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2016.05.26

《Nuit debout》(ヌイ・デブー)のような運動が日本にもあってよいんじゃないかと思った

昨年は日本でも、メディアに映る範囲だが、国会前で行われるデモは盛んであるかに見えた。デモが盛んに行われるのは正常な民主主義国家のあり方なので、基本的に好ましいことだが、私自身はというと、そのデモにはあまり関心はもてないでいた。主張に同調し得るものがあまりなかったからである。また、そのやりかたが画一的に見えたのも、あまり興味の持てない点であった。

人それぞれなので、私のような人がいるものも、また正常な民主主義国家のあり方である。ただ私としては、すべてのデモに関心がないわけでもない。むしろフランスのデモのあり方には関心をもっていたし、4月に入ってからの、《Nuit debout》(ヌイ・デブー:起きている夜)という運動と関連のデモには特に関心をもっていた。

《Nuit debout》では、若者たちを含め、多数の市民がパリ中心の共和国広場に集まり、深夜までの討論するという集会である。パリから、他の主要都市にもこの運動は広がっている。

基調のサイト(参照)には次の主張が掲げられている。

Ils pourront couper les fleurs, ils n’arrêteront pas le
printemps.
Nos rêves ne rentrent pas dans vos urnes.
Partout en Europe, levons-nous !
Je reviendrai et serai des millions.
C’est un grand printemps qui se lève.
Le jour : à bout, lanuit : debout

彼らは花を刈り取ろうといているが、彼らは春を止めるない。
私たちの夢は世論調査に収まらない。
欧州全土で、立ち上がれ!
私は立ち戻り、数百万となろう。
これがわき上がる広大な春である。
終わりの日まで、立ち上がる夜。

同サイト以外に、YouTubeからも夜らしい全体の様子はうかがえる。

《Nuit debout》の意味は、起きている夜、眠らない夜、ということだが、《debout》の言葉からすぐに連想されるのは、「デブー!」が耳に残る《L'Internationale》(インターナショナル)の歌である。もしかすると昨今の左翼やリベラルな人は知らないかもしれない。赤旗などにも解説が載る時代である(参照)。

Debout ! les damnés de la terre !
Debout ! les forçats de la faim !
La raison tonne en son cratère,
C’est l’éruption de la fin.
Du passé faisons table rase,
Foule esclave, debout ! debout !
Le monde va changer de base :
Nous ne sommes rien, soyons tout !

日本語の歌詞にはいくつか版があるようだが、私が歌っている一例。

起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し
醒めよ我が同胞 暁は来ぬ
暴虐の鎖断つ日 旗は血に燃えて
海を隔てつ我等 腕結びゆく
いざ闘わん 奮い立ていざ
ああ インターナショナル 我等がもの
いざ闘わん 奮い立て いざ
ああ インターナショナル 我等がもの

とはいえ、《L'Internationale》が《Nuit debout》で歌われているふうはない。が、今回の運動は、労働法改正案、通称「エルコムリ法案」《Loi El Khomri (loi travail) 》への反対が基調なので、労働の文脈から《L'Internationale》がこじつけられていない、というわけでもない。

《Nuit debout》では、そういう古くさい左翼的な文脈よりも、若者の感性がよく生かされている。YouTubeなどからもそうした側面がうかがえる。

断面的な映像よりも、まとまったルポルタージュのような番組があると内情がわかってよい、と思っていたところ、先日のNHK「ドキュメンタリーWAVE▽激論 パリの広場で~労働法をめぐり立ち上がる若者たち」(参照)が、二人の若者・男女を日を追って、具体的に映像化していて興味深かった。

意外でもあったのだが、YouTube映像や、フランスのメディアを通してみる《Nuit debout》のイメージより、実際の参加者の目線で見ると、なんというか、これは小学校の学級委員会であった。もっとも、統制する先生はいないが、全体をまとめる学級委員のような人はいる。

何をしているかというと、まず、議論をすることが目的であった。そのため、議題も参加者から集めましょうとして、紙に書いて箱に入れ、任意に取り出して、さて、この議題はどうでしょう、みんな、というように呼びかけから始まった。この時点では、特に、まったくといっていいほど、先見的なイデオロギー性はなかった。

提案者のひとりは、みんなの労働時間を減らして全体の雇用を増やそう、といった、ワークシェア的な提案をしていた。端的に言えば、みんな平等に貧しくなって、平等になろうというものである。それなりに議論していた。このあたりで、議論の大枠といては、生活に関わる労働問題だよね、という委員の誘導もあって、「エルコムリ法案」反対への空気は醸成されるようであった。それでも、各種意見に特に強いるものなく、議論の参加も自由だし、とにかく、市民が言いたいことをできるだけ公平に言って話合おうという雰囲気は感じられた。

率直な印象でいうと、ああ、これはいいなあと思った。最初に、イデオロギー的な反政府の主張があって、みんな同じ印刷されたプラカードを持って練り歩くという日本タイプのデモではなく、とにかく参加者がまず、徹底的に公演で話合おうとしていた。日本でもこのタイプの運動が広まるとよいのではないか。

NHKのドキュメンタリーとしては、そうした、微笑ましい、平和で、対話の民主主義という点を強調していたが、少し考えればわかることだが、この「エルコムリ法案」反対の運動というのは、現社会主義政権への反対の貴重なのである。つまり、現社会主義政権としても、社会主義的な観点から「エルコムリ法案」を出しているのだが、そうした背景はほとんどドキュメンタリーにはなかった。

IMF関連のニュースにもあるが、現状のフランスはジリ貧の状態にある。「仏経済、失業低下に必要なペースで回復せず=IMF」(参照)より。

[パリ 24日 ロイター] - 国際通貨基金(IMF)は24日に公表したフランス経済に関する年次見直しを受けた報告で、仏経済は失業と債務を十分に押し下げるために必要なペースで回復していないとし、一段の改革を実施する必要があるとの認識を示した。

ただ成長率に関しては2016年は1.5%近辺になるとし、従来見通しの1.1%から上方修正した。また、向こう5年間の平均は1.75%になるとの見通しを示した。

仏政府は16年と17年の成長率は1.5%になると予想。エコノミストは、失業率を引き下げるにはこの水準での経済成長が最低でも必要になるとの見方を示している。

ただフランスの失業率は現在約10%。IMFは、政府が労働市場改革を現在の計画以上に踏み込んで進めない限り雇用創出の動きは遅延すると指摘。失業保険受給資格を厳格化するなどの改革が必要との考えを示した。

改革の必要性と「エルコムリ法案」が直接結びつくものではないが、少なくとも、「エルコムリ法案」反対であれば、それに見合う、成長戦略の提言は必要だろう。しかし、そうした点になると、《Nuit debout》のような取り組みには限界が出てくるだろう。

また、NHKのドキュメンタリーでは、《Nuit debout》が関連して引き起こした暴力事件についてはあまり触れていなかった。おそらく、番組収録開始時にはそれほど想定していなかったのだろう。4月29日AFP「仏労働法デモ、各地で衝突 警官24人重軽傷 120人超逮捕」(参照)より。

【4月29日 AFP】フランス各地で28日、労働法改正案に反対する抗議行動が行われ、参加者と警察との衝突に発展した。ベルナール・カズヌーブ(Bernard Cazeneuve)内相によると、首都パリ(Paris)では警察官24人が負傷、うち3人が重傷を負った。

 パリでは、覆面姿の若者らが瓶や石を投げつけ、治安部隊は催涙ガスで応戦。警察とデモ隊の衝突はナント(Nantes)、リヨン(Lyon)、マルセイユ(Marseille)、 トゥールーズ(Toulouse)の4都市でも発生し、全土での逮捕者は計124人に上ったという。

日本での報道では見かけないが、フランス2など見ていると、すでに暴徒となることが目的の覆面集団などがデモに混ざっていて従来からの、ボンリュー暴動を引き起こしかねない。とはいえ、現状ではまだそれほど国家規模の暴力には至っていないが、常態化しつつある。デモ側でも配慮はしているようだ。


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