[書評] 「フランス人ママ記者、東京で子育てする」西村・ペプ・カリン著
現代日本の育児事情にはさまざまな側面がある。地域や所得、教育による違いも大きい。全体像を知ることは難しいし、それには統計的な調査も必要になる。というのは確かなところだが、それはさておき、日本人男性と結婚したフランス人女性が日本で出産して子育てをするという、ちょっと珍しい事例の物語を読むと、むしろその特異な事例によって現代日本の育児事情というものの本質がくっきり見えてくる。フランス人から日本の育児を見ると、その異なる視点から、日本人としては「ああ、育児というものは、こういうものなんだなあ」というのがはっきりわかる。そして、ちょっとびっくりする。つまり、この本はとても面白い。これから結婚や出産を考える日本の若い世代の人は、一読しておくと良いと思う。
話は帯にあるように、「日本人マンガ家と結婚したフランス人ママ記者による日仏子育て比較エッセイ」である。夫は、この本の表紙や挿絵を描いているじゃんぽ~る西さん。この人のマンガはいくつか読んだけど面白い。そして、そのマンガから伝わってくる人柄の良さというか、男性としての素敵な感じも伝わってくる。イクメンという言葉はそこだけ抜き出して強調したようで私は好きではないが、彼が自然にイクメンを実行している姿は微笑ましい。
奥さんのカリンさんはAFP通信の記者。パリ第8大学卒業でテレビ局のエンジニア的な立場から記者になっていった人。二人の馴れ初め話も本書にある。初産は彼女が40歳か少し過ぎたころ。日本で言う高齢出産だった。夫のじゃんぽ~る西さんは彼女より少し年下だろうか。それでも30歳半ば過ぎて結婚するとも思ってなかったらしいし、ましてフランス人女性と結婚は自分でも驚いたらしい。この話は彼のマンガにもある。
その意味で、本書は、いわゆる高齢出産の物語としても読めるし、日本社会で出産、ということに際して、なにからなにまで異文化として触れた体験記である。日本人が当たり前に思っていることも、フランス人の感覚からは奇妙にも思えるものだ、ということだが、考えてみるとカリンさんの感じ方のほうが、なるほどなあ、納得するなあ、と私などには思える。意外と現在の日本人の感覚もフランス人に近くなっているかもしれない。読後少なからぬ読者もそう感じるだろう。
本書には興味深い話題が多い。読後、私の心に大きく残ったのは三点。無痛分娩、羊水検査、それとヌヌ−と呼ばれるフランスの「保育ママ」の話題だった。
こうした話題はすでに知識としては知ってはいたが、カリンさんの言葉を通して知るというのはまた違うものだった。率直に言って、こうしたものがなぜ日本にないのだろうか、あってよいののではないかとも思えるようになった。こうした対応こそ、国のレベルで対応可能である。が、同時に、私などもこれでもべた日本人なんで、これらを排除する日本社会の空気というのがわからないでもない。
保育園の話題も多い。意外にも思えたのだが、保育といった面では、なにからなにまでフランスが最先端社会かというと、どうもそうでもなさそうだ。フランスでも保育園は不足しているようだし、日本でも話題になったベビーカー問題もある。他方、日本社会の保育事情にもフランス人から見て良い面があるという指摘も興味深い。余談だが、先日立川ららぽーとに行ったのだが、乳児へのいろいろな配慮があって驚いたりもした。海外から見てもああいう商業施設は珍しいのではないか。
それでも総じて見れば、フランスの出産・育児の制度は日本より格段に優れているし、本書からその優れた点が学べる。併せて書かれているカリンさんからの、子供を持つことへの励ましの言葉も力強いし、感動させられる。
快く笑える逸話も多い。個人的には「システムD」の話には爆笑した。Dは、”débrouille”の頭文字である。この言葉、私が英語からフランス語を学んだピンズラー教材でも、英語にはない言葉として強調されていた。日本語ならありそうだなと思うけど、ちょっと思いつかない。「なんとかしましょう」という感じだろうか。「どさくさ」「その場しのぎ」という感じもありそうだ。つまり、「システムD」というのは、正しい対応法がないとき、なんとか急場を凌ぐことである。
育児というのはけっこうシステムDで成り立っているのだよねと、4人子供を育てた私も思うのである。
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