南スーダンの情勢が緊迫化し、ジェノサイド(大量民族虐殺)の危険性が懸念される事態になってきた。ダルフールでジェノサイドが進行していた当時、日本での報道はほとんどなかったのでこのブログで初めて取り扱ったものだったが、今回の事態では、いくつか国内での報道が見られる。それでも、ジェノサイド懸念の視点は依然乏しいように感じられる。報道を見よう。2日NHK「南スーダンで民族浄化が進行 国連の人権専門家が警告」(参照)より。
政府軍と反政府勢力の間で武力衝突が続いている、南スーダンの人権状況を調査した国連の人権専門家は「各地で民族対立が激化し、暴行や集落の焼き打ちなど、民族浄化が進行している」と警告し、事態収拾のため、PKO部隊を一刻も早く追加派遣するよう求めました。
南スーダンでは、最大民族のディンカ族を中心とする政府軍と、ヌエル族を主体とする反政府勢力の間で武力衝突が繰り返され、ことし7月には首都ジュバで戦闘が再燃し、多くの死傷者が出ました。その後、ジュバでは戦闘が収まりましたが、ほかの地域では各地で武力衝突が続いています。
こうした状況を受け、国連の人権専門家のグループは先月、10日間にわたって現地の人権状況を調査し、1日、声明を出しました。
この中では、「訪問したさきざきで、住民たちが対立する民族への報復を呼びかけていた」として、各地で民族対立が激化している現状に強い懸念を示しています。そのうえで、「特定の民族出身の女性を集団で暴行したり、集落を焼き打ちしたりするなど、各地で民族浄化が進行している」と警告し、事態収拾のため、国連の安全保障理事会が決定したPKO部隊の追加派遣を一刻も早く実施するよう求めました。
南スーダンのPKOには、陸上自衛隊の部隊も派遣されていて、12日からは、駆け付け警護など新たな任務を付与された部隊が道路整備などの活動に当たることになっています。
NHKの報道では「各地で民族浄化が進行している」ということと「南スーダンPKOに参加している陸上自衛隊」にニュースの焦点が当てられているが、国際世界の懸念はジェノサイドにある。
この点は例えば、タイム誌「The World’s Youngest Country Is ‘on the Brink’ of Genocide, Says U.N. Commission」(
参照)やインデペンダンド紙「World's youngest country South Sudan is 'on the brink' of genocide, UN warns」(
参照)の表題からも察することができるだろう。気になったら参照先の記事も読むといいだろう。
また、NHK報道のソースである国連南スーダン派遣団(UNIMISS)「N HUMAN RIGHTS EXPERTS SAYS INTERNATIONAL COMMUNITY HAS AN OBLIGATION TO PREVENT ETHNIC CLEANSING IN SOUTH SUDAN」(
参照)も原文を読むと、NHK報道とは重点がやや異なり、「many of the warning signals of impending genocide are already there」としてジェノサイドが念頭にあることがわかる。
もちろんジェノサイドの懸念についての報道は、11月11日の国連のアダマ・ディエン事務総長特別顧問ですでに強調されてはいた(
参照)。
この事態に日本はどう考えるか。
というか、こういう事態に日本人はどう考えるのだろうかとメディアを探っていくと信濃毎日新聞の4日のコラムが、日本人的な考え方を示しているようで興味深いものだった(
参照)。
斜面
南スーダン情勢の悪化が止まらない。国連平和維持活動(PKO)に自衛隊が加わっている国である。集団強姦(ごうかん)、焼き打ちなど「民族浄化」が進んでいる。国連の委員会は大虐殺に発展する危険を警告した
◆
22年前のルワンダ大虐殺を思い出す。民族対立を背景にした悲劇だった。大統領機の撃墜事件をきっかけに、多数派フツ人が少数派のツチ人を無差別に殺害した。隣人同士がこん棒やなたで殺し合う凄惨(せいさん)な殺戮(さつりく)だった。3カ月間続いて、犠牲者は80万人に上る
◆
そのころルワンダにはPKO部隊が展開していた。司令官を務めたカナダ軍人、ロメオ・ダレール氏が手記を残している。虐殺の兆しをつかんだ氏は防止のため安保理に部隊の増派を要請した。答えは「ノー」。しょせんは遠いアフリカの問題だからだ、と氏は受け止めている
◆
ルワンダPKOはフツ、ツチ両派から敵視された。襲撃され、ベルギー兵ら14人が死亡した。国連部隊の目の前で武装勢力が、捕らえた住民の手足を切り落とす。道路や川は死体だらけ…。ダレール氏は過酷な体験から心の病になり帰国後自殺未遂をしている
◆
日本はルワンダに難民支援の自衛隊を派遣した。虐殺が終わった後だったために、厳しい場面に直面することは幸いなかった。南スーダンで虐殺に遭遇したら自衛隊はどうするのか。中途半端な駆け付け警護で対処できる状況ではない。
まず、言及されているルワンダ虐殺についてだが、「民族対立を背景にした悲劇」であると同時に、政府組織が関与した組織的な虐殺であったという認識の欠落がここに見られて興味深い。別の言い方をすれば、この悲劇を招いたのは内戦に他国が介入できない限界があったことが日本ではあまり留意されていない。
ゆえにその限界が日本を含めた国際社会での課題となり、その議論の結果が1999年の「国連部隊による国際人道の遵守」(
参照)となったことも、日本社会ではあまり知られていない。
この公示は一読すると、武力行使の抑制に主眼が置かれているようだが、その理由は、人道のためには中立性を排して武力を行使することを国連PKOが認可したことである。そのことからわかるように、これは事実上、人道の理由で、特ににジェノサイド懸念時での積極的な軍事介入を認めるものだった。そうでなければ、人類社会が人道という概念そのものを失いかねない危機意識があった。
この公示の含みついては、伊勢崎賢治氏がフォーサイトに寄せた「国連に従うと憲法違反、矛盾の中でもがく日本のPKO」(
参照)に詳しい。
さて、このことが先のコラム「斜面」でのもう1つの論点の曖昧性に関連する。ここでは、「南スーダンで虐殺に遭遇したら自衛隊はどうするのか。中途半端な駆け付け警護で対処できる状況ではない。」とお茶を濁しているが、伊勢崎氏が説明しているように、そもそもアナン公示以降、国連のPKOは変質し、日本のPKO参加5原則とすでに馴染まない。さらに言えば、そもそも南スーダンは内戦なので自衛隊の派遣すらできないのが基本なのであって、駆けつけ警護の是非以前の問題にある。
では、日本は国連のPKOに参加しないのか?となると、日本国憲法の主旨そのものに反することになる。日本国憲法を読み直したい。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
そもそも日本国憲法における平和の基礎としての、「平和を愛する諸国民の公正と信義」というのは、日本に主権のない時代の国連(連合国)の統治体制を意味しているのであり、国連のPKOのあり方から日本の存立のあり方(憲法の原義)が逃れることは、原理的にできない。
実際のところ、こうした矛盾はすべて行政府に背負わされ、日本国全体としては一種、平和な勧進帳をしているという奇妙な状態にある。
問題を南スーダンの情勢に戻す。
南スーダンの情勢悪化の原因、あるいは要因は多様に議論できるが、国際世界の側から見て顕著な問題は、単純に国連とそのPKOの無能さにあった。
今回の重要な転機は、ケニア軍への対応ミスにある。11月2日AFP「南スーダンPKOの軍事司令官を更迭、首都の戦闘で民間人守れず」(
参照)より。
国連(UN)の潘基文(バン・キムン、Ban Ki-moon)事務総長は1日、南スーダンに展開する国連南スーダン派遣団(UNMISS)が、今年7月に首都ジュバ(Juba)で発生した激しい戦闘で民間人を守れなかったとする国連の調査結果がまとまったことを受け、軍事司令官を更迭した。
国連の特別調査は、ジュバで7月8日~11日に発生した激しい戦闘において国連のミッションを遂行する上での指導力の欠如が「混乱した、効果のない対応」につながったと結論付けた。
特別調査の要約によると、近くのホテルで襲撃された援助職員からの救援要請があったにもかかわらずUNMISSの平和維持部隊は持ち場を放棄して対応しなかったという。また、中国の部隊は少なくとも2回にわたり任務を放棄し、ネパールの部隊は国連施設内部での略奪を止められなかったとしている。
更迭されたのは5月に就任したジョンソン・モゴア・キマニ・オンディエキ(Johnson Mogoa Kimani Ondieki)軍事司令官(ケニア)。2年以上にわたってUNMISSの事務総長特別代表を務めているエレン・マルグレーテ・ロイ(Ellen Margrethe Loj)氏(デンマーク)は11月末に退任する。
2013年12月から戦闘が続いている南スーダンにはUNMISSの1万6000人が展開している。
ジョンソン・モゴア・キマニ・オンディエキ司令官の解任はケニア政府の怒りを招き、ケニア軍は南スーダンを撤退した。
また、UNMISSの事務総長特別代表エレン・マルグレーテ・ロイも11月末日で辞任した(
参照)。
では、現状、UNMISSのトップである代表は誰なのか?
どうも、いない、ようだ。気になって調べていたのだが、いない。というかその、いないという話題の記事があった。半田滋氏「日本政府が伝えない南スーダン「国連PKO代表」不在の異常事態」(
参照)である。ただし、同記事は日本に焦点を当てすぎて、国際世界の側の論点が描かれていない。またケニア部隊についての言及もあるが、オンディエキ軍司令官更迭でケニア政府が怒った点についての言及もない(
参照)。
重要なのはすでに明白だと思うが、率直に言って、潘基文事務総長が無能だったことだ。もちろん、彼に何ができるのかという弁護はある。共感できないでもない。だが、それを言うなら99年のアナン公示の意味がなくなるし、少なくともケニア部隊の対応は柔軟にすべきだった。
もう1つの論点は、この間、米国はどうしていたのか?という問題である。つまり、オバマ米大統領の問題である。シリアのようにソ連時代からの背景を持つロシアが関与している情勢では、事実上のジェノサイドでも手をこまねいているのも仕方がないが、南スーダンで、オバマ政権はどうだったのか?
外交的な失敗をしていたと言っていいだろう。実はこの事態を避けるためにオバマ政権は3年ほど前の時点で、南スーダンに武器禁輸の措置を取るべきだった。先月半ばまで取らなかったのである。この背景はニューヨーク・タイムズ記事に詳しい(
参照)。しかも、この武器禁輸措置は現状では国連でまとまる気配がない。
オバマ政権が直接関与してなかったのだから、オバマ政権のミスではないと言えるかもしれない。だが、そうした結果、今、国際世界は、システマティックに人権というものがが崩壊する姿を見ることになりそうだ。