリアンは「胞子」(spore)とされているが、実質的にはウイルスと言ってよいだろう。つまり、感染・寄生する身体がないと存在できず、地球生命に関わってくると見てよいだろう。これはSF的な妄想というより、意外にウイルスというものの本質を表している可能性もある。

一昔前に流行ったウイルス進化説を持ち出すのもさすがに古臭いが、さりとて、ウイルスがただの自然選択の機会と見るのも単純すぎる。むしろ、ジーン情報の単純型と見てよいし、情報という水準ではミームの理想形がAIだとしてもよいだろう。テレビドラマなのである程度簡略的な世界観にせざるを得ないが、文学であればもう少しこった修辞も可能かもしれない。往時の栗本慎一郎氏であればその面で豊かな解説をしてくれたかもしれない。


 
 


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