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2016.07.04

[書評] 脳梗塞日誌 病棟から発信! 涙と笑いとリハビリの100日間(日垣隆)

 ライターの日垣隆さん、と私などは呼びたいようにも思うが、彼は主に、一時期ではあるが「作家」と称していたようにも思う。『「松代大本営」の真実 隠された巨大地下壕』(参照)や『そして殺人者は野に放たれる』(参照)などの著作歴からすればジャーナリストと呼ぶのが適切かもしれない。私と同年代(彼が1年ほど年下)ということや、三人の子育てを真摯にされていたこともあり、初期作品からもその著作にはずいぶん馴染んでいたし、初期の彼のメルマガ読者でもあった。
 が、2010年頃から彼は、いわゆる作家業よりもビジネス、特に英語学校経営などに取り組まれていたようだ。そしてその頃から私もあまり彼の作品は読まなくなくなっていた。噂ではあったが、糟糠の妻というものでもないのだろうが、子離れを契機に離婚され若い女性と再婚されまた新しくお子さんをもうけられたように聞いた。実はそのあたりこと、その後の生活のことも知りたくて本書を手にしたこともある。
 いずれにせよ、この数年はビジネスも成功され、人生も充実し、身体もすこぶる健康、腹筋・背筋・懸垂を各100回、ジョギング5キロ、だったか、これからの高齢者になる私たちの世代のお手本のような人であった。その彼が、2015年11月25日、脳梗塞に倒れた。本書『脳梗塞日誌 病棟から発信! 涙と笑いとリハビリの100日間(日垣隆)』(参照)はその実況録でもある。
 彼の悠々自適の日々。グアムで5日のゴルフ三昧の朝、朝食後倒れれ意識を失った。生死を彷徨うほどであり、脳左半球をやられた。彼は右利きなのでいわば言語中枢をやられたことになり、実際、本書のリハビリの初期の様子をみると、かなり重篤な言語障害を起こしていることがわかる。
 なのに彼は、この本を書き上げている。率直に言って、これは奇跡の物語と言ってもよいだろう。ここまで重篤な脳梗塞で言語表出が可能になるのだろうか。加えて、かなりの身体機能も回復したようすである。
 話が前後するが、これほどの貴重なリハビリ記録なので、できれば、彼自身の文章に加え、付き添いのメモや、医師の所見、リハビリ師の手記なども詳細に交えてくれれば、今後脳梗塞に会った人の大きな手助けになるのではないかと思えた。もちろん、本書巻末には理学療法士の文章が付されているし、だからこそそこがさらに気になった。
 それにしてもなぜ、そんなスーパーマンのような彼が脳梗塞になったのだろうか? この問いは本書でいくどか繰り返されているが、答えはない。そしてその問いは彼によれば封印されたともある。そういうものでもあるのだろう。余談だが、栗本慎一郎氏がやはりこの頃の年代(58歳)で重篤な脳梗塞を起こしたが、彼の場合はスポーツマンではあっても、血液には問題があったようだった。
 本書の文体は往年の彼のユーモアに溢れているが、実態は普通の人であれば、絶望してしまうほどひどいものだ。脳梗塞と限らず、人は身体も動かず、言語表出もできない、しかも回復の見込みもない、というくらいの絶望に置かれてしまうことがある。世の中にはいろいろな形の絶望がある。脳をやられるというのは、存外に多くの人を襲いうる。つまり、その絶望は私やあなたを待っている。そのとき、そこでどれだけ快活に生きていられるだろうか。私には日垣さんほどの強い意志はない。その意味では本書は、どのような絶望下でも人として生き抜くという強いヒューマニズムを結果的に語っていて、生きる励みになる。

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