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2016.08.26

オバマ政権が検討中とされる核兵器の先制不使用宣言を巡って

 先日、オバマ政権が検討中とする、核兵器の先制不使用宣言について、安倍晋三首相が反対の意を唱えたとした報道が流れた。そのまま受け止めれば、安倍首相は米国の核兵器の先制使用を求めているということになる。どうなのだろうか。
 話題の出所はワシントンポストであった。と、16日付け朝日新聞記事「安倍首相、オバマ氏の「核先制不使用」に懸念 米紙報道」(参照)ではこのように伝えていた。

 米ワシントン・ポスト紙は15日、オバマ大統領が検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相が「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」という趣旨の懸念をハリス米太平洋軍司令官に伝えたと報じた。
 先制不使用政策は米国の核政策を大きく転換させるもので、「核なき世界」を掲げるオバマ氏の象徴的な政策になるとみられている。だがこの政策は、韓国や欧州の同盟国にも反対論があるとされる。また米メディアの一部は、ケリー米国務長官など閣僚の中にも反対の声があり、実現の見通しは不透明だと伝えている。(ワシントン=杉山正)

 翌日付、「「核先制不使用」、米国内外でも賛否 オバマ氏検討」(参照)では後続の報道があった。

 オバマ米大統領が検討しているとされる核兵器の先制不使用政策に関し、安倍晋三首相が、ハリス米太平洋軍司令官に反対姿勢を示したと米ワシントン・ポスト紙が15日、複数の米当局者の話として報じた。
 同紙によると、安倍首相は北朝鮮に対する抑止力が弱体化し、紛争の危険が高まると伝えたという。同紙は、同様に米国の「核の傘」に入る韓国のほか、核保有国の英国やフランスも政策転換に反対しているとしている。

 16日付け共同「「首相、先制不使用に反対」報道 「核の傘」依存が浮き彫り」(参照)はこの問題にさらに踏み込んだ報道をしていた。

 【ワシントン=共同】十五日付の米紙ワシントン・ポストは、オバマ政権が検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として反対の意向を直接伝達したと報じた。米政府高官の話としている。報道が事実であれば、唯一の被爆国として核廃絶を訴えながらも、核兵器の役割を低減する政策に首相自らが明確に反対したことになる。米国の「核の傘」に依存せざるを得ない日本政府の微妙な立場を改めて浮き彫りにした。
 広島、長崎の被爆者は、米紙が報じた首相の意向に「被爆地の思いに逆行する」と反発した。
 「核なき世界」を提唱するオバマ政権は一連の核政策の見直しで、核による先制攻撃を仕掛けない先制不使用政策の採用を検討。しかし、米主要閣僚は反対、韓国やドイツなどの同盟国も懸念を示しているとされ、採用の可能性は低いとの見方が強まっている。
 同紙によると、首相はハリス氏に、米政府が核先制不使用を宣言すれば、核開発を続ける北朝鮮などに対する核抑止力に影響が生じ、地域紛争のリスクが高まるとの懸念を伝えた。
 やりとりが行われた時期などの詳細に触れていないが、ハリス氏は日本滞在中の七月二十六日に首相官邸で安倍氏と会談している。
 川口順子元外相とオーストラリアのエバンズ元外相らアジア太平洋地域の元閣僚や軍高官ら四十人は十六日、オバマ政権に先制不使用政策の採用を強く促し、「太平洋地域の米同盟国」に採用支持を求める声明を連名で出した。松井一実広島市長と田上富久長崎市長も今月、同政策の後押しを求める連名の要望書を首相らに提出している。

 共同記事では、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官と面談したことになっている。が、同記事では、次の補足もあった。

 米国の核兵器の先制不使用論に関し、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に反対の意向を伝えたとの米紙報道について、日本政府から目立った反応は出ていない。
 首相は七月二十六日、ハリス氏と官邸で会談し、日米同盟の強化へ連携していくことを確認したが、外務省筋は「この時は先制不使用の話は出ていない」と指摘。「私的な会話で言及したかどうかまでは分からないが、首相のカウンターパートはオバマ大統領なので考えにくい」と述べた。

 私もこの報道で最初に疑念に思ったのは、外務省の見解と同様、こうしたレベルの話題についてあれば、「首相のカウンターパートはオバマ大統領なので考えにくい」という点であった。
 20日付け朝日新聞記事「「核先制不使用に懸念」報道、安倍首相が否定」(参照)で、安倍首相自身による否定が述べられたことが報じられた。

 安倍晋三首相は20日、オバマ米大統領が検討している核兵器の先制不使用政策への懸念を、自らがハリス米太平洋軍司令官に伝えたとする米紙報道について、「ハリス司令官との間において、アメリカの核の先制不使用についてのやりとりは全くなかった。どうしてこんな報道になるのか分からない」と述べ、否定した。羽田空港で記者団の質問に答えた。
 首相は「オバマ大統領と広島を訪問し、核なき世界に向けて強いメッセージと決意を表明した。着実に前進するように努力を重ねていきたい」と強調。一方で「先制不使用について米側はまだ何の決定も行っていない。今後とも米国政府と緊密に意思疎通を図っていきたい」と語り、先制不使用についての首相自身の見解は明らかにしなかった。
 ワシントン・ポスト紙は15日、複数の米当局者の話として、首相がハリス氏に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として、先制不使用政策への懸念を伝えたと報じた。首相はハリス氏と7月26日に首相官邸で面会している。(大久保貴裕)

 真相はどうなのだろうか?
 実はそれ以前に該当のワシントンポストの記事はどうであったか。該当記事は「U.S. allies unite to block Obama's nuclear 'legacy'」(参照)である。これを読むと、ごく単純に意外なことがわかる。

Japan, in particular, believes that if Obama declares a “no first use” policy, deterrence against countries such as North Korea will suffer and the risks of conflict will rise. Japanese Prime Minister Shinzo Abe personally conveyed that message recently to Adm. Harry Harris Jr., the head of U.S. Pacific Command, according to two government officials. (Update: After this column was published, a spokesman for Pacific Command said that Abe and Harris did not discuss U.S. nuclear policy in their July meeting.)

 記事内容が追加更新された日付は記載されていないが、該当記事はすでに更新されており、そこでは、該当コラムが発表されてから、「7月に行われた安倍首相とハリス司令官の会合で核戦略の話はなかった」と公式見解が出されたことが明記されている。
 つまり、「米国による核兵器の先制不使用宣言について安倍晋三首相が反対の意を唱えた」とする報道は、公式に明確にすでに否定されているのである。
 では、非公式に存在していたのか?という疑問は残るが、この問題については、該当記事を書いたワシントンポスト以外では十分なソースで議論されてもいない。つまり、非公式に「米国による核兵器の先制不使用宣言について安倍晋三首相が反対の意を唱えた」ということも言えない。
 以上が一つの結論で、日本のメディアやジャーナリズムはなぜ、報道元のワシントンポストの更新まで追っていないのか、つまり、元ネタのワシントンポスト記事の更新に言及しないのか、奇妙な印象をもった。
 他方、核兵器の先制攻撃については、7月の米国国家安全保障会議でも扱われており、ケリー米国国国務長官やカーター国防長官を含め、英国、仏国、日本、韓国からの反対があったことをウォールストリートジャーナル「‘No First Use’ Nuclear Policy Proposal Assailed by U.S. Cabinet Officials, Allies」(参照)は伝えている。ドイツも同感であるようだ。

The possibility of a “No First Use” declaration -- which would see the U.S. explicitly rule out a first strike with a nuclear weapon in any conflict -- met resistance at a National Security Council meeting in July, where the Obama administration reviewed possible nuclear disarmament initiatives it could roll out before the end of the president’s term.


During the discussions, Mr. Kerry cited concerns raised by U.S. allies that rely on the American nuclear triad for their security, according to people familiar with the talks. The U.K., France, Japan and South Korea have expressed reservations about a “No First Use” declaration, people familiar with their positions said. Germany has also raised concerns, one of the people said.

 全体像をごく簡単に言えば、オバマ米国大統領は受賞済みのノーベル平和賞という空っぽの袋にわずかばかりのキャンディーを詰めたいと思ったというだけのことだろう。好意的にも読める関連記事はワシントンポスト「Obama plans major nuclear policy changes in his final months」(参照)にある。ただ、どう見てももはや最後のあがきであろう。シンクタンクであるブルッキングス研究所も好意的なコラム「In support of nuclear no first use」(参照)を掲げ、核戦争以外への視点に眼を向けるように説いているが、どちらかというと斜め上の議論に思える。
 むしろフォーリンポリシーに掲載されたコラム「Nuclear Weapons Aren’t Just For the Worst Case Scenario」(参照)が現実的である。かなり現実的だと言ってよい。

But China at some point in the not-too-distant future might. A range of authoritative sources are showing that the conventional military balance of power between the United States and China with respect to points of contention in East Asia such as Taiwan and the South and East China Seas is, at the very least, becoming increasingly competitive. Beijing is fielding more and more highly capable forces in the Western Pacific that present a growing challenge to America’s ability to effectively project military power in the region.

The days are therefore passing when the United States could easily swipe away any effort by the People’s Liberation Army at power projection in the Western Pacific. Instead, any future fight in the region between the United States and its allies on the one hand and China on the other would be hard and nasty. And the trend lines are not moving in a good direction. Indeed, within a decade, China might be in a position where it could reasonably expect to confront a U.S. ally or partner in the Western Pacific and hope to prevail if the conflict remained relatively limited.

If the United States adds to this a credible guarantee that it would not use nuclear weapons first, it would strengthen China’s confidence that it could wage a short, sharp conventional war and gain from it, just as such confidence is rising and becoming more plausible to decision-makers in Beijing already contemplating the use of force in the region.

 簡単に言えば、米国の核の傘を失えば、非核国が中国との泥沼の戦争に巻き込まれる可能性がむしろ高まる。「within a decade」という指摘は、北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)実験より脅威を意味している。あれはもともと米国本土向けであって、日本はすでに、憲法9条に拠らなくても、北朝鮮が300発保有していると言われるスカッドによって事実上、すでに無防備な状態になっている。
 米国が核兵器の先制不使用宣言を行えば、中国は関連国との小競り合いについて、米国からの事実上の認可を得たと思い込むだろう。昨今の中国の海洋侵出もオバマ政権のハト派的なメッセージの読み違いが関連している(争っている海域の岩礁の軍事化はそれまで米国から見過ごされてきた)。
 核兵器はオバマ氏が述べるように中期的には世界から廃絶されるべきものだろう。だが、同時に人類は、意外にも比較的にではあるが平穏であった冷戦期の知恵もまた見直すべき段階でしかない。


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