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2016.06.22

[映画] パリ20区、僕たちのクラス(Entre les murs)

以前から見ようと思って留意していたフランス映画「パリ20区、僕たちのクラス(Entre les murs)」を見た。邦題からも察せられるように教育をテーマにした映画である。日本公開は2010年だが、元のフランスでは2008年の作品なので、現時点からすると少し古い時代になったかもしれない。が、教育環境にはそう大きな変化もないのだろうと思う。


物語は、と切り出してみて、さしたる物語はない。むしろ、ドキュメンタリー作品であるかのように見える。実は、そこにこの作品の映画としての真価があるのだが、それでも、物語っぽい部分を追ってみよう。

場所はパリ20区の中学校。パリの街はルーブル美術館のある1区から渦巻き状に区番号が振ってあって、20区が最後になる。つまり、パリのはずれということだが、その意味合いは、「ボンリュー(banlieue)」に近く、ボンリューというのは訳語は「郊外」だが、よく「ボンリュー問題」と言われるが、実際にはフランス旧植民地の移民が多く住む低所得世帯用公営住宅団地、つまり貧困地域の問題を指していることが多い。その意味で、パリ20区の意味合いは、パリであるとともにボンリューでもあるという含みがあり、そのことはこの映画のクラスの生徒を見れば、一目でわかる。

原題の《Entre les murs》の意味は、「壁の間」ということで、実際に映画なかの学校は壁の間のような狭いところにあるが、暗喩としては、パリという壁とボンリューという壁を指しているのではないかと思った。

物語は、この中学校に赴任して4年目の国語教師(つまりフランス語を教えている)が担任となる教師が中学三年生(だと思う)の24人の生徒をクラスに迎えるところから始まる。クラスは当然、荒れている。私(1957年日本生まれ)が若い頃よくメディアで見かけた、荒れた中学校に似ているが、違いはさまざまな人種の共存である。黒人が当然目に付くが、黒人といっても、フランスの旧植民地は広く、アフリカでも多様であり、さらにカリブ系も多様である。そうした、一見、黒人に見える生徒間での微妙な軋轢も映画に反映されている。他方、できのよい子だが性根のねじ曲がった生徒もいるし、中国系移民もいる。はっきりとはわからなかったが、ユダヤ人も暗示されていたように思えた。これがフランスの公教育の現実かあと、それだけ溜息が出る。当然、授業を維持することすら難しい。

さて、この一年、どうなるのか。結論、どうにもならない。さまざまな難問が持ち上がり、人間的なトラブルや、誤解から生じた問題がぼこぼこと発生する。解決しない。全然解決しないのだ。ただ、それに担任のフランソワが向き合い、同僚の教師が向き合い、校長が向き合っている。「なんだこれは」というのが、映画途中までの視聴実感である。これって、面白いのか。『心が叫びたがってるんだ』とか『スクール・オブ・ロック』とかみたいに、ハートウォーミングな転機がどこかにあるんじゃないか? ないのである。全然、ない。

『パリ20区、僕たちのクラス(Entre les murs)』について、ちょっと調べてみたらここに公式サイト(参照)があり、「子供たちが信じられないほどに素晴らしい」とか書いてある。

だが、これは、「彼らの演技に世界は驚嘆した」というすばらしさであって、演技が素晴らしいからこそ、教師も生徒も救いようのないほどのクソというのか、ひどい。いやいや。そうじゃ、全然ない。このクソな状況が人間なんだということに、じわじわと感動してくる。なんというのか、生徒も先生も、どいつもこいつも、逃げていないのである。

教育という、どうしようない問題に真正面からぶち当たって傷つきながら生きている。嘘臭い希望なんてなんにもない。でも、ここに人間と教育とリアルがある、それが、がくがくと伝わってくる。すげーなあと思った。これが、ドキュメンタリーではなく演技だし、担任のフランソワは原作者の作家でもある。

これだけひどい状態なら、「フランス死ね」と言いたくなるだろうし、実際にフランスは、そういう社会になっている。ボンリュー問題は暴力沙汰にもなる。デモも日本の比ではない。だが、このなんというのか、真摯な市民は確実に、絶望を含めた生というもののある確実性を生きている。教育というのはつまり、そういうことじゃんじゃないのか。

さりげない挿話にも泣けるものがあった。同僚の女性教師が妊娠したというと、同僚で学校でワインを傾けて祝福していた。美しい光景だった。中国系の生徒の母親が強制送還されるというので、教師同士が訴訟のカンパをしていた。カンパ自体が教師を意志を示すらしかった。

あと、私が無知すぎて泣けたのだが、生徒の評価をする職員の会議に生徒代表二人が参加していた。最初は、そのシーンを見ていて、この会議はなんだろうと思った。見ていると、先生同士が、あの生徒の評価はどうたら、厳しすぎる、言い面もあるとか議論している、そのなかで、生徒が二人、スナック食いながら参加しているのである。

これ、日本でありえるだろうか。いやあるべきだろう。先生が生徒を一元的に評価するのではなく、ある程度公的に生徒側が異議申し立てできるくらいに生徒の代表を職員会議に送り込むべきだろう。

日本の民主主義は欺瞞に満ちている。そしてこの映画を見ると、フランス式の民主主義も困難が多いにせよ、日本的な欺瞞は少ないと確信できた。

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