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2016.12.03

[書評] オードリー at Home ― 母の台所の思い出 レシピ、写真、家族のものがたり (ルカ・ドッティ他)

 『オードリーat Home―母の台所の思い出 レシピ、写真、家族のものがたり』(参照)は、学術書ほどではないが、それなりのお値段から想像されるように、多少は豪華な本だといっていい。無線綴じに見える。手にすると見た目より軽い。翻訳書は紙を選んでいるからだろう。内容は、副題にあるように、「母の台所の思い出 レシピ、写真、家族のものがたり」である。息子、ルカの母・オードリー・ヘップバーンの思い出の書籍であり、彼女が作ったレシピ集である。
 これはもうオードリー・ヘップバーンのファンなら是非、買うべきだ。いや、買っておかなければならない本だとまでいえる。私については、この本が出版されたとき、アマゾンになくて、出版社から直接買った。今見ると、アマゾンにある。洋書もある。Kindle版もある。が、Kindle版はやめておいたほうがいい。B5版くらいのサイズでないと、貴重な掲載写真が見づらいからである。そう、写真がすごく貴重だ。

 この本は、なんというのだろう、類書にあるようなオードリー・ヘップバーン賛美の本とかなり違う、一人の欧州人女性の生きた姿が静かに見えてくる。それはちょうど昨日ブログで書いた『セクシーに生きる』が戯画的に描いたフランス人女性とも違って、本物の欧州人女性というはなんなのだろうと考えさせられる何かである。ただ、そういうだけではうまく捉えられない。
 息子であるイタリア人のルカでも欧州人であり、その目には欧州人女性というある一定の理解はあるだろう。だが、この本を読み進めていくと、母親への愛情と合わせて、一人の不思議な女性だったことへの思いが重なっている。
 例えば、こういう記述がある。イタリア語を母語とする息子のルカは母をこう見ていた。

 母は、ブリュッセルでオランダ人の母親とイギリス人の父親のもとに生まれ、オランダとイギリスの両国で育った。たとえ母の実際の母国語が謎であり、母独自のもので、はるか離れた世界と時代に属しているようであっても、私はいつも母をオランダ出身の女性として捉えていた。

 息子が母の母語がわからないというということはどういうことなのだろうか。
 そのことは、「はるか離れた世界と時代」との関連としているが、本書に示されているように、オードリー・ヘップバーンは自身をアンネ・フランクに重ねていた。本当に戦争というものを知った女性であった。

 母はいつだって何もないところから新しく人生を始める心構えがあった。80年代半ばの経済的な問題による破産を恐れたパートナーのロバートに「それが何よ、万一すべてを失したとしても、私たちには庭があるわ。ジャガイモを育てて食べられるじゃないの」と母が言ったことを覚えている。

 この本の多種なレシピに潜む1つの強い精神は、お金なんかなくてもいい、ジャガイモを育て食べて生き延びようという女性の姿である。実際、彼女はそうして生きていた。
 オードリー・ヘップバーンは普通に考えたらセレブだろうが、その経歴と恋、もっとあからさまに言えば、妊娠と流産も含めて、いつでも一人の女性だった。そして、子であるルカがそのことを受け入れることが、この本の核になってる。
 本書はレシピ本でもある。そのレシピは面白い。いや、レシピ集として見ればそれほど面白くないともいえるだろう。だが、このレシピはオードリー・ヘップバーンの独創ではないにせよ、彼女を実感させるレシピなのだと思わせる。圧巻なのは、「ペンネ・ウィズ・ケチャップ」と「奇跡のレシピ」である。
 「ペンネ・ウィズ・ケチャップ」は、ようするにペンネのケチャップ和えである。シェフのコメントに「イタリアの美食の伝統を守る人たちに、またしてもショックを与えるかもしれない」とある。このアレンジに、なんと、ペンネの醤油掛けが載っている。本当だ。
 「奇跡のレシピ」は、「砂糖小さじ8杯(100g)と塩小さじ1/2杯(0.5g)を飲み水1リットルに溶かす」である。なぜ奇跡かは本書に書かれている。奇跡というのはこういうものなのである。そして、このレシピの素材でもっとも大切なのは、「飲み水」である。

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