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2016.08.26

オバマ政権が検討中とされる核兵器の先制不使用宣言を巡って

 先日、オバマ政権が検討中とする、核兵器の先制不使用宣言について、安倍晋三首相が反対の意を唱えたとした報道が流れた。そのまま受け止めれば、安倍首相は米国の核兵器の先制使用を求めているということになる。どうなのだろうか。
 話題の出所はワシントンポストであった。と、16日付け朝日新聞記事「安倍首相、オバマ氏の「核先制不使用」に懸念 米紙報道」(参照)ではこのように伝えていた。

 米ワシントン・ポスト紙は15日、オバマ大統領が検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相が「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」という趣旨の懸念をハリス米太平洋軍司令官に伝えたと報じた。
 先制不使用政策は米国の核政策を大きく転換させるもので、「核なき世界」を掲げるオバマ氏の象徴的な政策になるとみられている。だがこの政策は、韓国や欧州の同盟国にも反対論があるとされる。また米メディアの一部は、ケリー米国務長官など閣僚の中にも反対の声があり、実現の見通しは不透明だと伝えている。(ワシントン=杉山正)

 翌日付、「「核先制不使用」、米国内外でも賛否 オバマ氏検討」(参照)では後続の報道があった。

 オバマ米大統領が検討しているとされる核兵器の先制不使用政策に関し、安倍晋三首相が、ハリス米太平洋軍司令官に反対姿勢を示したと米ワシントン・ポスト紙が15日、複数の米当局者の話として報じた。
 同紙によると、安倍首相は北朝鮮に対する抑止力が弱体化し、紛争の危険が高まると伝えたという。同紙は、同様に米国の「核の傘」に入る韓国のほか、核保有国の英国やフランスも政策転換に反対しているとしている。

 16日付け共同「「首相、先制不使用に反対」報道 「核の傘」依存が浮き彫り」(参照)はこの問題にさらに踏み込んだ報道をしていた。

 【ワシントン=共同】十五日付の米紙ワシントン・ポストは、オバマ政権が検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として反対の意向を直接伝達したと報じた。米政府高官の話としている。報道が事実であれば、唯一の被爆国として核廃絶を訴えながらも、核兵器の役割を低減する政策に首相自らが明確に反対したことになる。米国の「核の傘」に依存せざるを得ない日本政府の微妙な立場を改めて浮き彫りにした。
 広島、長崎の被爆者は、米紙が報じた首相の意向に「被爆地の思いに逆行する」と反発した。
 「核なき世界」を提唱するオバマ政権は一連の核政策の見直しで、核による先制攻撃を仕掛けない先制不使用政策の採用を検討。しかし、米主要閣僚は反対、韓国やドイツなどの同盟国も懸念を示しているとされ、採用の可能性は低いとの見方が強まっている。
 同紙によると、首相はハリス氏に、米政府が核先制不使用を宣言すれば、核開発を続ける北朝鮮などに対する核抑止力に影響が生じ、地域紛争のリスクが高まるとの懸念を伝えた。
 やりとりが行われた時期などの詳細に触れていないが、ハリス氏は日本滞在中の七月二十六日に首相官邸で安倍氏と会談している。
 川口順子元外相とオーストラリアのエバンズ元外相らアジア太平洋地域の元閣僚や軍高官ら四十人は十六日、オバマ政権に先制不使用政策の採用を強く促し、「太平洋地域の米同盟国」に採用支持を求める声明を連名で出した。松井一実広島市長と田上富久長崎市長も今月、同政策の後押しを求める連名の要望書を首相らに提出している。

 共同記事では、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官と面談したことになっている。が、同記事では、次の補足もあった。

 米国の核兵器の先制不使用論に関し、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に反対の意向を伝えたとの米紙報道について、日本政府から目立った反応は出ていない。
 首相は七月二十六日、ハリス氏と官邸で会談し、日米同盟の強化へ連携していくことを確認したが、外務省筋は「この時は先制不使用の話は出ていない」と指摘。「私的な会話で言及したかどうかまでは分からないが、首相のカウンターパートはオバマ大統領なので考えにくい」と述べた。

 私もこの報道で最初に疑念に思ったのは、外務省の見解と同様、こうしたレベルの話題についてあれば、「首相のカウンターパートはオバマ大統領なので考えにくい」という点であった。
 20日付け朝日新聞記事「「核先制不使用に懸念」報道、安倍首相が否定」(参照)で、安倍首相自身による否定が述べられたことが報じられた。

 安倍晋三首相は20日、オバマ米大統領が検討している核兵器の先制不使用政策への懸念を、自らがハリス米太平洋軍司令官に伝えたとする米紙報道について、「ハリス司令官との間において、アメリカの核の先制不使用についてのやりとりは全くなかった。どうしてこんな報道になるのか分からない」と述べ、否定した。羽田空港で記者団の質問に答えた。
 首相は「オバマ大統領と広島を訪問し、核なき世界に向けて強いメッセージと決意を表明した。着実に前進するように努力を重ねていきたい」と強調。一方で「先制不使用について米側はまだ何の決定も行っていない。今後とも米国政府と緊密に意思疎通を図っていきたい」と語り、先制不使用についての首相自身の見解は明らかにしなかった。
 ワシントン・ポスト紙は15日、複数の米当局者の話として、首相がハリス氏に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として、先制不使用政策への懸念を伝えたと報じた。首相はハリス氏と7月26日に首相官邸で面会している。(大久保貴裕)

 真相はどうなのだろうか?
 実はそれ以前に該当のワシントンポストの記事はどうであったか。該当記事は「U.S. allies unite to block Obama's nuclear 'legacy'」(参照)である。これを読むと、ごく単純に意外なことがわかる。

Japan, in particular, believes that if Obama declares a “no first use” policy, deterrence against countries such as North Korea will suffer and the risks of conflict will rise. Japanese Prime Minister Shinzo Abe personally conveyed that message recently to Adm. Harry Harris Jr., the head of U.S. Pacific Command, according to two government officials. (Update: After this column was published, a spokesman for Pacific Command said that Abe and Harris did not discuss U.S. nuclear policy in their July meeting.)

 記事内容が追加更新された日付は記載されていないが、該当記事はすでに更新されており、そこでは、該当コラムが発表されてから、「7月に行われた安倍首相とハリス司令官の会合で核戦略の話はなかった」と公式見解が出されたことが明記されている。
 つまり、「米国による核兵器の先制不使用宣言について安倍晋三首相が反対の意を唱えた」とする報道は、公式に明確にすでに否定されているのである。
 では、非公式に存在していたのか?という疑問は残るが、この問題については、該当記事を書いたワシントンポスト以外では十分なソースで議論されてもいない。つまり、非公式に「米国による核兵器の先制不使用宣言について安倍晋三首相が反対の意を唱えた」ということも言えない。
 以上が一つの結論で、日本のメディアやジャーナリズムはなぜ、報道元のワシントンポストの更新まで追っていないのか、つまり、元ネタのワシントンポスト記事の更新に言及しないのか、奇妙な印象をもった。
 他方、核兵器の先制攻撃については、7月の米国国家安全保障会議でも扱われており、ケリー米国国国務長官やカーター国防長官を含め、英国、仏国、日本、韓国からの反対があったことをウォールストリートジャーナル「‘No First Use’ Nuclear Policy Proposal Assailed by U.S. Cabinet Officials, Allies」(参照)は伝えている。ドイツも同感であるようだ。

The possibility of a “No First Use” declaration -- which would see the U.S. explicitly rule out a first strike with a nuclear weapon in any conflict -- met resistance at a National Security Council meeting in July, where the Obama administration reviewed possible nuclear disarmament initiatives it could roll out before the end of the president’s term.


During the discussions, Mr. Kerry cited concerns raised by U.S. allies that rely on the American nuclear triad for their security, according to people familiar with the talks. The U.K., France, Japan and South Korea have expressed reservations about a “No First Use” declaration, people familiar with their positions said. Germany has also raised concerns, one of the people said.

 全体像をごく簡単に言えば、オバマ米国大統領は受賞済みのノーベル平和賞という空っぽの袋にわずかばかりのキャンディーを詰めたいと思ったというだけのことだろう。好意的にも読める関連記事はワシントンポスト「Obama plans major nuclear policy changes in his final months」(参照)にある。ただ、どう見てももはや最後のあがきであろう。シンクタンクであるブルッキングス研究所も好意的なコラム「In support of nuclear no first use」(参照)を掲げ、核戦争以外への視点に眼を向けるように説いているが、どちらかというと斜め上の議論に思える。
 むしろフォーリンポリシーに掲載されたコラム「Nuclear Weapons Aren’t Just For the Worst Case Scenario」(参照)が現実的である。かなり現実的だと言ってよい。

But China at some point in the not-too-distant future might. A range of authoritative sources are showing that the conventional military balance of power between the United States and China with respect to points of contention in East Asia such as Taiwan and the South and East China Seas is, at the very least, becoming increasingly competitive. Beijing is fielding more and more highly capable forces in the Western Pacific that present a growing challenge to America’s ability to effectively project military power in the region.

The days are therefore passing when the United States could easily swipe away any effort by the People’s Liberation Army at power projection in the Western Pacific. Instead, any future fight in the region between the United States and its allies on the one hand and China on the other would be hard and nasty. And the trend lines are not moving in a good direction. Indeed, within a decade, China might be in a position where it could reasonably expect to confront a U.S. ally or partner in the Western Pacific and hope to prevail if the conflict remained relatively limited.

If the United States adds to this a credible guarantee that it would not use nuclear weapons first, it would strengthen China’s confidence that it could wage a short, sharp conventional war and gain from it, just as such confidence is rising and becoming more plausible to decision-makers in Beijing already contemplating the use of force in the region.

 簡単に言えば、米国の核の傘を失えば、非核国が中国との泥沼の戦争に巻き込まれる可能性がむしろ高まる。「within a decade」という指摘は、北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)実験より脅威を意味している。あれはもともと米国本土向けであって、日本はすでに、憲法9条に拠らなくても、北朝鮮が300発保有していると言われるスカッドによって事実上、すでに無防備な状態になっている。
 米国が核兵器の先制不使用宣言を行えば、中国は関連国との小競り合いについて、米国からの事実上の認可を得たと思い込むだろう。昨今の中国の海洋侵出もオバマ政権のハト派的なメッセージの読み違いが関連している(争っている海域の岩礁の軍事化はそれまで米国から見過ごされてきた)。
 核兵器はオバマ氏が述べるように中期的には世界から廃絶されるべきものだろう。だが、同時に人類は、意外にも比較的にではあるが平穏であった冷戦期の知恵もまた見直すべき段階でしかない。


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2016.08.24

三酔人徒政問答2

南海
やあ久しぶり(参照)。ところで出席予定だった終風君だが来られなくなった。体調が悪いらしい。こんとこブログにも穴を開けていたしからな。

洋学
別にあんなやついなくてもいいよ。ブロガーがどうたらっていう時代でもないしな。

豪傑
それもそうだが、終風君がポリタスに発表していた『日本の「18歳選挙権」は高校改革からやり直せ』(参照)は悪くなかったよ。先日の参院選といい都知事選といい、「18歳選挙」の実現だったわけだが、この問題についてもっときちんと日本の社会は対応すべきだったし、今からでも遅くない。

洋学
豪傑君からその言葉を聞くのはちょっと意外だ。君なら、若者の選挙といえば、SEALDsで事足りていると考えていたんじゃないのか。あれもSMAPみたいに解散したらしいがね。

南海
ところで洋学君は、前回の話のとおり、都知事選では「舛添要一」に投票したんだろうね。

洋学
そうだよ。何か疑問でも。

南海
いや、君のことだから「小池百合子」に鞍替えしたんじゃないかと思ってね。おっと、「鞍替え」っていい表現じゃあないけどさ。そのあたり、君が小池をどう思っているかちょっと聞きたい感じはしていたところなんだ。最初にこっちの手の内を明かしておくと、僕は「小池百合子」に入れたよ。政治家としてのキャリアもあるし英語もアラビア語も話せる。実際今回のオリンピック閉会式での和服姿の演出も見事なものだった。今週の日本版ニューズウィークにまた彼女のエッセイが寄稿されているが、きちんとよくまとまっている。増田寛也だったらあそこまできちんと書けないだろう。

洋学
南海君も軟弱になったものだ。歳っていうものかな。終風君も先日59歳になってしまったとか泣いていたが。しかし南海君もそこまで正直に言うなら、こっちも率直に言おうって気分にもなる。簡単に言うと、小池百合子って薄気味悪いんだ。

豪傑
そうそう。まったくな。

洋学
豪傑君の賛意には申し訳ないが、たぶん豪傑君の感覚とは違う。君が小池百合子に感じる薄気味悪さというのは、ナショナリストとか保守主義とか、あれなんだっけ「日本会議」っていうのか、そういうどうでもいい右派イデオロギーの問題だろう。そうじゃないんだよ。違うんだ。

豪傑
何が違う? 小池百合子が都知事になったとたん政務担当特別秘書に採用したのが野田数だぜ。こいつ、ナショナリストどころか、洋学君のお好きな西欧風に言えば「極右」そのものじゃないか。戦前の「大日本帝国憲法」の復活を求める活動とかしてんだぜ。

洋学
それなんだが、そこはさすがに君と議論する気もないんだ。ユークリッド幾何学の第五公理じゃないが、どこまで言っても平行線。ただ簡単にいえば、都政においてナショナリストとか極右とかの看板掲げて非難しても、あの極右の石原慎太郎都知事でなっとかやってきちゃった実績がある。都民もそこは麻痺している。

豪傑
だから、その麻痺が問題なんだろ。それに小池百合子の右傾度は石原慎太郎の比じゃないんだ。

南海
うーん、それはどうかな。ちょっと想像が過ぎると思うなあ。さっきも言ったが、小池百合子の、今週の日本版ニューズウィークの寄稿とか読む限り、極右的なものはほとんど見当たらない。しかもあれ、野田数とかが代理で書ける文章じゃないよ。というところで、洋学君が小池百合子に感じる薄気味悪さって何だ?

洋学
権力さ。なんていうのか、日本の政治家において、こんなに権力を純粋に志向した政治家なんかいたんだろうかという感覚でもある。

豪傑
洋学、おまえこそ何言ってんだ。日本の政治家なんて、全員、権力志向じゃないか。戦前そして戦後も自民党の独裁権力の闘争の歴史じゃないか。

南海
ああ、なるほどな。いや、豪傑君、ちょっと待ってくれ。僕は洋学君の言わんとしていることはなんとくわかる。豪傑君の言うような日本の腐敗した権力者というのもわかるんだが、あれだよ、ウォルフレンの『日本/権力構造の謎』だ。彼は、国家というものは本来、「政治的中心の存在を前提とする、責任の所在」を前提とするのに、日本にはそれが欠落しているがゆえに、国家ではなく「システム」だとした。そして、この「〈システム〉は政治的責任感の発達した、自立した市民の存在を許し得ない」から「マスコミと企業を通しての教化によって、解放された市民の発達が阻まれている」ということ。実体としての権力者はいなかったんだ。

豪傑
何言っているのか、さっぱりわからんね。くだらない修辞だ。国家というのはそもそも暴力装置であり、権力の機構だ。そしてこれを支配しているのは権力者だ。もっとシンプルに考えるべきだ。

洋学
ほらな。そこが豪傑君のいいところでもある。というわけで、南海君向けに言うと、小池百合子に感じるのは、ウォルフレンが規定した日本という「システム」を超える権力を志向している薄気味悪さなんだ。もうちょっと言うと、彼女は、都政を足がかりに国政の中枢に昇ろうとしている。とはいえ、これが普通というものだ。ヒラリー・クリントンなんかまさにこうした権力の亡者だ。野田数の使い道にしても、極右とかそんな単純なものじゃない。いや、単純といえば単純なんだが、彼が日刊SPAに連載していた都議の連載エッセイを読むと面白いよ(参照)。続けて読むとわかるが、これが実に支離滅裂なことを書いているんだが、あれが元小池百合子の鞄持ちだったという文脈で見るなら、彼女はこの間、都議の空気を実によく読んでいたんだ。もともと彼女はずっと都知事を狙っていたしな(参照)。

南海
あれだな、『日本版NSC創立に際して、私が感心して読んだのは猪瀬直樹さんの『昭和16年の敗戦』でした。また私の座右の書は『失敗の本質』です』って話だ。2014年の話だったな。とすると、しばらくは小池百合子都政のお手並み拝見ということころか。ところで、豪傑君は誰に投票したんだ。残念なことに宇都宮健児は立候補もしなかったが。

洋学
あれは笑えたな。

豪傑
実に嫌なやつらだ。鳥越俊太郎に決まっているだろう。実際、初戦段階では他候補を抜いて優位にあった。あの状況で宇都宮さんに引いてもらうのはしかたなかったし、決して悪い戦略ではなかった。

洋学
で、今でもそう思っているのかね。

南海
洋学君、その話はもういいだろ。宇都宮健児が出馬を断念した内幕を知りたかったら、産経新聞でも読めばいいだけのことだ(参照)。

洋学
たしかに、鳥越陣営と宇都宮支持者の問題なんかどうでもことだが……

南海
なんか他に気になることでもあるのか。

洋学
ないと言えば嘘になる。だから、「舛添要一」に投票したんだということでもある。小池百合子も叩けばホコリは出る。そして叩かれてもサバイブするようなら、さっき言った嫌な感じが実現する。どっちもろくなものじゃない。

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2016.08.23

「Sアミーユ川崎幸町」事件、雑感

 昨日言及した神奈川県「津久井やまゆり園」事件を特徴付けるのは、大量殺人であろう。そしてその背景として現在の日本社会では、ヘイト・優生思想の問題が焦点化されて話題になった。その最大の理由は、容疑者自身が明白にヘイト・優生思想と理解される思想を文書などで開陳していたからである。しかし仮に、こうした、容疑者による思想が自身の文書によって開陳されず、社会的な弱者への殺害という現象面だけで見るならば、この事件に似て、かつ現在性という点で接近する事件は、「Sアミーユ川崎幸町」事件だろう。
 「Sアミーユ川崎幸町」事件という呼称は定着していない。朝日新聞ではこの事件を「川崎の老人ホーム転落死事件」としているようだ(参照)。だが、冬の深夜、120cmの高さのある手すりを超えて認知症高齢者が「転落死」した、というよりは、「殺害」されたと見るほうが正確だろう。ウィキペディアなどは「川崎老人ホーム連続殺人事件」としている。
 該当の事件だが、同施設で同状況で「転落死」者三名が出てから半年近くも経て、過去に遡って事件として認識された。まず2014年11月87歳男性が4階ベランダから、次に同年12月に86歳女性が4階ベランダから、そして96歳女性が6階ベランダから「転落死」した。この時点では、検死もなく事件性はないと見られていた。結論から言えば、またまた神奈川県警の失態であった(参照)。
 事件が発覚したきっかけは報道からは明白ではないが、関連する事項として、2015年5月、同容疑者は入居者の現金を盗んだ窃盗容疑で逮捕され、同施設を懲戒解雇されていた。この時点で「転落死」について神奈川県警が動いていたのかはわからない。動いていなかったように思える。
 次のエポックとなるのは、同年9月に同施設における入居者虐待の存在を入所者家族が映像で暴露したことだった。この時点で過去三件の転落死の不自然さにも注目が集まり、神奈川県警もようやく関心を公開した(参照)。事件の全容が報道されたのは、2016年に入った2月、神奈川県警が元職員である容疑者に事情聴取を行い自白を得たことによる。おそらく現状でも自白以上の物証はないのではないだろうか。
 この事件の影響だが、神奈川県警の失態史を更新することに加え、世間的には、虐待や低賃金で荷重な労働環境にある介護の問題の帰結、として議論されることが多く、他方、弱者をいかに保護するかという制度面での視点での議論はあまり少なかったように思える。社会の空気としては、介護労働環境を良好にすればこうした問題は起こらないかのようになり、現状、この事件への関心は薄れた。この容疑者への関心も薄れてきた。
 「津久井やまゆり園」事件が起きたとき、私が「Sアミーユ川崎幸町」事件を連想したのは、あまり報道では浮き上がってなかったように思える、この容疑者のあり方だった。気になるのは、この転落死二件について容疑者は第一発見者装っており、さらにもう一件でも救命活動をしていたことだ(参照)。また、ジャーナリスト中村淳彦氏も扱っていたが、さらにもう一件、同容疑者は不自然な多臓器不全される死者の第一発見者でもあった(参照)。
 現時点では事件の真相はわからないが、一見すると、社会的な弱者に対する快楽殺人に近いようにも思われる。またそうして見るなら、「津久井やまゆり園」事件もむしろそれに近い。だが、快楽殺人だろうか? 
 弱者介護の過酷な業務のなかで生じる虐待可能な日常は、スタンフォード監獄実験(参照)のような状況を引き起こしやすい。むしろ、「津久井やまゆり園」事件の容疑者も、「Sアミーユ川崎幸町」事件の容疑者も、快楽殺人を起こすサイコパス的な人格というより、むしろその逆に、人格の根幹はさほど特徴のない凡庸な人間であり、その自身の凡庸性への憎悪の内向がこのような環境下で外化されたものに思える。そしてこの構図は、ネットで生じる憎悪や魔女狩りにも通じるものでもあるだろう。
 

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2016.08.22

「津久井やまゆり園」事件、雑感

 神奈川県「津久井やまゆり園」で元職員の男が、同施設の入所者、年齢19歳から70歳の男性9人・女性10人を刃物で殺害する事件が起きたのは、先月26日のことで、もうしばらくすると1か月になる。事件は日本国のみならず世界を震撼させる話題となったが、海外での受け止め方は、①これはISなど宗教・政治的なテロではないこと、②日本では大量殺人は非常に珍しいこと、の2点に集約されていた。対して日本では、全日本自閉症支援者協会の声明に見られるように、ヘイトへの危険性として受け取られることが多かったように思われた。また、ネットなどでは優生思想の危険性が政局の枠組みと関連づけられて語られている様子もしばしば見られた。
 例えば同協会の声明の事件の認識の核は次のようだった(参照)。


 今回の事件の詳細については、十分に把握できない状況ですが、警察の被疑者への取り調べやメディアを通じた情報によれば、被疑者は、「障害者はいないほうがいい」、「障害者は生きていてもしょうがない」などと、障害のある人たち、とりわけ重度自閉症の人たちをはじめとした重複障害の人たちに対する極端な差別的かつヘイト的言動を繰り返していたと伝えられています。
 今から77年前の1939年から1941年にかけて、障害者や難病者が「生きるに値しない生命」として、約7万人を抹殺したナチス・ドイツの「優生思想」を被疑者の言動から思い起こします。

 同声明にある事件の詳細だが、現状でも「十分に把握できない状況」は変わらないように思われる。ただ詳細について、メディアやジャーナリズムではあまり語られていないことが私には気になっていた。これは後に触れたい。
 事件で私がまず思ったことから思い返したい。それは、「なぜ、大量殺人が可能だったか?」という技術的な側面だった。別のややアイロニカルな側面で言うなら、大量殺人に至らなければ、ヘイトや優生思想という文脈は依然重要ではあるものの弱まったかもしれない。というのも、暗黙裡にではあるが、今回の事件後には、ある一定の人々の内面では、ヘイトや優生思想を排除することでこの大量殺人が防げたのではないかという過去を取り戻すタイプの期待が形成されていたことだろうからだ。しかし、実際に大量殺人を防ぐのはどちらかというと、防御・安全の技術である。
 今回の事件で大量殺人が技術的に実現したのには二点の理由があるだろう。まず、対象が知的障害者という弱者だっために自分を十分に守ることが難しかったことが予想される。
 そこから連想されたのは、2001年の池田小事件である。8人の小学生が、同じく刃物によって殺傷されたが、それも小学生という弱者であったからだった。この事件の死刑囚はヘイトや優生思想は語らなかったが、弱者への大量殺人の構図としては同じであった。
 池田小事件の連想は二点目の理由に関連する。安全の体制である。これは、今回の事件で言えばまず、津久井やまゆり園の安全体制であるが、弱者保護の点で見るなら、すでに起きてしまった池田小事件の後の日本社会での小学校の安全体制が教訓的に問われるはずだ。補足すれば、弱者の集まる施設をどのように安全に保つかは日本社会の将来わたって大きな課題である。
 では、池田小事件後、小学校はどのような安全体制を確立しただろうか。同校については2010年に学校全体で安全対策について世界保健機関(WHO)が認定する「インターナショナル・セーフ・スクール(ISS)」を取得した。日本では、2013年時点で、厚木市立清水小学校と東京都豊島区立朋有小学校の2校が認定を取得している。世界での認定校は約130校ほどなのでそもそも多いとは言えない。だが、日本の小学校で3校程度であれば、この方面の安全の制度化は未だに十分に進んでいるとは思われない。
 他方、国はどうしているのかというと、2012年に閣議決定で学校保健安全法に基づく「学校安全の推進に関する計画」を5か年計画として策定している(参照)。ただ、具体的な外部からの犯罪者への対応の仕組みについては明瞭にはここから読み出せない。むしろ参考になるのは、2014年の読売新聞記事「「池田小事件」教訓に安全対策」(参照)でこれを見ると、①防犯カメラの強化、②地域ボランティアの強力、くらいしか具体的な防御・安全の技術は推進していないように思われる。
 話題を「津久井やまゆり園」に戻すと、こうした施設弱者への安全・防御の技術はどうあるべきだろうかということが社会的に問われるべきだが、世論ではそうした技術的な側面への声は少ないように思えたのは意外でもあった。というのは、この問題は知的障害者だけでなく、急増する老人介護施設についても同じ問題を潜在的に抱えているのであり、むしろ急務である。
 具体的に「津久井やまゆり園」のような知的障害者施設固有の文脈でこの件を見ると、私が事件一報で気になったのは施錠であった。連想したのは、6月に発覚した鳥取市の障害者支援施設「県立鹿野かちみ園」での施錠である。こちらの施設では、知的障害など女性入所者3人にを最長約20年食事時などを除いて施錠した居室に閉じ込めていた。同県はこれを虐待と判断し、同園に施錠の中止と再発防止策の報告などを指示した(参照)。が、園としては家族、本人の同意を得ていたとしている。
 この問題背景には、2011年に成立した「障害者虐待防止法」(参照)も関連している。同法の理解は難しいが、報道記事にもあるように「施錠を含む身体拘束を緊急で他に手段がない場合に限って一時的に認めている」ことがある。施錠自体は違反ではない。むしろ、知的障害者の危険行動を防ぐための施錠は当然なされているはずである。
 話が前後してしまったが、私がまず疑問に思ったのは、今回の容疑者がどのように施錠を解いたかという技術的な側面だった。これについては後の報道でも明らかになったように、同施設では一種のマスターキーが存在しており、容疑者が同施設で働いてその仕組みを熟知していたことに拠っていた。その意味では、今回の事件はヘイト・優生思想という一般論よりかなり特殊な犯罪であったようにも思われる。
 さて先に言い残した、メディアやジャーナリズムではあまり語られていない部分だが、社会的にヘイト・優生思想で覆われてしまったかに見える、容疑者の世界観・思想である。
 容疑者は2月15日、東京都千代田区衆院議長公邸を訪ね、土下座で頼み込んだうえ、大島理森衆議院議長にあてた手紙を渡している。ここに容疑者の思想がかなり長文で述べられている。これは、日本テレビなどで一部黒塗りで報道されていた。内容を見てみよう。まず冒頭部分。

衆議院議長大島理森様

この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。
私は障害者総勢470名を抹殺することができます。
常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。


 冒頭部分には、ヘイト・優生思想は直接的には見られず、むしろ、世界経済を活性化させ、第三次世界大戦を未然に防ぐ大義が掲げられている。端的に言えば、容疑者自身の思想としては、これは、ヘイト・優生思想ではなく、平和思想の帰結の行動だった。
 しかしもちろん、ヘイト・優生思想は後続に見られる。

障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。
私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。

 このブログでも「[書評]優生学と人間社会 ― 生命科学の世紀はどこへ向かうのか(米本昌平、橳島次郎、松原洋子、市野川容孝)」(参照)で触れたように、優生学は単純ではない。容疑者の思想も、広義にはヘイト・優生思想ではあることに論を俟たないが、フランスなどが実質制度化している出産前検査での中絶の是非などの議論とも関わる難しい部分も含まれている。
 さらに後続を見ると、ヘイト・優生思想的な思想展開はなく、奇妙で稚拙な陰謀論が現れ、そこにはメディア公開では黒塗りされている部分がある。

フリーメイソンからなる■■■■■が作られた■■■■■■■■を勉強させて頂きました。戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。
今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。
世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。

 黒塗り部分だが、すでにネットでの解読が進んでいるように、同容疑者のツイッターでの記録との参照とフリーメイソンとの関連から、この伏せ字部分は「フリーメイソンからなるイルミナティが作られたイルミナティカードを勉強させて頂きました」であろうと思われる。なお、イルミナティカードとは、米国製ゲーム会社「スティーブ・ジャクソン・ゲームズ」(参照)が1995年に発売した「イルミナティ:ニューワールドオーダー(Illuminati: New World Order)」である。ただのカードゲームの玩具に過ぎず、陰謀論的な背景は実際には存在しない。
 報道上、この程度の玩具である「イルミナティカード」を伏せ字とした理由はわからない。厳密に言えば、この伏せ字読解が正しいかもわからない。しかし、容疑者の思想の核は、これに対する個人的な妄想的な解読に関わるとしてよいだろう。つまり、今回の事件は、容疑者が「イルミナティカード」をどう考えていたが問われなくてはならないはずである。少し踏み込んで推測すれば、容疑者は自身を彼の理解するフリーメイソンの一員と見なし、大島理森衆議院議長もそうだと見ていたのだろう。
 こうした妄想的な文面の関連で気になることは以下である。

作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。
逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。
新しい名前(■■■■)、本籍、運転免許証等の生活に必要な書類、美容整形による一般社会への擬態。
金銭的支援5億円。
これらを確約して頂ければと考えております。

 こちらの伏せ字は推測できない。また、この手紙にそもそも大島理森衆議院議長が答えたとも思えない。だが、容疑者には、これに諾の回答があったと確信していたのだろう。そう推測されるのは、この件について、毎日新聞記事「相模原殺傷 容疑者「自分は死刑にはならない」発言も」(参照)で報道された言及が対応している。

「今の日本の法律では、人を殺したら刑罰を受けなければならないのは分かっている」。植松容疑者はこれまでの調べでそう供述する一方、事件への反省の言葉はなく、「権力者に守られているので、自分は死刑にはならない」という趣旨の発言もしているという。

 容疑者自身は、自分では平和思想の保持者であり、依然自身を彼の理解するフリーメイソン一員と理解し、これが日本の権力者の同じであると確信しているのだろう。もちろんそれだけなら、よくある陰謀論者の一人に過ぎない。そこはこの問題の本質ではない。
 問題はこの、彼の確信がどのような経緯で成立したかにある。おそらく、それは先の手紙の回答の存在とその理解を前提にしているはずだ。つまり、現実には存在しない衆議院議長からの回答を容疑者としては得ていたということだ。その意味で、おそらく容疑者の行動の根幹にあるのは、幻聴のような精神活動であろう。こうした精神疾患については当然専門医の判断を待つべきだが、以上のように考えるなら、容疑者にはおそらく統合失調症のような疾患があるのではないだろうか。

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